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2009年1月

『セカンドウィンドⅡ』 川西蘭

Secondwind2 2009年、16冊目。川西蘭『セカンドウィンドⅡ』

やっと出ました。『セカンドウィンドⅠ』の続刊です。

金剛ヶ峯自転車ロードレースのスタートで終わった前作ですが、今回はいきなり、あれから1年以上たってからの話になります。

 

溝口洋は南雲学院高等部2年。

乗雲寮で暮らす毎日。

寮で同室となった学年トップの優等生浅月翠と気が合い、楽しく1年を過ごしただったが、3学期を終えて浅月は両親の住むイギリスに旅立っていった。

浅月に代わってと同室となった後藤恒弘は癖のある男だった。神経質で干渉ばかりする後藤は閉口する。

僕は長くは生きられない」という後藤は病気で2年休学し、復学してきたばかりだった。

 

加えて、自転車部ではスランプに陥っていた。

金剛ヶ峯自転車ロードレースで山岳賞をとり、その後もヒルクライマーとして自身の才能を開花させていった田村岳と対照的に、は同じレースの中で抱えたトラウマが抜けないままだった。

金剛ヶ峯自転車ロードレースのラスト。

南雲真一と競り合っただったが、ゴール直前に見えたオイルに(腰が引けたは)脚が止まってしまったのだ。一方で、自転車に集中する真一は怖れることなく突っ込んだが、結果的には転倒し、重傷を負ってしまう。

負傷しながらも真一は最後に力を抜いたを非難するのだった。

・・・・・・ガッカリだよ、溝口

の結果は3位という好順位であったものの、この一件はその後長く尾を引くこととなった。今でも、オイルを見たりすると腰が引けるのだ。

そんなの姿勢は誰の目にも明らかだった。

黒岩コーチはをレギュラーメンバーから外し、サポート要員に回す。替わりに抜擢されたのは一般入試組の野中である。

サポートに回されても奮起せず、淡々と仕事をこなす溝口の姿がキャプテン真一には歯がゆく映る。発破をかける真一だが、それには応えることができない。

も、自転車に懸命になれないの姿に苛立ちを感じる。焚きつけても奮起しないの姿に二人のあいだの溝は少しずつ広がっていった。

トラック競技に転向した今泉も無骨な態度で、ことあるごとにを励まし、助言するのだが、はそれにも応えられない。

5月の連休に行われる合宿の最終日に理事長南雲一誠の屋敷で恒例の激励会が催された。

はそこで清水元から叔母澤村茜を紹介された。叔母(南雲一誠の娘)といっても、は南雲学院と兄妹校の関係にある清海女子学院の1年だった。

清海女子学院に入学していた佐久間多恵も入部した茶道部の務めとして出席していた。

多恵に茶道部の友人(相棒)として深森百合リリ)を紹介する。

身長を抑えようと食事制限など苦しい努力を続ける田村岳だったが、百合の言葉に「自分は自分であり、自分らしくあればいい」という示唆を受け、眼を開かれる思いだった。

また、清海女子学院(3年)の通称”お嬢池上美和子池上武雄元財務大臣の娘)からも声をかけられるだった。美和子真一が期待しているに興味を持ったのだ。しかし、お嬢にかけたのは「がっかり」「期待はずれ」という辛辣な言葉だった。 

が立ち直れない中、南雲学院高等部にカナダからの留学生が迎えられる。

その中の二人ジャンジャン・リュック・ブランティムティミー・ジョエル)は自転車部の練習に参加するが、彼らが得意としたのはロードやトラックではなく、オフロード。

自転車部の練習とは相容れない二人を隔離すべく、ジャンティム、そしてというオフロード班が急遽作られ、学院から10分ほど離れた丘陵で別途の練習メニューをこなすのだった。

最初はうまくいかないだったが、少しずつ走れるようになっていく。

帰国を前にしたジャンティムを鳴滝村に迎えたは、二人を清姫峠に誘った。MTBで自走した三人を峠の案内板の前で意外な人物が迎えた。

「田村自転車商会」の親方、田村守である。

には清姫峠に登ることは黙っていたのに何故?

