著者別(か)川上健一

『透明約束』 川上健一

Toumeiyakusoku 2009年、111冊目。川上健一『透明約束』

なぜかカナダをテーマにした短編集。

特に大きなイベントがあるわけでもない。ちょっとした出来事、転機を綴った話。

全体のバランスもいい。最初の方は、どちらかといえば淡々とした話ですが、少しずつ叙情的というか、ぐっとくるような作品になっていくという構成になっています。

 

カナダ通り

高校3年間を無遅刻・無欠席で通う、片道1時間35分の道のり。その途中の緑町商店街。カナダの国旗がかかった、その通りを由里絵はカナダ通りと名付けた。

カナダ通りで出会ったケーキ屋が由里絵の運命を変えた。

 

夜間飛行

有限会社笹井製作所。父が起こした会社(ネジ製作)を継いだ笹井周一は、堅実に働き続ける。とはいっても、小さなネジ製作のこと。生活が豊かになり、余裕が出てくるわけでもない。

そんな生活にあっても、彼には妻温子と約束した”カナダへの旅”の夢があった。

 

オーロラ爆発

仕事を優先し、娘メグミを母トシコに預けた彩子だったが、最近のメグミの行動に戸惑っていた。

タバコ、暴力、万引と次々と問題を起こすメグミを叱責する彩子だったが、メグミは聞く耳をもたない。そんなメグミと掴み合いの喧嘩になる彩子

そんな関係を修復するべく、彩子メグミをイエローナイフのオーロラ見物ツアーに誘った。

 

バンクーバーの雪だるま

青井友はカナダに住む坂崎広介に別れを告げるため、バンクーバーを訪ねた。

ギターを作るためにカナダに渡った広介と結婚を誓うだったが、両親の反対から結婚には至らなかった。更に、喘息で役所を休みがちになった父、寝込むことが多くなった母の世話、看病で、7年の月日はあっという間に過ぎ去っていった。

 

天国にもない島

不倫の果てに破局したエミは、12年前に離婚した父のもとを訪ねた。

父の住むソルト・スプリング・アイランドは”世界の中でも土地のエナジーが高い”と言われるところ。

何度か恋をして男女のことが少しは理解できるようになったエミは、父と母から父を奪った、腹違いの妹サラに会いに、そしてエナジー・チャージをするために、ソルト・スプリング・アイランドにやってきた。

 

全日本スキップ同好会

バンフ・スプリングス・ホテルのゴルフコースでのグルフ三昧のためにカナダを訪れた4人組は高校時代の同級生。

ゴルフが唯一の趣味の仲間は定年退職を迎える年に夢のゴルフコースでプレーしようと決意した彼らは毎月5千円の積み立てを始めたのだ。

2日の滞在でゴルフ以外の観光はせず、ゴルフを満喫した彼らは町外れのオープン・カフェで来られなかった仲間のことを話し始める。

 

ラッキーハンド

昌治は定年退職の日、妻郁恵に「カナダ VIA鉄道カナディアン号 バンクーバー・トロント間三泊四日の旅」の話を切り出す。朴念仁の夫の隠し球に驚く郁恵だったが、既に決意していた離婚を翻すことはなかった。

離婚をつきつけられた昌治は驚くが、最後の願いとしてカナダへの旅行に郁恵を誘う。

旅先の昌治は30年間の結婚生活では見ることのない別人だった。

 

二十五年目の愛してる

定年まで6年も残し、リストラされた不器用な夫康夫。うちひしがれてしょんぼりしている夫を目にして、突然、登美子の喉にせり上がってきた言葉があった。

『愛してる』

その一言を言うためだけに、登美子は『赤毛のアン』の舞台、プリンスエドワード島への旅を決めるのだった。

 

透明約束

信夫は末期ガンの宣告を受け、余命いくばくもない。その病室では息子たちが遺産相続でもめる。

雅子は眉を顰めるが、信夫はこだわらない。そんなとき、信夫がポツリと呟いた。

思い出した・・・・・・ 透明約束

透明約束。それは信夫の定年記念に訪れたルーネンバーグで交わした、最期のときの約束だった。

 

