2009年、53冊目。森見登美彦『恋文の技術』
何ていったらいいんでしょう。
書簡集です。それも往復の書簡ではなく、たった一人の書いた手紙だけが綴られます。相手の返事は主人公の書く内容から類推するしかありませんが、それでも十分に阿呆が滲み出た話になっています。
作者である森見登美彦を含め、いろいろな人物が登場し、『夜は短し歩けよ乙女』のいくつかのエピソードは、この作品の主人公守田一郎によりもたらされたという裏話も示されます。
卒業後も大学院(研究室)に残った守田一郎だったが、その甘えた根性を教授に喝破され、能登半島七尾にある能登鹿島臨海実験所でクラゲの研究をすることを命じられる。この人里離れた研究所では、鬼軍曹ともいうべき谷口誠司が待ち構え、来る日も来る日も守田を無知呼ばわりする。そんな中、守田は一念発起し、この機会を利用して「恋文の技術」を開発すべく、文通武者修業に邁進することを決意した。
そんな彼の書簡集。
4月9日
(小松崎友也宛)文通武者修業決意の表明。
(大塚緋沙子宛)近況報告。相変わらず、研究室で傍若無人に振舞う大塚への苦言。
(間宮少年宛)近況報告。
4月14日
(伊吹夏子宛)失敗書簡①
4月15日
(小松崎友也宛)花見会報告の礼。小松崎からの恋(花見会で一目惚れした三枝さん)の相談に、吉田神社に願をかけることをアドバイス。
4月16日
(間宮少年宛)新たな家庭教師に不安がる間宮少年への助言。
4月19日
(大塚緋沙子宛)花見会報告の礼。
4月23日
(間宮少年宛)新たな家庭教師を追い出して得意がる間宮少年への苦言。「おっぱい」から卒業するようにとの助言。
4月29日
(守田薫宛)近況報告。人生相談の受付希望。ビデオデッキの要請。
4月30日
(小松崎友也宛)近況報告(和倉温泉へ谷口さんといったこと)。
(伊吹夏子宛)失敗書簡②
5月2日
(大塚緋沙子宛)小松崎に「恋が成就するまではパンツを脱がないことを吉田神社に誓わせる」ようなことがないよう苦言。就職した伊吹夏子の近況報告の礼。
5月11日
(小松崎友也宛)三枝さんに向けた小松崎の詩にダメだし。迂遠なことをするよりも、まず三枝さんのことを知るべしと助言。
5月13日
(間宮少年宛)新たな家庭教師マリ先生とうまくやっている間宮少年への賞賛。マリ先生の書く森見登美彦へのファンレターに嫉妬する間宮少年へ、森見登美彦の住所を教える。[天狗ハムを送る]
5月15日
(大塚緋沙子宛)「能登の海で雌イルカを追い回している」とのデマを流すことへの苦情。
5月18日
(森見登美彦宛)近況報告。文通へのお誘い。
5月21日
(大塚緋沙子宛)伊吹さんが某男性と幸せにやっているとの情報への礼。伊吹さんの恋人の素性情報を乞う。[天狗ハムを送る]
5月27日
(守田薫宛)ビデオデッキの礼。もうちょっとやわらかい相談を希望。[天狗ハム送る]
5月29日
(森見登美彦宛)近況報告(和倉温泉に行ったこと)。森見のところへ届いた脅迫状は守田一郎が家庭教師をしていた小学生のものらしいことを報告。どんな美女でも手紙一本で籠絡する「恋文の技術」伝授を懇請。
5月30日
(伊吹夏子宛)失敗書簡③
6月4日
(間宮少年宛)近況報告(羽咋へUFOを見に行ったこと)。森見登美彦へ間宮少年が送った手紙は「脅迫状」にあたることを戒める。マリ先生にストーカーがいるとの報告は誤解だと。
6月5日
(大塚緋沙子宛)近況報告(羽咋へUFOを見に行ったこと)。
6月10日
(大塚緋沙子宛)近況報告(和倉温泉に行った際に谷口に置き去りにされたこと)。伊吹さんの恋人の素性情報の督促。
6月11日
(森見登美彦宛)ファンレターへの返事も出せない森見に代筆の提案。処女作の文庫化祝。伊吹さん、マリ先生、守田の妹薫が森見ファンであることへの疑問、妬み。
6月12日
(森見登美彦宛)長い長い追伸への苦言。「これを書いている間に仕事しろ!」
6月13日
(森見登美彦宛)「森見さん、あんた手紙書きすぎ。」「人生と小説の行く末を相談されても困ります。」
6月16日