MTBのまま登ろうとするジャンティムを後ろに残し、親方の用意したロードバイクに乗り換えたは清姫峠を一人登り始めたが、間もなく『メデューサの一瞥』というところでが並びかける。黙々と、そして『丘を越えて』を歌いながら、頂上に立った二人の間のわだかまりは解けていった。

が清姫峠を登ることを多恵からのメールで知ったのだという。

多恵の携帯電話の番号とメールアドレスを知っており、多恵の番号とアドレスを知っている。その事実には動揺するが、多恵に問い質すことはできなかった。

 

鳴滝村から戻ったに”なぜ連れて行かなかったのか”と後藤は詰問する。

自転車の乗り方を教えろ。自転車に乗れるようにしろ

自転車を教えろという後藤は自転車の乗り方を教えるようになった。後藤もまた自転車と懸命に格闘するとともに、数学教師山田女教師山田の妹)からの試練を乗り越えさせるための生活改善の予定表、手作りの要点整理集を与えるのだった。

ヨウ、次は君が海を渡ってぼくたちのところに来る番だ

ヨウ、君はロードバイクに乗った方がいい。ロードレースを走る姿をぼくたちに見せてくれ

そう言いのこして、ジャンティムは帰国した。

自転車部でサポート役から解放され、チームに合流した後藤の相手は最早できない。無責任だと責める後藤に、は自転車部への入部を勧め、後藤もそれに応じた。

自転車部に入部した後藤は程なく、権藤アシスタントコーチらを手伝う有能なスタッフとなっていった。

間もなく行われた地区予選会。

トラック組の選手は今泉昇岡田章吾清水元海藤慧の4人。補欠は木下風吾

ロード組は南雲真一田村岳野中剛の3人。補欠は溝口洋梅沢充

トラック競技は全種目一位で全国大会への出場権を獲得し、ロードでも真一が1位、が2位、野中も4位に入り、全国大会へ3つの枠を手に入れた。

全国大会の正選手を決めるべく実施された夏合宿は山間の温泉地にある南雲デンキの保養所を宿舎に行われた。

攻めろ。最初から飛ばせ。ペースなど考えるな

山に戻って調子を取り戻してきたは、今泉のアドバイス通り、正選手を決めるタイムトライアルで最初から飛ばした。

結果、は1位。2位は、3位は真一だった。野中は7位に沈んだ。

これで全国大会では登録変更がなされ、が正選手となる。

 

隣県で開かれた全国大会。

午後11時。明後日に試合を控え、宿舎で寝付いたばかりのの部屋をノックしたのはだった。

洋のお祖父さんが倒れた

多恵からメールでに連絡が来たのだ。

の祖父は救急車で田波救急救命医療センター(ER)に搬送され、手術を受けるとのこと。

土砂崩れで車が使えない状況に、は明後日のレースに出られないことも覚悟のうえ、自転車で山越えすることを決意した。

引き止めるの言葉を振り切り、洋は病院へ向かう。

帰れ。お前は自転車の試合に出るんじゃないのか?

疲労困憊のすえ、病院へたどりついただったが、そんなを病室の祖父は返そうとする。

手術は成功した。

迎えに来た権藤(+後藤)の運転する車に乗り、宿舎に戻ったは待ち構えていたチームメイトに手荒い歓迎を受けた。

今泉は怒鳴り、真一は平手打ちだ。

明日はがっかりさせるな真一は一言残して去った。

黒岩コーチも短い叱責のあと、「走りで気持ちを見せろ」という。

 

最後の上り坂の手前で後続の二人を待った真一を牽っぱった。

3人に喰らいつくのはただ一人、嵐が丘高校の通称”鉄腕アトム峰岸歩夢だけだった。後続は5分以上遅れている。

緩やかな下りの後、右曲がりのコーナーを抜けると、最後の直線。

真一鉄腕アトムと併走する中、の視線の先にゴールラインが浮かび上がった。

 

前回の話ほどロードレースへののめりこみはないものの、前作の登場人物に加えて、更に魅力的な登場人物が次々と登場し、飽きさせません。

を魅了する浅月翠

対照的に、傲岸不遜な病弱・神経質男、後藤

深窓の令嬢(?)澤村茜。(南雲一誠とは、苗字が違いますが・・・)

”いかにも”なお嬢こと池上美和子

今後の再会が約束されているような・・・ジャンティム

勿論、これまでのメンバーも。

自転車にストイックな面を見せ始めつつある

間もなく、自転車部から卒業する真一今泉

そして多恵

ホント。待ってて良かったといえる作品になりました。

勿論、まだまだ終わりではありません。

今後のの進路はどうなっていくのか。海外へ飛躍していくのか。ジャンティムの住むカナダへ向かうのか。(もアメリカに渡るようだし、その可能性は高いか?)