極夜

30年前、小学4年の塚田俊雄が母とともに通った喫茶店『白夜』(冬は『極夜』という店名)。そこの店主、アーマイさん(「アーマイ(イヌイット語で「私は知らない」の意)」が口癖)は俊雄を可愛がる。

アーマイさんの作る空想上の乗り物は俊雄を魅了し、俊雄は購入を申し出る。「予約済」の紙が張られた飛行船「白夜号・極夜号」だったが、購入にいたることなく、俊雄は町を離れてしまう。

 

どの作品もいいなぁと思うような(自身のこととして体験した場合に、何らかを感じるような)作品です。

全日本スキップ同好会も全体のなかでは一風変わっていて、ある種愉快な話でがあるのですが、その底流に人生の終盤に入って感じるもの、といったような寂しさもあって、味わい深い作品です。

そういえば、この短編集は大きく二つの流れに分類することができるのかもしれません。相対的に若い女性の人生の転機となる話と、人生の晩年を迎えて感じること、といったような2系統でしょうか。(夜間飛行極夜はちょっと違いますが・・・)

この作品の中で貶している、読んでしまったらすぐに忘れてしまうような作品でなく、記憶に残るような話でした。

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:★★★☆☆

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『地図にない国』 川上健一

Chizuninai 2008年、99冊目。川上健一『地図にない国』

地図にない国とはスペインのバスク地方のことですが、この作品では概ねバスク地方のパンプローナで行われるサン・フェルミン祭を舞台にして書かれています。ときどきテレビなんかでもやる「牛追い祭り」のことですね。

読みやすい作品で、テーマも明快なんですが、どうも全体の起伏が小さくドラマティックではありません。登場人物も多々ですが、その人数をうまく使いこなせていないというか、殆どが小粒のキャラクターで物語への影響が非常に小さい。省略していい登場人物、エピソードのなんと多いことか。


主人公三本木慎はプロ野球ライオンズの4番バッターだったが、デッドボールを頭部に受けた後遺症からか打席で腰が引けるようになっていた。球団は休養を勧めたが、それは実質的に任意引退を仄めかすものだった。

野球界から去ろうとする三本木に妻である女優の高木志乃も寛容ではなかった。生活設計を優先する志乃三本木を愛しながらも離婚を決意する。

叶わなかった新婚旅行を償うように赴いた志乃とのスコットランド旅行を終えた三本木は友人の小説家谷田部和明の誘いを受け、ニューヨークへ行く志乃と別れ、一人スペインのパンプローナへ向かった。谷田部は雑誌の連載(旅行記)を書くためにヘミングウェイの通った道を辿りパリからピレネーを越えてパンプローナに入っていた。谷田部の連れは女優の赤坂藤香、カメラマンの吉岡、カメラ助手の元木、モデルの高井ハナ、雑誌社の鈴木、軍事評論家西条だ。

谷田部と落ち合った店で三本木は一人旅のサラリーマン前川と出会う。彼はエンシエロ(牛追い)に参加するためにやってきたのだ。エンシエロとは、闘牛場まで市街地を駆け抜ける牛の前を走ること。毎年怪我人や死人も出るこの催しだが、自分を変えるため前川は参加を決意していた。

翌日のエンシエロを見ていた三本木は意外な人物を目にする。イギリスからの船旅で同室だったウェールズ人のジョンである。ジョンはコスタ・デル・ソルに行くといっていたはずが、なぜ?その後もジョンや同じくマドリードに行くといっていたイグナシオを見かけた三本木はその都度不思議を感じる。

西条と向かった大聖堂で三本木は日本人闘牛士佐藤京介、そしてバイオリンを弾く元「ETA(バスク独立運動の過激派非合法組織「バスク祖国と自由」)」の女闘士エイヨス・カルヒヨに出会う。