(小松崎友也宛)研究室の仲間たちと金沢まで来ておきながら、寄らなかったことへの苦情。三枝さんのストーカーと化している小松崎へのダメだし。
6月17日
(間宮少年宛)近況報告(和倉温泉に行ったこと)。マリ先生のストーカーをつけ、その男を操る謎の女の存在を確認した間宮少年の身を危ぶむ。
6月20日
(大塚緋沙子宛)金沢まで来ておきながら、研究室の面々に「文通武者修行中」の守田には会わないようにとのお達しを出したことへの苦情。伊吹さんが三枝さんとともに、森見登美彦と「東華菜館」で食事をしたとの情報感謝。伊吹さんの恋人の素性情報の再督促。
6月21日
(森見登美彦宛)近況報告。ファンレターへの対応等、助言。
6月23日
(守田薫宛)森見登美彦に近づくことへの警告。
6月29日
(大塚緋沙子宛)伊吹さんの恋人評価に関する報告の礼。恋人の名前を求める。
6月30日
(小松崎友也宛)森見登美彦女性ファンクラブ「大日本乙女会」に加盟する三枝さんの機嫌を治すため、お菓子を買い与えろとの助言。
7月3日
(守田薫宛)子どもの頃の「督促状」を送ってきたことへの苦情。高等遊民を目指す妹への苦言。
7月5日
(森見登美彦宛)近況報告(円形脱毛、ダルマをかじったこと)。「三嶋亭」のすき焼きの描写への苦言。ナメクジ退治方法伝授の礼。
7月10日
(小松崎友也宛)小松崎が三枝さんに買い与えた「ぷくぷく粽」の責任を転嫁されるのは筋違い。見舞いには花を持っていくようにとの助言。
(間宮少年宛)近況報告(駅そばの本屋でビデオを借りて観ていること)。マリ先生がおなかを壊したとの報に、見舞いはマシマロではなく、花がいいとの助言。
7月12日
(大塚緋沙子宛)昨年の七夕、大塚の命で植物園に竹を切りにいかされ、管理人に見つかった後、大塚が逃げたことへの苦言。小松崎の件の報告。伊吹さんの件についての慰めの礼。伊吹さんの恋人の更なる情報の要請。
7月13日
(森見登美彦宛)森見のかつてのアドバイスに従って小松崎に「花を持っていけ」とアドバイスできたことへの感謝。就職を考えていることの告白。
7月15日
(小松崎友也宛)三枝さんは、小松崎が見舞いに持っていったカーネーションのアレルギーだったと言われても困る。恋愛指南からは手を引くと通告。
7月16日
(間宮少年宛)「ぷくぷく粽」のキーワードからストーカーの正体が小松崎であることがわかり、小松崎を庇う。マリ先生への見舞いから、宵山デートが決まった間宮少年への賞賛。
7月22日
(小松崎友也宛)祇園祭の宵山で三枝さんに出会ったこと。そこで三枝さんが逃げ出したこと。小松崎がインドへ逃げようとしていること。断片的な情報しかない小松崎の手紙の詳細を求める。
(大塚緋沙子宛)錯乱してインドへ逃げようとする小松崎をひき止めるよう要請。伊吹さんの恋人が「人畜無害のふりをして、言葉巧みに乙女たちをたぶらかし、日本全土を股に掛けた恋の火遊びに耽っているプレイボーイ」であるはずがないと断言。
7月23日
(森見登美彦宛)小松崎の恋の迷走についての報告。
7月28日
(守田薫宛)研究室へ赴いた由の報告に、小松崎を庇う。兄の心配をする妹に心配無用。
7月29日
(間宮少年宛)マリ先生が小松崎と付き合うことになったことへの慰め。
7月30日
(小松崎友也宛)なぜか、三枝さんとうまくいってしまった小松崎へ、文通はやめるとの通告。
7月31日
(伊吹夏子宛)失敗書簡④
8月1日
(森見登美彦宛)小松崎の恋がうまくいったことへの愚痴。大塚の伊吹夏子にかかる大嘘についての愚痴。森見への牽制。近況報告(和倉温泉で「金曜倶楽部」と名乗るおっさん連中に全裸に剥かれてしまったこと)。
8月2日
(大塚緋沙子宛)小松崎の恋の大団円の報告感謝。伊吹さんの恋人の件が大嘘であったこと、守田をもてあそんだことへの大苦情。この恨みをはらすとの予告。
8月6日
(小松崎友也宛)絶縁状を出したにも関らず、手紙を書いてくる小松崎への苦言。守田の不幸のうえにあぐらをかいている小松崎へ自省を求め、自身を見つめなおすことを求める。
8月8日
(森見登美彦宛)なにもうまくいかないことへの愚痴。恋文代筆のベンチャー企業創設の誓い。
