『霧のソレア』 緒川 怜
いやぁ、面白かった。一言でいえば爆弾テロに遭った旅客機の話ではあるんですが、それとは別に旅客機を落とそうとするアメリカ政府の暗躍があったりと、盛り沢山の内容です。とにかく個々のイベントを長く引っ張らず、次々と事件がおこるなど話にスピードがあるのがいいですね。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校で国際関係論を学ぶジェシカ・ブロックは公開シンポジウムで知り合った、中米ニカラグアのサンディニスタ民族解放戦線の元戦士だと名乗る男アンヘル・セサールに惹かれる。幼い頃、メキシコで目にした貧困への同情から、ラテンアメリカを裏庭化するアメリカ政府への怒りを強めたジェシカはサンディニスタの親派でもあったのだ。オルテガ(サンディニスタ)政権を支援するために、というアンヘルの言葉に、ジェシカは麻薬密輸を手伝うこととなった。
コカインを入れたスーツケースを預け、ジェシカは日本トランス・パシフィック航空73便に乗り込んだが、スーツケースの中身はコカインではなかった。HMTD=ヘキサメチレントリバーオキサイトジアミン。白い粉末状の高性能爆薬だ。
アンヘル・セサールの偽名を使った男の本名はマヌエル・カルデロン。サンディニスタの対極にある反政府武装勢力コントラの一員だ。アメリカ政府のニカラグアへの関与を引き出すため、サンディニスタ名でのテロを偽装しようとしたのだ。ジェシカに運ばせたスーツケースは東京を経由し、シンガポールへ渡る途中で爆発し、同機に搭乗するアメリカ陸上界のスター選手らを木っ端微塵にする。
しかし、日本トランス・パシフィック航空73便は定刻での出発とならなかった。離陸直後に鳥と衝突したことで第ニエンジンが不調となったため、ロサンゼルス国際空港へ引き返したのだ。
73便を操縦するのは塚田祐之介機長。ラストフライトを半年後に控えたベテランだ。副操縦士はジャンボでの飛行時間210時間という新米高城玲子。航空機関士佐伯宏明、48歳。
出発は定刻より7時間遅れ。この遅れによって、新たな乗客が加わった。元ソ連(現ロシア)の核科学者アレクセイ・ミハイロヴィッチ・サグジェーエフである。娘ナターシャを原発事故の後遺症で亡くし、悲観した妻タチアナをも失ったサグジェーエフは、アメリカで新生活を始めようとしたが職にあぶれ、誘いのあった北朝鮮へ向かおうとしたのだ。これを未然に防ごう(サグジェーエフを殺害しよう)としたCIAだったが、何者かに阻止され、結局は出発直前の73便に乗り込まれてしまう。
原爆の開発に成功した北朝鮮が新型テポドン・ミサイルに核を搭載できるようになれば、アメリカにとって由々しき事態である。ミサイルへの核搭載を可能ならしめる技術を持つサグジェーエフを北朝鮮に行かせることはできないのは自明の理。
秘かに召集された緊急会議で、アメリカ合衆国大統領、大統領補佐官スティーブン・ギャラガー、国務長官ケネス・コスグローブ、国防長官ウィリアム・リチャードソン、CIA長官ベンジャミン・ドールは、73便の”悲劇的な事故”を承認した。
離陸した後、衛星電話でアンヘルに連絡をとったジェシカだったが、アンヘルな不自然な態度に疑念を持つ。推理を働かせたジェシカは自身が持ち込んだものの正体が爆弾であることに気がついたが、気付くのが遅すぎた。
前部貨物室での爆発はファーストクラスの床パネルを破壊するとともに、胴体に大穴を開けた。この爆発で7人が死亡。その中にはジェシカのほか、たまたま客室に下りていた機長塚田も含まれていた。
この事故で第一油圧系統がダメになるとともに、燃料タンクにも不調が生じていた。第ニタンクのバルブが作動せず、第2タンクは4基のエンジンのうち1基にしか使用できないため、成田に到着する前に第2タンクを残して3基のエンジンが停止する可能性が高いのだ。
アメリカが採った”事故”を演出する作戦は電子戦。4人の搭乗員が乗る電子戦専用機ノースロップ・グラマンEA6Bブロウラーは73便の後方から近づくと、電波妨害を始めた。
これにより、73便は交信を閉ざされただけでなく、計器着陸装置も使用できない。成田空港の霧は深さを増し、視界は10メートル。とても着陸できる状態ではなかったが、これを73便に伝える術もなかった。
低空飛行を続けたEA6Bブロウラーだったが、航空自衛隊の早期警戒機E2Cホークアイの捜索レーダーが房総沖にキャッチする。情報はすぐさま茨城県百里基地に伝えられ、スクランブルがかかった。向かうのはベテラン岡田正彦一等空尉と桜井渉三等空尉。スクランブル警報の発令から4分ちょっと。F15イーグル2機は未確認機に向けて飛び立った。
その頃、着陸に向けて準備を進めていた玲子は、地表を覆う霧の存在に言葉を失っていた。
爆弾テロに加えて、機関士の怠慢によるミス、飛行機の墜落を狙うアメリカの謀略、スクランブル、霧の空港と、次々と起こる危機(イベント)また危機(イベント)が小気味よく続くので飽きさせません。こういった飛行機ものはこのどれか2つ程度を原因としたクライシスを巡る人間模様といったものが主になりがちですが、とにかくイベントをもり沢山に詰め込んだことで、かなりドライなエンターテインメントになっています。
ただし、個人的には若干詰め込みすぎの気がしないではありません。サグジェーエフの渡航を支援する謎の組織、アメリカの謀略の真相とか、最後のどんでん返しで読者を驚かそうという意気込みはわかるのですが、そういったものがなくとも完成度が高い(十分に楽しめる)ので、最後の種明かしが蛇足のような気がしないではありません。
いずれにせよエンターテインメントとして十分に楽しめる作品で、こういった傾向の作品なら更に読んでみたいという気にさせます。
お奨め度:★★★★☆
再読推奨:★★★☆☆
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