京介の闘牛を観て、そしてエンシエロに参加する前川の話を聴いて、三本木も翌日からのエンシエロに参加することを決意する。自身の度胸を試すために。闘牛場まで走りきれたらもう一度野球をすることができるかもしれない、と。

酩酊するジョンに出会った三本木ジョンにエンシエロの走り方を聴いて臨んだが、敢えなく牛の角に引きずられることとなった。2回目は前川とともに走ったが、これも失敗。

一方、イグナシオエイヨス・カルヒヨに届けた手紙の内容を知った三本木イグナシオジョンについてエイヨスに問い質す。ジョンエイヨスの夫ではないかと。エイヨスの夫の指輪が同封された手紙には「今夜12時、ここで」と記されていた。

夜中、城壁の陰に潜んだ三本木の前に、エイヨスジョンが姿を現す。ジョンはやはりエイヨスの夫だった。整形し、コンタクトで目の色もかえて、潜伏していたのだ。抱擁する二人だったが、ジョンが拳銃を取り出したのを見て、制止するために三本木は城壁の陰から飛び出す。しかし、イグナシオに後頭部を拳銃で殴られ昏倒した三本木が目を覚ましたときには誰もいなくなっていた。そして翌日、大聖堂の前でエイヨスジョンの死体が見つかる。

エイヨス・カルヒヨに捧げる祭りともなったエンシエロで三本木前川は”ケリをつける”ために走った。牛の間を走った三本木前川はゲートで折り重なった人の小山も駆け上がり闘牛場まで辿り着いた。また野球を取り戻せそうな気分に浸っていた三本木だったが、目の前に猛り狂った真っ黒な牡牛が現れた。



三本木慎の再生の物語かとも思いましたが、どうも全体が散漫です。エイヨス・カルヒヨらの話は必要だったんでしょうか。

全体を通してみると、サン・フェルミン祭、エンシエロの紹介が色濃いですね。エイヨス・カルヒヨの事件なんかも舞台がバスクなんで、そのあたりの社会環境も触れておかなきゃということで、とってつけたような感は否めません。最後もちょっと唐突でしたね。

お奨め度:★★☆☆☆

再読推奨:★★☆☆☆

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『ラストボール伝説』 川上健一

Lastball 2008年、79冊目。川上健一『ラストボール伝説』

一言でいうと、”懐かしくて、痛快”というところでしょうか。

83年、84年のペナントレース(野球)を争う架空の球団札幌ベアーズの奮戦。”仰木マジック”ならぬ76歳の老将山形五右衛門の”山形マジック”により札幌ベアーズが立ち直る様が描かれます。いわゆる「がんばれベアーズ」です。

当然、登場人物にも実在の選手が多々登場しますが、86年の作品なので、今となっては「懐かしいなぁ」と思う選手等ばかりです。王、長島、張本、江夏、井川(江川)、篠塚、香川・・・。

Ⅰ ダイビング・キャッチ

82年のペナントレース。22勝112敗6分、勝率1割6分4厘。

日本プロ野球コミッショナーからチーム改善への脅迫”強い要望”を受けたオーナー清水源三はワラをもつかむ心境で、76歳の”ポパイ”こと老将山形五右衛門に白羽の矢を立てた。毛ガニにつられた山形は依頼から1週間後、ヘッドコーチの上田らコーチングスタッフを引き連れて札幌に乗り込んだ。

しかし、選手たちはまるでやる気がなく、コーチたちも匙を投げる有様。オープン戦ではたったの2勝。シーズンに突入しても最下位街道まっしぐら。5月まで46試合を消化して7勝38敗1分、勝率1割5分6厘で首位のジャイアンツとは28ゲーム差。

そして6月1日の対ジャイアンツ4連戦の緒戦。山形はセンターの市村にボソッと言う

「守っている時は、飛んできたボールに対して突っ込むんだ。突っ込まなかったら試合には出さん」

市村はイヤイヤながらもやけくそ気味に打球に突っ込むが、後ろへ逸らすだけ。ナインから非難の目を向けられ、やけくそながらも懸命にダイビングキャッチを試みる市村だった。そうこうするうちに、キャッチできない悔しさを抱く市村にひとつの奇跡が起きた。5回表、市村のダイビングキャッチは成功し、ベアーズを嘗めていたジャイアンツからトリプルプレーを完成させたのだ。