8月9日
(間宮少年宛)和歌山からの手紙への返礼。南方熊楠記念館の推奨。
8月11日
(小松崎友也宛)「おっぱい」への憧憬を断ち切れない小松崎の告白文への驚き。「おっぱい」問題を乗り越えるよう励ます。
8月12日
(守田薫宛)兄の心配は無用。
8月15日
(小松崎友也宛)「方法的おっぱい懐疑」の提唱。
8月16日
(伊吹夏子宛)失敗書簡⑤
8月17日
(間宮少年宛)古本市の報告の礼。
8月18日
(小松崎友也宛)「おっぱい」問題再考。
8月19日
(森見登美彦宛)五山送り火を美女たちと眺めた森見への妬み。森見の小説への忌憚ない意見(御都合主義的すぎます)。
8月20日
(間宮少年宛)京都へ行くことの報告。三嶋亭への招待。
8月21日
(小松崎友也宛)近況報告(小松崎との文通に毒され、何もかもが「おっぱい」化していくこと)。①おっぱい絶対主義を打ち砕くこと、②研究室における大塚緋沙子の支配を覆すため、8月25日、京都に向かうことの予告。
8月22日
(森見登美彦宛)新作原稿で守田からの文通が数々使用されていることへの苦情。明日、森見のところへ原稿料を取りに行くとの宣言。三嶋亭へ連れていけと。
8月25日
(小松崎友也宛メモ)研究室へ寄ったこと。
8月27日
(小松崎友也宛:京都駅近鉄名店街「ジェーン」にて)25日の出来事の振返り(三嶋亭で森見と間宮少年が姿を消した後、研究室のプロジェクターで拡大した「おっぱい」を鑑賞していたところを、森見・間宮と連れ立ってやってきた「大日本乙女会」の面々(伊吹夏子、三枝麻里子、守田薫)に見られてしまったこと)。呟き、面々に聞かれてしまった「おっぱい万歳」への言い訳。
(大塚緋沙子宛)研究室の大塚のパソコンを盗んだことの犯行声明。要求は①今後、守田一郎を顎で使わない、②朝と晩には必ず守田一郎のおわします方向にむかって礼拝、③守田が食べたいと言ったら、必ず猫ラーメンを奢る(無期限)。
(森見登美彦宛)「おっぱい上映会」での醜態を晒す原因を作った森見への苦情。預けたパソコン堅持のお願い。
(間宮少年宛)「おっぱい万歳」の言い訳。
(守田薫宛)「おっぱい万歳」事件、後始末。
8月28日
(大塚緋沙子宛)実験所からパソコンと実験ノートを盗んだことへの抗議。
8月30日
(伊吹夏子宛)失敗書簡⑥
9月4日
(大塚緋沙子宛)パソコンと実験ノートの返還督促。
(間宮少年宛)「おっぱい」への開き直りと教訓。
9月10日
(大塚緋沙子宛)パソコンと実験ノートの返還再督促。
(森見登美彦宛)森見の愚痴への苦言。近況報告(大塚にパソコンを盗まれてしまったこと)。
9月15日
(大塚緋沙子宛)パソコンと実験ノートの返還に応じたことへの感謝。大塚のパソコンは返還しないことを宣言し、三要求の履行を求める。
(森見登美彦宛)大塚に勝利したことの宣言。くれぐれも大塚のパソコンの保管に怠りのないようにとのお願い。
9月17日
(間宮少年宛)大塚からの勝利宣言。小松崎を庇う。
9月18日
(大塚緋沙子宛)再度、盗まれたパソコンと実験ノートの返還要請。
9月19日
(大塚緋沙子宛)パソコンと実験ノートの返還督促。
9月20日
(大塚緋沙子宛)パソコンと実験ノートの返還再督促。
(森見登美彦宛)パソコン保管の徹底のお願い。
9月22日
(大塚緋沙子宛)パソコンを大塚に返してしまった森見登美彦の行動への愚痴。大塚の要求(①恋文の技術を開発します、②伊吹さんを元気づける会を開きます、③伊吹さんに恋文を渡します)を呑む。
(森見登美彦宛)大塚のパソコンを返してしまった森見への苦情。
9月24日
(大塚緋沙子宛)鬼軍曹谷口誠司と大塚緋沙子が付き合っていたことの驚きと、パソコン盗難のカラクリの了解。パソコン返却の報告。
9月25日
(守田薫宛)近況報告(実験上のいざこざ)。心配無用。宇宙飛行士を目指す妹への励まし。
9月28日
(間宮少年宛)運動会報告の礼。近況報告(小松崎が実験所に来たこと)。
9月29日
(森見登美彦宛)恋文の技術伝授を条件に森見を許す。
9月30日
(伊吹夏子宛)失敗書簡⑦
10月5日
