『空飛ぶタイヤ』 池井戸潤
タイトルに騙されてしまいました。名前からして、愉快なコメディタッチの話かと思っていましたが、中身はいわゆるビジネス小説。
フィクションとはなっていますが、明確に題材等がわかるような実話をもとに膨らませているので、非常に緊迫感をもって読むことができる作品でした。
良い意味で期待を裏切られた作品です。
赤松運送(社長:赤松徳郎)のトレーラーから外れたタイヤが歩道を歩いていた主婦柚木妙子(33)を直撃した。一緒に歩いていた息子貴史(6)はかすり傷で済んだが、妙子は即死だった。
事故はマスコミの注目するところとなり、赤松運送は加害者としてバッシングを受ける。主たる取引先である相模マシナリーからは取引停止と、事故時の補償金600万円を突きつけられる。メインバンクである東京ホープ銀行(モデル:東京三菱銀行)からも、コンプライアンスを盾に新規の融資を拒絶され、資金繰りに行き詰るようになっていった。
港北警察署(モデル:瀬谷警察署)の依頼を受けて事故車の鑑定を行ったのは製造元であるホープ自動車(モデル:三菱自動車)である。鑑定結果は「整備不良」。これをもって港北警察の刑事高幡真治らによって赤松運送の家宅捜索が行われる。しかし、家宅捜索をもってしても、整備不良のあとはみられず、むしろ整備は良好だった。鑑定に疑問を覚えた赤松はホープ自動車に再調査を申し出る。
これに対応したのはホープ自動車販売部カスタマー戦略課課長の沢田悠太である。赤松を身の程知らずのクレーマーとみなし、黙殺する。しかし、品質保証部の課長室井秀夫が赤松運送のクレームについて問い合わせてきたことに沢田は疑問を感じ、一件を調べ始める。車両製造部の友人小牧重道を経由して品質保証部から情報を入手する。品質保証部の部課長、役員、研究所の所長らからなる秘密会議があるのだという。その名も「T会議(モデル:マルT対策本部会議)」。
3年前のリコール隠しで世間のバッシングを受けたホープ自動車にあって、沢田には品質保証部らの暗躍は極めて危険なものと映った。室井に詰め寄る沢井だったが、反応は上からの圧迫として還ってくるだけだった。
その頃、東京ホープ銀行本店営業本部の調査役井崎一亮は頭をかかえていた。リコール隠し以降業績の振るわないホープ自動車が再度支援要請をしてきたからだ。申入れは200億円のクレジットライン。改善を図ろうともせず、業績悪化を景気のせいにする姿勢と、グループ内の支援は当然と言わんばかりの態度に辟易としていたのだ。
しかし、ホープ自動車の次期社長とも目される常務取締役狩野威に、東京ホープ銀行の国内与信の総責任者である専務取締役巻田三郎は頭があがらず、支援に積極的だった。
そんな井崎のもとに大学時代の友人で今は「週刊潮流」の記者を務める榎本崇から連絡が入る。榎本はホープ自動車の社員からの内部告発により、再びリコール隠しが行われ、横浜母子死傷事故にも責任があることの裏づけをとっていたのだ。
愕然とする井崎は次長の紀本孝道や営業部長濱中譲二とも相談し、支援見送りの方向で臨んでいたが、巻田を経由した狩野の圧力、ホープ自動車の財務部係長三浦成夫の嫌味にも耐え続けなければならなかった。
赤松らの逮捕にはいたらないままに時間は過ぎた。しかし、世間からバッシングを受ける赤松運送の経営は益々苦しくなっていくばかりだった。そんなとき、赤松は群馬県でも同様にタイヤの外れた事件があることを知り、高崎市の児玉通運(社長:児玉征治)にとんだ。児玉社長と話すうちに、車両の構造的欠陥の可能性に気付いた赤松は、自身で部品を再調査することに思い至る。しかし、部品返還の要請に対して、ホープ自動車は一切返そうとはしない。赤松は部品返還を求めてホープ自動車を訴えた。