の絵葉書で見た写真(フランスとスペインの国境)を材料に、父母の手掛かりを求めてヨーロッパへ渡るのか。

そもそもの父母とは。

多恵の関係はどうなっていくのか。これに百合澤村茜は絡んでくるのか。

前作で積み残しの謎に、更に多くの伏線を引っ張って、次作へ続いていきます。

今後はどうなっていくのか。何を選択していくのか。

『セカンドウィンドⅢ』が非常に楽しみで、待ち遠しい。

お奨め度:★★★★

再読推奨:★★★★★

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『走れ!T校バスケット部2』 松崎洋

Hashiret2 2009年、15冊目。松崎洋『走れ!T校バスケット部2』

『走れ!T校バスケット部』の続編。

前作で、彼らのその後も書かれているので、その間をつなぐ作品になります。

なぜ、彼らがその進路に至ったのか、その進路を決意するまでの道程を描くのが今回の作品です。

勿論、バスケットの試合も描かれますが、どちらかというと、この作品では添え物的な扱いといってもいいかもしれません。

 

H校を破りウィンターカップ東京予選を制したT校。

全国3位のチームを破ったからには次の目標は全国制覇。祝勝会で、小山先生や父親たちの意気は上がる。

学校でもバスケット部の面々はヒーローだ。

チビも学校一背が高い女子バスケット部の吉沢美香に賞賛され、満更ではない。加えて、「私たち、付き合わない?」と、生まれて初めて告白されてしまう。

川久保君って、足が速いんだね

メガネにも声をかける女の子があった。女子陸上部のキャプテン渡辺志保である。

男子部キャプテン堂島と走り比べさせるために、バスケットの練習がないときに陸上部の練習に出て欲しいと頼んだのだ。

陽一俊介のぞき魔の怪我も治ると、小山先生の掲げる”全国制覇”に向けて、練習試合が組まれた。東京ナンバーワンのT校に練習試合のオファーは殺到するが、その中で小山が選んだのはH校だった。

鈴なりの見物人の取り囲む体育館へやってきたH校は岩田コーチも含めて全員が丸坊主。彼らはユニフォームに着替えることもなく整列すると、試合でのラフプレーを詫びるのだった。岡田梶原武田ら9人も陽一にイジメを謝罪する。

謙虚に、そして真摯にバスケットをするH校の前に、T校は67対86と苦杯をなめる。この惨状をみかねた岩田小山に合同練習を持ちかけ、T校を熱く指導する。

岩田の作ったメニューに従って着実に力をつけるT校だったが、学内ではもっと注目の集まる対決が用意されていた。

メガネ対陸上部キャプテン堂島の200メートル対決である。

多くの観客が見守る中、スタートこそ出遅れたものの、メガネはこの勝負を制する。

陸上部顧問坂本メガネの走りに驚嘆し、早速、小山メガネの譲受けを交渉する。

校長の仲裁でメガネはバスケット部と陸上部を掛け持ちすることになった。

 

そして、東京体育館でウィンターカップ(全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会)は開幕した。

T校の一回戦の相手は沖縄のK校。無名ながら、九州の強豪校を破って初出場を決めた高校である。

極度の緊張の中、始まった試合はK校ペースで進められる。ストリートバスケットを地でいくプレイに翻弄されるT校だったが、第3クォーターで漸く緊張もほぐれる。

本来の足が戻ったメガネを中心に巻き返し、何とか89対86で初戦を突破した。

二回戦は東北の強豪校A校。率いる伊藤先生は高校バスケット界では名コーチとして有名だ。

健太メガネの活躍でA校に善戦するT校だったが、名コーチ伊藤が手を打つのは早かった。スリーポイントシューターを投入することで、着実に試合をひっくり返したのだ。

陽一俊介を使って反撃するが、これにも伊藤は対応する。しかし、一方で、伊藤は指揮する陽一の能力に感心していた。

一進一退の攻防のすえ、80対94でT校は惜しくも敗退してしまう。

田所君、いい選手になれると思うよ。それから君なら立派な指導者になれるんじゃないかな

伊藤コーチは陽一に賛辞を送った。

 