(森見登美彦宛)森見のいう恋文の奥義(熱い情熱で彼女のハートを鷲摑み)への落胆。
10月8日
(間宮少年宛)近況報告(能登鉄道の終点「穴水」まで行ったこと)。マリ先生への恋文をどうするかへの助言。
10月10日
(大塚緋沙子宛)近況報告(実験所へやってきた小松崎と能登鉄道の終点まで行ったこと)。11月初に京都への帰還が決定したことの報告。
10月11日
(森見登美彦宛)近況報告(実験ノートとエントリーシートを書く毎日)。京都へ帰還が決まったことの報告。
10月15日
(守田薫宛)近況報告。薫の手紙の最後の詩についての解釈。
10月17日
(森見登美彦宛)森見の恋文指導への愚痴。
(伊吹夏子宛)失敗書簡⑧
10月20日
(守田薫宛)詩の謎の解読に成功。
10月21日
(森見登美彦宛)「恋文」考。
10月26日
(伊吹夏子宛)失敗書簡⑨
10月27日
(森見登美彦宛)伊吹さんへの恋文についての諦念。近況報告(和倉温泉「海月」で谷口さんに送別会をしてもらったこと)
11月3日
(守田薫宛)近況報告(和倉温泉、恋路海岸にいったこと)。兄としての心情の吐露。
(間宮少年宛)マリ先生が家庭教師を辞めてしまったことへの励まし。
11月5日
(伊吹夏子宛)卒業後の動向を報告。文通武者修行の告白。8月の「おっぱい事件」の懺悔。大文字山から赤い風船に手紙をつけて飛ばす企画への招待。
11月6日
(森見登美彦より守田薫宛)大文字山から赤い風船に手紙をつけて飛ばす企画への招待。
(守田薫より森見登美彦宛)大文字山から赤い風船に手紙をつけて飛ばす企画への招待。
(谷口誠司より大塚緋沙子宛)大文字山から赤い風船に手紙をつけて飛ばす企画への招待。
(大塚緋沙子より谷口誠司宛)大文字山から赤い風船に手紙をつけて飛ばす企画への招待。
(三枝麻里子より間宮少年宛)大文字山から赤い風船に手紙をつけて飛ばす企画への招待。
(小松崎友也より三枝麻里子宛)大文字山から赤い風船に手紙をつけて飛ばす企画への招待。
(守田一郎より小松崎友也宛)大文字山から赤い風船に手紙をつけて飛ばす企画への招待。
人の手紙を覗きみるという機会はなかなかあるもんじゃありませんが、それも全く知らない人間の手紙ともなれば、出てくる登場人物は例え実在であったとしても、それは小説の登場人物と同じ。そういう意味では、こういった書簡集という形で提示されて、いろいろな生き様それぞれが一編の小説になっているかのようなことを思い知らされます。
先日読んだ『英雄の書』(宮部みゆき)をはじめ、多くの作品でそれっぽいことはよく語られますが、今回のような阿呆な作品で、なんとなくそのことが腑に落ちたような気がします。
本当に、手紙の宛名の小松崎や大塚さん、間宮少年って実在するんだろうか。単に守田の文通武者修業のための妄想に過ぎないんじゃないだろうか、とか考えてみると、突き詰めれば、実在であっても、架空であっても、他人(読者)にとってはどちらでもよいのだと気づいてしまいます。
書簡集という構造の話はとにかく、内容もいつものように極めて滑稽(阿呆)。残念なのは、やはり小松崎や大塚さんの手紙を読むことができないことでしょうか。小松崎の三枝さんを称える「ラブリー、ラブリー」な詩は是非とも読んでみたかった。悪の権化のように描かれる大塚さんの返事とは、どんなものなのか、これも一読の価値ありでしょう。
その一方で、主人公守田一郎の多彩な人格には兎に角脱帽。一体、本当の彼はどういった人間なのか、最後まで全くわからなかった。小松崎や森見登美彦との馬鹿げた(阿呆らしい)文通の数々で作品の色合いが明確ではある一方で、間宮少年を諭すような一面もあれば、大塚さんへの復讐に燃える大人気ない面もあり、それでいて最後の伊吹さんに示すような真面目な一面、等々、最後まで謎の人物でした。
あと謎といえば、和倉温泉に現れ、守田を全裸にした「金曜倶楽部」とは何者?今後の作品で登場するのでしょうか。
お奨め度:★★★☆☆
再読推奨:★★★★☆
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