『煙霞』 黒川博行
2009年、30冊目。黒川博行『煙霞』
面白い。
大阪のノリとスピード感で進む、誘拐から始まる金塊強奪劇は二転三転し、誰が黒幕かわからないままに、最後まで引っ張られます。
ラストの選択はちょっと呆気ないような気もしないではないですが、それでも十分楽しめる作品です。
学校法人晴峰学園では理事長酒井祐造が大阪府からの収益助成金を不正に騙し取り、私服を肥やしていた。
これに憤った教職員の中からはこれを糾弾する声が高まりつつあった。
そんな中、晴峰女子高校の講師間の連絡等を務める「講師部会長」に就いていた美術科常勤講師熊谷は、同じく体育科の常勤講師小山田”通称:タタミ”から仲間になるよう誘われていた。
熊谷にそんな気はなかったが、小山田は熊谷に大阪府教育委員会から原田という美術主事が来年晴峰にやってくることを告げ、勤務条件劣悪な通信制湊町高校への熊谷の転勤を仄めかす。
同様に、小山田から脅されていたのは音楽科教師正木菜穂子。校外でパンクバンドのキーボードを務める菜穂子は学校から睨まれ、理事会で決議された音楽教師の湊町高校への転出候補者に挙がっていたのだ。
小山田は、熊谷に誓約書を書かせると、初めて計画を明かした。
理事長酒井祐造をヨーロッパ視察旅行の途上に立ち寄る愛人宅で捕らえ、不正の証拠を示して、熊谷と小山田を正教員にし、菜穂子ではないもうひとりの音楽教師渡辺を湊町高校へ転出するという誓約書をとるのだ。
菜穂子の運転するエクスプローラーに乗った熊谷と小山田は学校から酒井の運転するレクサスを追う。
自宅からベンツで愛人宅に向かった酒井を追った熊谷たちは、駐車場で酒井をつかまえ、談判に及ぶが酒井は講師風情など相手にしない。しかし、熊谷も知らされていない不正の数々を小山田が暴露するにつれ、酒井の態度も徐々に変わっていった。
熊谷らは酒井に要求を飲ませるべく、酒井と愛人守野朱美を小山田の用意しておいた倉庫へ案内する。
なかば誘拐ともとれる行動に恐れを感じ始めた熊谷と菜穂子だったが、小山田はまず熊谷の正教員昇格と、了解なしに異動させないという菜穂子への一筆を酒井から取り付けると、熊谷と菜穂子を先に返すのだった。
しかし、逆にこの小山田の行動に不審さを感じた熊谷と菜穂子が暫くして倉庫に戻ると、酒井の乗ってきたベンツを残し、誰の姿もなかった。
その頃、酒井と朱美は、小山田に指示を出してきた黒幕箕輪克久と中尾秀一によって、酒井の自宅に連れ戻されていた。
箕輪はかつて晴峰学園の用地売買に絡んで酒井とも接触したことのある”学校経営コンサルタント”。かつての酒井とのビジネスで煮え湯を飲まされた箕輪は酒井の背任横領の証拠をつかみ、酒井を脅迫するのだった。
最初はシラを切る酒井だったが、箕輪の並べる事実の数々に、要求を呑まざるを得なくなっていく。箕輪が要求したのは、酒井が背任横領の中で得たマンションの2室分相当の「1億5千万円」だった。しかし、強かな酒井は融通できる資金の限度を示し、最終的に箕輪は晴峰湊町高校に蓄財されている3700万円で手を打つことになる。
一方、熊谷と菜穂子は攫われた酒井たちの後を追っていた。
ベンツのサイドウィンドーが破られたことを知った箕輪は中尾に命じ、熊谷と菜穂子も拉致して、酒井の自宅に連れてこさせるのだった。
酒井、菜穂子を人質にとられ、熊谷、朱美は中尾に従い、酒井に金庫から取り出させた通帳をもって銀行に向かった。中尾が熊谷に指示したのは、通帳の残額(3796万円)を”株式会社APT”へ振り込ませることだった。
”APT”とは”ANTWERP PRECIOUS METALS TRADER”の略。貴金属商会だ。
ここには酒井が横領で得た不正な資金が金塊の形で隠匿されていた。
中尾は銀行からの帰り、”APT”に立ち寄ると、振り込んだ3796万円分は勿論、隠匿されていた資金も含めて全額を現物(延べ板)にして、持ち帰ると告げたのだ。