年末年始の練習の休み。

陽一俊介メガネコロの四人は河川敷の公園で自主練習をするが、そこで出合ったのは子犬のタロウとその飼い主のホームレス。そのホームレスに、”イエス・キリスト”の姿を見た俊介は、その男に傾倒していく。コロもまたタロウと会うために、河川敷にいくことが増え、少しずつ陽一俊介コロの三人はホームレスの男薄野賢司薄野家人)と親しくなっていく。

薄野の住むブルーシートのテントの中で、薄野の書いた小説「いちじくの花」を読んだコロは感動する。しかし、薄野の半生を描く小説はあまりにも悲しい物語だった。

コロ薄野の小説を読んで、小説家になることを志すのだった。

修学旅行は九州だ。

陽一俊介は福岡市にある薄野の住所を訪ねる中で、偶然出会った男(豆腐屋の留吉)から薄野の悲しい過去を聞き、「いちじくの花」が実話であることを知った。

実家の寿司屋を手伝い始めたチビは別行動。美香とともに博多で一番と評判の寿司屋”河夕”を訪ねていた。予約もなしに店に入ったチビたちを迷惑がることもなく、主人はチビたちにご馳走し、チビの志を応援するのだった。

修学旅行から帰った陽一俊介コロ薄野を訪ねた。

風邪をひいて寝込む薄野を三人は看病する。健康保険がなく、病院にも通えない薄野の姿に、コロ薄野を小説家たらしめるべく「いちじくの花」を賞に投稿するのだった。

回復した薄野は礼代わりに、受験を控える陽一俊介の勉強を教える。東京大学法学部を卒業し、予備校の講師をしたこともある薄野陽一らにとって格好の家庭教師だった。

陽一はW大学、俊介は国際基督教大学と目標は高かったが、薄野の教えの成果か成績は向上していった。

一方、陸上部でメガネを指導する坂本は悩んでいた。思ったより記録が伸びないのだ。思い悩んだ挙句、坂本は知人のJ大学陸上部総監督杉田に相談した。

J大のトラックで走るメガネを見た杉田もまた衝撃を受けた。

杉田は早速小山メガネを引き取りたいと申し出るが、小山の答えは勿論”No”だ。

しかし、J大学に推薦でメガネを迎えるという好条件を知り、メガネの思いを確認する。

メガネの心境は複雑だった。好条件に心は揺れるが、バスケット部のチームメイトが何というか。

しかし、メガネの心配は杞憂だった。メガネの幸運を誰もが祝福するのだった。

実力者揃いの新1年生が15人も入部し、メガネは思いのこすことなく、バスケット部を卒業した。

しかし、チビは複雑だった。メガネの退部で空いたレギュラー枠だったが、経験者の1年生サスケ大内田)にその座をとられそうだったからだ。

トムとともにドリブルに精を出したチビの努力は報われた。インターハイ予選のスタメンに選ばれたのだ。

 

受験を控える陽一俊介にとって高校バスケット最後の試合となるインターハイ予選が始まった。

初戦、二回戦、三回戦と、対戦相手にも恵まれて大差で勝ちあがったT校だったが、四回戦で強敵と一戦を交えることとなった。

ミニバスの頃から有名な大野兄弟を有するS校に、健太の得点力を中心に競っていたT校だったが、第2クォーターで健太が負傷退場してしまう。34対46の大差でハーフタイムを迎えたT校だったが、局面を打開すべく陽一はゲーム作りをサスケ大内田)にまかせ、自身で攻防に参加した。一人二役も三役もこなす陽一の獅子奮迅の活躍に点差は縮んでいったが、今一歩及ばなかった。