そして運命の第4戦。ジャイアンツ1点のリードのまま迎えた8回表、1番篠塚の右中間へのライナーを市村はフェンスのことなど無視して背走、ダイビングする。市村の顔は、左半分がぐちゃぐちゃに潰れ、眼球も飛び出していたが、つかんだボールは離していなかった。救急車が市村を運んでいった後、山形が檄を飛ばす。

「あいつの”犠牲フライ”をムダにするなッ。キンタマがある男なら、あいつの”犠牲フライ”を見殺しにするな!」

奮起したベアーズの面々は3対2で逆転し、その後も快進撃を続ける。

Ⅱ 二十七人目のバッター

83年、日本一となった札幌ベアーズは84年のオープン戦でも絶好調。この勢いでペナントレースも、といきたいところだったが、ペナントレース初戦でつまづく。

相手は広島カープ。ピッチャーは北別府との大方の予想を裏切り、江夏

腹が出てスタミナもない江夏に長いイニングは無理だと予想されたが、開幕戦に向けて準備してきた江夏は一人のランナーも出すことなく、回は進み、完全試合のペース。完全試合を意識して、緊張する広島ナインだったが、江夏だけは一人飄々と投げ続ける。

そして、ベアーズ27人目のバッターは張本

Ⅲ 泣くなピッチャー

江夏に完全試合をプレゼントしてしまったベアーズは勢いを消し、6月7日現在でセ・リーグの7位。

エースの大川も開幕戦で江夏に投げ負けてからは精彩を欠き、全く不調から抜け出せない。

6月8日、対仙台ハリケーンズ戦。先発大川のコールにスタヂアムは重く深い溜息につつまれた。

バッティングピッチャーのように、次々とホームランを打たれる大川の姿に、観客だけでなく、ナインからも不満の声があがる。当の本人である大川からして「監督、もうだめです・・・・・・」と降板を申し出る。しかし、山形大川を代える気はない

「きょうは、お前は最後まで代えねぇぞ」

しかし、4回表香川のホームランで、観客の怒りは爆発した。観客は怒りのままにグラウンドに物を投げ出し、スタヂアムを巨大なゴミ箱に変えていった。

ヤジと怒号が渦巻き、物が乱れ飛ぶ修羅場に、突然、”泣くなピッチャー”のメロディが流れ出す。ベアーズが弱かった頃の応援歌でもある、この歌を聴いて観客は心を揺すぶられる。スタヂアム全部を呑み込んだ合唱は、うずくまった大川を立ち上がらせる。

Ⅳ 4番バッターが恋をした

8月21日現在、ベアーズは2位横浜ホエールズに4ゲーム差をつけて首位。

そんな中、打撃好調(打率3割5分4厘、本塁打38本、打点92)な4番船津が突然、左打席の一本足打法に転換した。当然のように全く打てなくなった船津だったが、頑なに左に固執する

「左で、王さんのように一本足でホームランをかっ飛ばしてやるんだ」

船津は10年前に亡くなった恋人に似た女性こころにプロポーズし、その条件として提示されたのが”左打席一本足でのホームラン”だったのだ。

こころの父親の会社が資金繰りに困り、返済期限延長を請け負ったのが通称ハマのマムシである。野球賭博の元締めでもあるマムシは返済期限をネタにこころを脅迫し、船津に接近させ、”左打席一本足でのホームラン”を約束させたのだ。