金地金は換算すると2億3481万4千円になるという。実は箕輪の狙いは、この金地金にあったのだ。
しかし、金を車に乗せかえる作業を終えたところで、車”セビル”を奪った朱美は中尾と熊谷を置き去りにして逃げた。
後を追った中尾と熊谷は朱美のマンションに向かったが部屋には戻っていない。その後、駐車場で朱美が自身の車”アルファロメオ”に乗り換え、”セビル”が乗り捨てられているのを発見された。箕輪は中尾を叱責し、朱美を捜すように命じる。
熊谷はこれでお役御免だった。迎えにやってきた菜穂子とともに立ち去る。
しかし、これでは腹の虫のおさまらない菜穂子と熊谷は”鈴木”、”佐藤”という偽名を名乗っていた二人(箕輪、中尾)の正体を探るべく、こっそりと駐車場に戻ると”セビル”を盗み出すのだった。
中尾に朱美捜しを命じながら、箕輪はこっそりと朱美と連絡を取っていた。実は箕輪と朱美は通じており、今回の持ち逃げも作戦の一つだったのだ。朱美は金塊を”アルファロメオ”に載せ換えることなく、”セビル”のスペアタイヤのあった場所に隠していた。これを箕輪が回収して、作戦終了となるはずだったのだが・・・。
熊谷らが”セビル”を盗んだのは箕輪の誤算。箕輪は中尾、小山田に命じて、(建前として)朱美と(本音で)”セビル”を探させる。加えて、箕輪は組織の準構成員である井沢にも熊谷らの行方を捜すよう依頼するのだった。
熊谷は顧問をする美術部の部員伊東香澄やOG高沢知美の情報網を使い、”鈴木””佐藤”の正体を掴むと、箕輪の借りている事務所「みのわ商会」へ潜り込んだ。
事務所のパソコンのメール受信記録から、彼らは朱美と箕輪が通じていることを確認するとともに、朱美が賢島のホテルに潜伏していることを突き止めた。
熊谷らはもはや邪魔となった”セビル”を放棄し、菜穂子の”エクスプローラー”で賢島へ向かった。
事務所が荒らされ、朱美の居場所が突き止められたことを知った箕輪は、熊谷らが賢島に向かったことを井沢に告げ、井沢らとともに、熊谷らを追うのだった。
”セビル”に金塊は残っていなかった。箕輪は熊谷らが盗んだものと考えていたが・・・。
事件が二転三転する、この展開が非常に楽しい。
設定自体の縛りが緩い分だけ、いくらでもストーリー、伏線が予想できるため、次々と先読みをする中でイメージが広がります。勿論、予想が裏切られることもあれば、予想通りというところもあって、そういった先読み心を各種くすぐられる作品といえるかもしれません。
キャラクターについては、特に光るキャラクターがいるわけでなく、むしろ(設定は別にして)個性を殺したような性格付けのキャラクターが多いようです。ただし、大阪を舞台にする分、会話が大阪弁で、非常にテンポがあるのはいいですね。
腹黒い理事長酒井は、学園を牛耳る巨悪でありながら、結局のところ金塊強奪のことは最後まで知らずに、のほほんとしているというギャップがいかにも妙です。全編を通じて黒幕然としていながら、最後は締まらない箕輪。演技なんだか素なんだか、よくわからない、マヌケな中尾。小悪党にすらなりきれない小山田。
どうも、この作品に出てくる悪役が尖っていない分だけ、あまり犯罪の趣きなく、緩いノリになっています。
熊谷も主人公らしくなく、ほぼ菜穂子に流されるだけですし・・・。
一方で、菜穂子は強烈な(というと言い過ぎかもしれません。というよりも、妙な過去を抱えているという設定の)キャラクターで、ストーリーの進行役というか、物事をややこしくする役をかってでています。
最後がちょっと呆気ないような気もしませんが、十分楽しめる作品でした。
お奨め度:★★★☆☆
再読推奨:★★★★☆
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