最後はのぞき魔の自分勝手なプレーで幕切れだった。

その頃、メガネも駒沢陸上競技場で苦戦していた。予選7位で辛うじて決勝進出だ。

100メートル決勝のスタートに失敗したメガネだったが、フライングによって救われた。二回目のスタートでメガネは実力を発揮、後続を引き離しての圧勝だ。続く200メートルでも圧勝するのだった。

 

進退を決めかねていたのぞき魔だったが、美女揃いの職場に就職をしようという不純な動機から、A大学への進学を決意した。のぞき魔陽一俊介とともに薄野から勉強を教わるようになった。

10月に入り、コロが投稿した日本文学大賞の発表があった。「いちじくの花」が大賞受賞である。

しかし、大賞受賞の報がコロにもたらされたその日、戦後最大の台風12号が東京を襲った。

知らせに向かうコロの前、河原へ続く道路は封鎖され、橋の上から見た河川敷の公園にブルーシートのテントは跡形もなかった。

 

悪くはないんだけれど、ちょっと深みに乏しい感じ。

試合も今ひとつ盛り上がりに乏しいので、なかなかのめりこめない。

加えて、のぞき魔がどうも全体の中で不協和音を撒き散らしている。恐らく、平均的にみれば大して嫌なキャラクターでもない、ごく普通の性格づけなんでしょうが、(この作品はみんな善良なキャラクターになってしまっているので、)非常に嫌らしさが鼻につきます。

かなり特殊なキャラである健太も、試合では活躍するようになるんですが、どうも人格を示すような描写が少なく、人間味があまり感じられません。前作のように、陽一俊介メガネチビのぞき魔というメインキャラクターにプラスする添え物的な扱いであればまだしも、ここまでT校の主軸にしておきながら、表情が見えないというのはちょっと物足りなかったですね。

そういうことも含めて、ストーリー、キャラクターともに前作と比べると若干落ちてしまうなぁと思わざるをえません。

ちょっと残念でした。

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:★★★☆☆

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『真庭語』 西尾維新

Maniwa 2009年、14冊目。西尾維新『真庭語』

面白いのか、面白くないのか、なかなか判断に悩む作品ですね。

『刀語』に出てくる真庭忍軍の初代たちの話なので、『刀語』の同一世界での話ですから親近感はあるのですが、時代がズレているので、特に『刀語』とは直接の係わりはありません。そういう意味では、アレはアレ、コレはコレといった別物という感じでしょうか。

しかし、そうなって見ると、この作品は4人の初代の十二頭領の紹介で終わってしまっていると言えるのかもしれません。これらのキャラクターが、これから更に活躍してくるというのなら兎に角、この作品で終わってしまうというのであれば、「だから、なに?」といった印象です。

ちょっと、単体の作品としてはツラいかもしれません。

 

初代真庭蝙蝠

時は戦国。漸く、四国の新将軍が台頭してきた頃。

真庭の里を束ねる真庭鳳凰は頭領の数を12人に増やすことを決定する。

真庭蝙蝠は実力者でありながらも、野心も目的も野望のない男。ただただ言われたことを言われたままにこなすことで満足だった。

しかし、蝙蝠の実力は否応なしに頭領に相応しいものだった。

その一方で、明らかに頭領に相応しい人物には限りがあった。

真庭鳳凰真庭狂犬真庭蝙蝠真庭喰鮫真庭蟷螂真庭海亀は鉄板だったが、それ以外はなかなか決まらない。

そこで実力を示すデモンストレーションを図ったのは真庭春蝉である。

土潜の術の変形「潜り蛹」と称する新忍法を示すべく、呼吸筒なしに春蝉は一週間地中に潜るというのだ。しかし、一週間たっても、春蝉は地中から姿を見せることはなかった。

新忍法の失敗かと思われたが、掘り出された春蝉の首には縄で絞められた跡があった。死亡推定時刻は5日前。春蝉が地中に潜ってから2日目のことである。

しかし、春蝉の潜った地の上では春蝉の敵対者・応援者がともに見張っており、春蝉を絞殺した手口は判然としない。

身内によって殺されたと思しき、この事件を解決すべく、蝙蝠はその忍法「骨肉細工」で犯人をあぶりだすのだった。

 

