『オブ・ザ・ベースボール』 円城塔
2008年51冊目。137回芥川賞候補ともなった円城塔の『オブ・ザ・ベースボール』。
久しぶりに読書に苦痛を感じました。この作品は何なんでしょうか。哲学書?詩?とにかく読みにくい。文章も故意になんでしょうが、わかりにくい表現がとにかく多く、集中しにくいものとなっています。
「オブ・ザ・ベースボール」と「つぎの著者につづく」という2つの短編で構成され、両者につながりは全くありません。
オブ・ザ・ベースボール
1年に約一回の頻度でひとが降る町ファウルズ。
なぜ、人が降るのかはわからない。落ちてきた人は肉塊となり、誰とも知れずA~Zの名で埋葬され、それがひたすら繰り返される。
これを救うべく(?)結成された総計9人のレスキュー・チームに支給されるのは3枚のユニフォームと1本のバット。
レスキュー・チームの生活は規則正しい。夜明けと共に起き出して、素振りをして走りこむ。日中は守備位置で空を見上げ、日暮れとともに一杯やって家に戻り、再び素振りと走りこみを行った後、布団にくるまる。ただし、俺たちはレスキュー・チームであって、ベースボール・チームじゃない。
レスキュー・チームの創設以来のチーム打率はゼロ行進中。
そして、とうとう俺が見上げる空から人が降ってきた。
「オーライ、カァモン」バットを構え、腰を落とす。顎を引いて脇を締める。落下してくる老人を見据えて、俺はスイングに移行する。
つぎの著者につづく
私の書き出す文章には、文体にせよ内容にせよ構成にせよ、リチャード・ジェイムス氏の影響が顕著に認められるのだと評者はいう。しかし、私はリチャード・ジェイムス氏なる人物の存在を知らない。
そして、私は賭け(実験)を行うことを決意する。自分の想像したこともない意図が知らずに勝手に実現されることが起こりうるなら、自分が皆目知らぬことを実現させることができてもよい。即ち、リチャード・ジェームス氏の著作と同じ文章を書き上げてしまうこともできるのではないか。
「オブ・ザ・ベースボール」は不条理とはいえ、とりあえずストーリーはありますが、「つぎの著者につづく」は哲学ですね。とてもじゃないですが、つきあいきれない。
こういうのも好きな人はいるのかもしれませんが、所謂ストーリーを楽しむ読書家には全く合わないタイプの作品だと言えるでしょう。
お奨め度:★☆☆☆☆
再読推奨:☆☆☆☆☆
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