Ⅴ 鉄子の部屋

2年連続の日本一を成し遂げ、ご長寿番組「鉄子の部屋」に出演する山形五右衛門

セ・リーグ最終戦で起こった遅刻事件の真相を語る。



馬鹿馬鹿しいといえば馬鹿馬鹿しく、安直といえば安直ではありますが、非常に楽しい作品です。バカな選手たちを温かく見守る山形という監督のおかげで、(コーチは苦労していますが)選手たちが非常に伸び伸びと自由闊達に(「Ⅳ 4番バッターが恋をした」に顕著)プレーをしており、ワクワクしながら読み進めることができます。

作者川上健一は、江川江夏に思い入れがあるようで、江夏が格好良く、江川(井川)は無様に描かれています。

いつの時代でも(昔ほどではありませんが)野球はそれなりにメジャーで、野球選手もそれなりに有名人ですので、現在の2008年のシリーズに102歳の山形五右衛門が采配を振るうという話でも面白い作品はできそうですね。

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:★★★☆☆

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『渾身』 川上健一

Konshin 2008年、70冊目。川上健一『渾身』

相撲です。とにかく相撲の描写に拘った、臨場感あふれる作品です。

無論、この相撲を取り巻くストーリーもありますが、それ以上にしっかりと相撲の勝負自体が存在感をもって、作品を成り立たせています。この相撲に係わる多美子琴世の物語も決して過度に修飾的ではなく、バランスよく配されており、気持ちよく読み進めることができました。

隠岐島、水若酢神社境内の相撲会場では20年に一回の遷宮奉祝記念の奉納相撲大会が夜を徹して行われている。

この番付最高位、正三役大関として推挙されたのが、座元の田中敏夫と寄方の坂本英明であり、全取り組み最後の大一番を控えていた。

田中敏夫は少年時代から相撲一筋で県の代表として国体でも活躍している28歳。

田中敏夫の父敏三郎は40年前正三役大関として奉納相撲に臨んだが、破天荒に強すぎて寄方から正三役大関が推挙されなかった”取らずの大関”。

一方の坂本英明は結婚してから相撲を始めたという30歳。

旧家の娘との結婚式を2カ月後に控えながら、麻里と出合い、婚約者を捨てた英明には悪評がたっていた。地区に溶け込むために相撲を始めた英明だったが、天性の運動神経の良さに加え、日々の体力づくりと稽古に熱心に取り組んだことで徐々に頭角を現していた。

時期尚早感、英明の悪評から反対意見もあったが、座元田中敏夫の”取らずの大関”を回避するため、寄方の番付会議で坂本英明が推挙されることとなった。

英明の妻麻里は既になく、麻里の娘琴世の面倒を見ていた麻里の友人多美子が後妻となっていた。しかし、琴世はいまだ多美子のことを「お母ちゃん」と呼ぶことが出来ない。

そして、この大一番を前に義絶状態であった英明の両親、死んだ麻里の両親もそれぞれ水若酢神社に駆けつけ、これまでの英明たちへのわだかまりを消していく。

そして最後の取り組みが始まった。

浴びせ倒そうとする敏夫と、命綱のまわしをつかんだ英明の捨て身の出し投げ。軍配は座元田中に上げられたが、物言いがつき取り直しとなった。

取り直しの一番は正面からの激突、力相撲となった。攻守を変えながら攻防が続くが、なかなか勝負はつかない消耗戦。四つに組んで動けない両者に行司は水入りを告げる。

水入り後の一番は田中敏夫の投げの連続技で始まったが、気がつけば英明が筈押しで敏夫を土俵際まで追い詰めた。そこで敏夫の捨て身の突き落とし。ともに宙に浮いたあと、二人して転落。軍配は英明に上がった。しかし、これも同体取り直しとなる。

歓声と拍手の中、島の人間たちの英明へのわだかまりも消えていく。

更に、取り直しの一番は激しい突っ張り合戦となった。しかし、既に体力は限界に近く、四つに組んでも最早動けない。またしても最後は投げの打ち合いとなり、二人して顔面から土俵に落ちる。

「二人の勝ちにしろ!」という声が上がる中、行司は”行司預かり”としようとしたが、英明は肯んじない。地区に勝利の証である「柱」を持ち帰るためには、勝負からは逃げられないのだ。