赤松運送の窮地に手を差し伸べたのは児玉通運である。仕事の融通をするとともに、取引先銀行を紹介したのである。はるな銀行(モデル:りそな銀行)蒲田支店へ出向いた赤松を支店長中村桂子、融資課長の進藤治男は温かく迎え、運転資金の融通を前向きに検討することを約束した。
危機感を覚えたホープ自動車の沢田は社長岡本平四郎あてにリコール隠しの報告書を提出したが、狩野とは同じ穴の狢であった岡本は報告書を狩野へ流す。狩野は社内での隠蔽工作を進めるとともに、社内で跳梁する不満分子である沢田を丸め込むため、希望部署(商品開発部)への異動をエサとして篭絡しようとする。そして、沢田は堕ちた。
その頃、赤松のもとを「週刊潮流」の榎本が取材で訪れる。ホープ自動車のリコール隠しを調べる榎本に勇気付けられた赤松は苦しい日々の中、記事の載る日を心待ちにするのだった。
しかし、記事は出なかった。ホープ自動車の狩野、東京ホープ銀行の巻田が広告料をチラつかせ、潮流社に圧力をかけ、記事をボツにしたのだ。
打ちひしがれる赤松だったが、更に東京ホープ銀行からは内容証明付郵便が送られてくる。3億円の融資を全額返済しろという内容だ。もう倒産は時間の問題という切羽詰った状況ではあったが、榎本から得た情報をもとに全国の事故を起こした運送会社を赤松は経巡る。しかし、過去のことを掘り起こされたくない会社からはけんもほろろに扱われ、挙句には赤松の無責任さを詰られる。
しかし、苦心のすえ、有効な情報を入手したのは愛知県知多市の高森運送、金沢市の北陸ロジスティックスでだった。そこで入手したのはホープ自動車が国土交通省に提出した報告書だった。その報告書は虚偽に満ちていた。
赤松は報告書をホープ自動車に持ち込み詰め寄るとともに、港北署の高幡に示して再調査を求めた。捜査に行き詰っていた高幡はメンツを捨て、赤松の報告書をもとに証拠を固めていく。そして、家宅捜索令状をとった高幡は道路運送車両法違反の疑いで、ホープ自動車本社と研究所に乗り込んだ。
ここに来てマスコミはホープ自動車の事件を取り上げたが、狩野の隠蔽工作が功を奏してか一切証拠は出てこない。捜索の結果、赤松の部品(ハブ)は既に廃棄済みであることが判明し、赤松には整備不良を覆す材料がなくなった。
容疑は晴れないまま、経営は悪化し、東京ホープ銀行からの返済も迫られ、ニッチもサッチもいかない赤松のもとへ、はるな銀行から電話が入る。
とにかく、緊迫感の漂う作品で非常にのめり込みます。書き方が巧いんでしょうね。とにかく、理不尽な仕打ちにともに憤ってしまいます。これが逆境だ!といわんばかりの状況が延々と続くので読むのは非常にストレスを感じますが、それもまた最後があればこそです。
作中では「財閥系」という言い方をしていますが、「三菱」の官僚体質をよく表現していて、”そうだよなぁ”と相槌を打ちながら読みました。
ただし、作品は頑張るお父さん、社長として赤松徳郎にスポットを当てんがためにPTA会長という役割も付し、小学校でのやりとりにも紙面が多くさかれていますが、ちょっと中途半端なような気もします。むしろ、国土交通省の役人たちの無責任さにも目を向けるべきだったんでしょう。結局、製造元との間のなぁなぁの関係の中でリコールが見逃されてきたわけですから。
実際の裁判では、国土交通省が三菱ふそうトラック・バスを訴え、一審では無罪(二審で有罪)になっていますが、その背景には報告を求める役所自体の曖昧さがあったようにも解釈されています。リコール隠しをした製造元が悪いのは言うまでもありませんが、それに加担したともとれる役所の姿勢も糾弾すべきだったんじゃないかなと思わないではありません。
お奨め度:★★★★☆
再読推奨:★★★★☆
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