初代真庭喰鮫

『涙の喰鮫』は忍者としては甚だ異質だった。

彼女の内面は慈愛に満ち。彼女の行動は情愛に満ち。彼女の目的は至愛に満ち。とかく真庭喰鮫は、愛に満ち満ちていた。

この世に平和と秩序をもたらすことが使命という喰鮫は誰はばかることなく、自身の主張を語るが、これに応ずる者はない。

異質な喰鮫であったが、その忍法「渦刀」は他者を圧倒する忍法であり、十二頭領に選出されることは間違いないと言われていた。

そんな喰鮫鳳凰から指示が出た。十二頭領に就任するための課題として出された任務は「捕虜の救出」と「敵勢力の殲滅」だった。

「一殺千生」を本分とする喰鮫の平和主義は、待ち構える相生忍軍だけでなく、捕虜たちにも降りかかった。

 

初代真庭蝶々

身長は七尺を遥かに超え八尺を目前とする巨体の持ち主真庭蝶々が十二頭領に選出されることがあるなどと考える者は誰もなかった。

武士としてなら大成するかもしれない。しかし、その巨体は隠れ、潜む者である忍者にとっては弱点でしかなかった。

そんな蝶々を惜しいと感じていたのは真庭狂犬である。

狂犬鳳凰から与えられた任務に蝶々を同行させるが、途中、相生忍軍に発見されて追われることになってしまう。

追う相生忍軍を殲滅すべく二手に分かれた狂犬蝶々だったが、真庭の里に戻る途中で蝶々は一人の修行者に出会う。

山中で稽古を続ける男は虚刀流開祖鑢一根であった。

出合った一根に突貫した蝶々は己が修練してきた真庭拳法をもって一根に対した。

激しい攻防の末、虚刀流『百日紅』で一根が勝利を得るが、勝負のあと打ち解ける二人だった。一根も攻撃する前に攻撃するという蝶々の技から、新たに虚刀流の奥義「鏡花水月」を編み出していた。

狂犬との任務にも失敗し、これを最後の任務とするつもりだった蝶々だが、自身を肯定することで新たな境地を見出した一根の姿に感銘を受け、真庭拳法を己の忍術として昇華させることを決心するのだった。

 

初代真庭白鷺

白鷺は謎めいている。

命令に従わないわけではない。任務をこなさないわけでもない。やる気を見せないわけでも。

8尺4寸の長槍を持ち歩くことから『長槍の白鷺』と呼ばれる白鷺だったが、彼の忍法に長槍が使われるのかどうかすらわからない。任務達成率10割という恐るべき有能な忍でありながら、その正体は謎めいていた。

その発言は人の神経を逆なでし、常に周囲と不調和を起こす男だった。

そんな白鷺を十二頭領に選出しようとする鳳凰狂犬はかみついた。

有能か否かは別にして、部下を束ねる上で、不適格だというのだ。

そんな狂犬鳳凰白鷺をテストするようけしかけた。

白鷺の住まう通称偏屈庵を訪ねた狂犬は、白鷺に丁半博打をもちかける。

百回、狂犬がサイコロをふるうちに、狂犬のしかけた”いかさま”を見破れば、白鷺の勝ちだ。しかし、狂犬は”いかさまをする”と言いながら、”いかさまをしない”というトリックで、白鷺をひっかけようとしていた。即ち、白鷺が周囲の忍者を理解できるかどうか、ということをこれで試そうと考えたのだ。

はじまった博打は次々に白鷺がはずす。しかし、全てはずすという芸当は全て当てることと同義だ。そういった小憎らしい白鷺の態度に狂犬は少しずついらだっていった。

そんな白鷺の忍法は『逆鱗探し』。しかし、誰もその実体を知る者はなかった。

 

真庭蝙蝠の話は、他の(『刀語』登場の真庭忍軍も含めて)忍者と比しても、極めて真っ当な人物像でちょっと意外感のある造形です。話自体も、真庭忍軍云々というよりも、ちょっとしたミステリ(推理帖)といった感じの作品ですね。