ともに体力のない二人は真正面から押しでの力比べとなった。そして・・・。



とにかく、この相撲の臨場感がたまりません。勿論、実際にはここまで実力伯仲、白熱する勝負というのはないのでしょうが、その息遣いや力の入った肉体等の描写が細かく、読み進めながら、肩や腕に力が入ってしまいます。

最後の終わり方は予定調和のような気がしないではありませんが、ちょっと泣けそうになりました。

非常に単純でコンパクトな作品ではありますが中身が濃いため、長いだけで中弛みのする作品よりも十分に楽しめる作品です。

お奨め度:★★★★

再読推奨:★★★★

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『四月になれば彼女は』 川上健一

4gatsu 2008年、28冊目は川上健一『四月になれば彼女は

個人的には、なかなか評価しにくい、難しい作品ですね。少なくともカバー絵を見て想像するような爽やかな作品ではないと思います。

先日『翼はいつまでも』を読んで感銘を受けたばかりなので、読んでみましたが、かなり様子の違うスタイルです。

ストーリーとしては、主人公である小説家沢木圭太が、インタビューに応える中(というよりも建前とは違う本音の部分)で、自身のターニングポイントとなった高校の卒業後3日目の24時間を振り返るというもの。

高校を卒業して3日目の朝、沢木圭太は友人伝法寺工藤春美:♂)の駆け落ちを(物見高く)手伝うためホンダのカブで駆け落ち相手坂崎洋子の家を目指した。洋子の兄、熊夫は体格の良い圭太を相撲部屋にスカウトしようとし、勝手に圭太の就職先(工務店)にも断りを入れてしまう。

振り切って町に戻った圭太の前に次々と友人たちが現れ(圭太が訪ねた先もあるが)、数々のエピソードを作りながら、明日からの展望について語る。(松橋望月ガフタラ自由共産党前山さんベラマッチャ佐藤先生

その中で、小学校・中学校で意識していた二瓶みどと出会う。二瓶みどりは明日札幌の大学に進学するという。

夜、三沢でバスケットの試合後、友人の太田博美(♂)、滝内恵治とともにバー『ダンヒル』へ初体験を目指して勇躍向かう。結局、うまくいかず陰々滅々とした気分で従姉の家に行くと、そこでは米兵にマリファナを吸わされた従姉と旦那洋ちゃんとの修羅場。

MPや警察で取り調べを受けた翌朝、再度二瓶みどりに会いにいく。圭太は、この24時間を振り返る中で「東京に出る」決心を固め、洋子に駆け落ちをすっぽかされた伝法寺とともに東京へ行くこととした。


まぁ、24時間の中に、こんなにもよくエピソードを詰め込めるという程、登場人物は多く、出来事自体は数々ありますが、決して一つ一つの重要性は高くありません。出会う人々の旅立ち、人生観に近いような発言や些事の積み重ねが最終的に「東京行き」に繋がることは勿論(お約束)ですが、あまりにもクドいように感じられます。

そもそも出だしのインタビューでは、小説家になったきっかけについて問われ、「19歳の冬に一人の女性と知り合って」という答えを返して思わせぶりに始まりますから、てっきり、その女性を巡る、あるいはそこに辿り着く物語かと思いましたが、最後までその女性は出てきません。何だったんでしょうか、これは。

その他、『ダンヒル』経由で知り合った女性の青痣、嗚咽のわけも何だったんでしょうか。勿論、現実の世界では最後までわからないことは多数ありますが、読書において背景も説明されずに置いてきぼりになると非常にストレスを感じてしまいます。

はっきりと言ってしまいましょう。読むとストレスを感じる作品です、これは。

各エピソード自体の(思わせぶりなところを捨象すると)書きぶりは巧いのですが、あまりにも小さくまとめて、次から次へと機関銃のようにエピソードがぶつけられますので、深みに乏しくなり非常に疲労を憶えます。今回は読むのに非常に時間がかかりました。体調が悪いときに読む作品ではありません。

お奨め度:☆☆☆☆☆

再読推奨:☆☆☆☆☆

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『翼はいつまでも』 川上健一

Tsubasa 2008年、13冊目は川上健一『翼はいつまでも』

人に薦められて初めて川上健一を読みましたが、非常に良かった。少なくとも、この作品は間違いなく、あたり(オススメ)の作品でしょう。

舞台は、昭和30年代後半(昭和38年~39年?)の青森県十和田市立南中学校。

主人公、神山は野球部に属する中学2年、14歳。弱気でなかなかスローイングがうまくいかなかったが、ビートルズの<<プリーズ・プリーズ・ミー>>(神山訳:お願い、お願い、私)に出合い、レギュラーを獲得する。

新人戦で優勝した野球部は次に県大会での優勝を狙うが、そこで大人たちの横暴に出会う。

中学校に新たに着任した田口(先生)は相撲部を創設し、野球部の主要メンバー3人(笠原苫篠桜田)を相撲部の試合、練習に借り出すようになる。

監督の中川先生はそれを押しとどめることができず、野球部のメンバーとの「相撲への参加は連休まで」「県大会では野球部の試合を優先させる」という約束を反故にしてしまいます。

これに対して勇気を振り絞って抗議する神山だったが、中川先生に(やつあたりのように)殴られ、グラウンドから退場させられるとともに、そのあと向かった相撲場でも田口先生に殴られる始末。

結果として、神山一人が、学校から「野球部一回戦敗退、相撲部準決勝敗退の責任」を一身に負わされるに至って、悪友力石を中心に野球部の面々が立ち上がる。

第二章では、<<プリーズ・プリーズ・ミー>>の一件以来、意識するようになった斉藤多恵野宿(一人でキャンプ)先の十和田湖で出合い、深く意識するようになっていく。

転校前のいじめ等で心身ともに自分を隠すようになった多恵も交流の中で、少しずつ変わっていく。

一時、初恋は成就したかのように見えるものの、別れ・転校は突然やってくる。

時代としては、私よりも10年ほど上の世代の少年期ということになるんでしょうが、時代はかわっても少年時代の感覚は共通するんでしょう。大人に対する苛立ちや、何と表現していいかわからないような切ないような甘酸っぱいような感覚を共感できるような内容となっています。

ヒールとなる性格が明確な田口先生(今だったら暴力教師として大変なことになるんでしょうね)や典型的な嫌な友人(?)阿部貞子というキャラクターを脇に配して、周囲をとりまく友人等が陰影をもちながら非常に魅力的に映ります。

また、子供の視線でみると理不尽な中川先生も、大人の視線でみてみると、社会の中でなかなか自分の思ったようにいかない苦しさ、弱さをもった平均的な人間像を想像させ、うまく世渡りできない自身への自己嫌悪、また子供にすらあたってしまう自分の小ささへ自己嫌悪する姿が背景に浮かんで、哀愁すら感じます。世の中、全くの善人や悪人というのはいないものです。(この作品の中では、田口先生は全くの悪人のように見えますが・・・。)

第二章。偶然の積み重ね、そして十和田湖という美しい自然・背景の中で深く意識していく過程はその光景が眼前に浮かぶように生き生きとし、その交流は微笑ましい一方で、感情移入しすぎると赤面すら憶える程新鮮です。

最後の30年後の同窓会のシーンは、別れた後を想像にまかせるという意味で無かった方が良かったように思う反面、初恋は結局成就しなかったという切ない想いを抱かせつつ、各人の成長を総括、祝福するようなエンディングは余韻を残すものとなっており、暫く記憶に残りそうです。

お奨め度:★★★★★

再読推奨:★★★★★

| | コメント (0) | トラックバック (0)

その他のカテゴリー

日記・コラム・つぶやき | 書籍・雑誌 | 著者別(あ)あさのあつこ | 著者別(あ)安藤祐介 | 著者別(あ)我孫子武丸 | 著者別(あ)有川浩 | 著者別(あ)朝倉かすみ | 著者別(あ)荒木源 | 著者別(い)五十嵐貴久 | 著者別(い)井上尚登 | 著者別(い)伊坂幸太郎 | 著者別(い)池上永一 | 著者別(い)池井戸潤 | 著者別(い)石田衣良 | 著者別(い)石黒耀 | 著者別(い)飯田譲治 | 著者別(え)円城塔 | 著者別(お)大崎梢 | 著者別(お)奥田英朗 | 著者別(お)小川洋子 | 著者別(お)小川糸 | 著者別(お)小笠原慧 | 著者別(お)緒川怜 | 著者別(お)荻原浩 | 著者別(か)加納朋子 | 著者別(か)垣根涼介 | 著者別(か)川上健一 | 著者別(か)川島誠 | 著者別(か)川端裕人 | 著者別(か)川西蘭 | 著者別(か)桂望実 | 著者別(か)海堂尊 | 著者別(か)片川優子 | 著者別(き)京極夏彦 | 著者別(き)吉来駿作 | 著者別(き)機本伸司 | 著者別(き)貴志祐介 | 著者別(く)栗本薫 | 著者別(く)鯨統一郎 | 著者別(く)黒川博行 | 著者別(く)黒木亮 | 著者別(こ)紺野キリフキ | 著者別(こ)今野敏 | 著者別(こ)小手鞠るい | 著者別(こ)幸田真音 | 著者別(こ)近藤史恵 | 著者別(さ)佐藤多佳子 | 著者別(さ)坂木司 | 著者別(さ)坂野昭彦 | 著者別(さ)斎藤純 | 著者別(し)新野剛志 | 著者別(し)島本理生 | 著者別(し)真保裕一 | 著者別(し)重松清 | 著者別(す)鈴木光司 | 著者別(す)須藤靖貴 | 著者別(せ)瀬名秀明 | 著者別(た)平安寿子 | 著者別(た)拓未司 | 著者別(た)田中芳樹 | 著者別(た)竹内真 | 著者別(た)高千穂遥 | 著者別(た)高杉良 | 著者別(つ)塚本青史 | 著者別(と)伴野朗 | 著者別(ど)堂場瞬一 | 著者別(な)南々井梢 | 著者別(な)永井するみ | 著者別(な)永瀬隼介 | 著者別(な)長嶋有 | 著者別(に)仁木英之 | 著者別(に)楡周平 | 著者別(に)西加奈子 | 著者別(に)西尾維新 | 著者別(に)西澤保彦 | 著者別(の)野沢尚 | 著者別(は)早見和真 | 著者別(は)服部真澄 | 著者別(は)畠中恵 | 著者別(は)羽田圭介 | 著者別(ひ)東川篤哉 | 著者別(ひ)東野圭吾 | 著者別(ひ)百田尚樹 | 著者別(へ)辺見じゅん | 著者別(ほ)誉田哲也 | 著者別(ま)万城目学 | 著者別(ま)松崎洋 | 著者別(ま)松波太郎 | 著者別(ま)真山仁 | 著者別(み)三浦しをん | 著者別(み)三羽省吾 | 著者別(み)宮城谷昌光 | 著者別(み)宮部みゆき | 著者別(み)水原秀策 | 著者別(み)水野敬也 | 著者別(み)湊かなえ | 著者別(む)室積光 | 著者別(も)本谷有希子 | 著者別(も)森博嗣 | 著者別(も)森絵都 | 著者別(も)森見登美彦 | 著者別(や)山下貴光 | 著者別(や)山之口洋 | 著者別(や)山本弘 | 著者別(や)山田悠介 | 著者別(わ)和田竜 | 著者別(外)海外の作家 | 読書感想(お奨め★★★★★) | 読書感想(お奨め★★★★☆) | 読書感想(お奨め★★★☆☆) | 読書感想(お奨め★★☆☆☆) | 読書感想(お奨め★☆☆☆☆) | 読書感想(お奨め☆☆☆☆☆)