同様に、真庭蝶々も良い男といった感じで、卑怯卑劣が売り物の忍者とはとても思えない。春蝉の出世欲なんかを含めても、なんだか意外にまともだよなぁ、この時代の真庭忍軍は・・・、といった印象でしょうか。

勿論、喰鮫は忍法『渦刀』が妙に強烈ですし、平和主義者と称しながらも、殆ど狂信者ですから、『刀語』キャラに相応しい登場人物ですね。

白鷺は結局のところどんなキャラクターだったのか、何だかよくわかりませんでした。正体不明が売り物の白鷺ですから、その意味では成功なんでしょう。ただ、物語には噛みにくそうなキャラですね。

また、『逆鱗探し』という忍法については、何となく狂犬とのやりとりから、そのイメージはわかりそうな気もしますが、それが一対多という物理的な力を求められる実戦でどのように通用するのかは、極めて謎です。

『刀語』を読了した読者が、その雰囲気を再度味わおうという趣旨であればわかりますが、そうでなければ単体の作品としてはちょっと薦めにくいタイプの作品ではなかったでしょうか。

お奨め度:★★☆☆☆

再読推奨:☆☆☆☆

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『C&Y 地球最強姉妹キャンディ 大怪盗をやっつけろ!』 山本弘

Cy 2009年、13冊目。山本弘『C&Y 地球最強姉妹キャンディ 大怪盗をやっつけろ!』

山本弘の新作です。

でも、タイトル通り、内容は「お子ちゃま向け」。

低年齢層向けのアニメーションの台本といったようなノリです。

教育的な配慮もあってか、殺伐としたシーンもなく、スピード感のあるアニメーションを見るような作品です。

随所にこだわりの人山本弘らしい薀蓄が込められていますが、対象とする読者にどこまで理解してもらいたいんでしょうか。

 

竜崎知絵が初めて妹に出会ったのは、6月のある晴れた日の夕方、八桜市を見下ろす丘のうえにある小さな公園だった。

おじいさんの会社『ドラゴンケープ・コーポレーション』の新製品であるローラースケートの練習をしていた知絵は見知らぬ女の子に声をかけられた。

ローラースケートをしたことがないという女の子は知絵からローラースケートを借りると、一分ほどで乗りこなしてしまう。近隣を走ってくるという女の子を見送っていた知絵だったが、怪しげな男女の二人組に誘拐されてしまう。

最近まで「世界一の大泥棒」と言われていたカイザー・アラジン三世の手下「ファストフーズ」(トマトピクルスオニオン)である。元F1ドライバーピクルスの運転する車で逃走しようとするトマトたちを追いかけたのは、ローラースケートを履いた女の子だ。

逃走するファストフーズを追ってリニアモーターカーの屋根に飛び乗ったり、手違いで車に取り残されたピクルスがリサイクル工場で潰されるのを救い出したり、格闘技のプロであるトマトと対峙したり、・・・と何だかんだで、危機一髪の知絵を救った女の子は虎ノ門夕姫と名乗った。

夕姫知絵の母竜崎七絵の再婚相手である冒険家虎ノ門次郎の一人娘である。

同い歳の二人だったが、生まれの若干早い(知絵:4月26日、夕姫:5月26日)知絵を早速”お姉ちゃん”と慕う夕姫に困惑する知絵だった。

一方、知絵の誘拐に失敗したカイザー・アラジン三世に、取引を持ちかけてきたのは華々しい活躍で「世界一の怪盗」の称号をアラジン三世から奪った怪盗シュヴァルツシュターである。

アラジン三世の代わりに知絵を誘拐するかわりに、アラジン三世の有する翼竜を模したロボット<ケツアルコアトルス二世>を引き渡せというのだ。

アラジン三世は取引を受けるが、その一方で罠をはるのだった。

知絵とともに住むようになった夕姫は早速学校へ通うこととなったが、同い歳でも知絵とは学校は違う。夕姫は小学校5年生だが、超天才児の知絵は飛び級で八桜大学を卒業し、今や大学で教える身になっていた。

小学校が終わり、大学の知絵を迎えに来た夕姫は、知絵が誘拐される原因となったものを教えられる。知絵が実験しているP光線は動物中の水を凍らせることにより、瞬時に動きを固定してしまうことができるのだ。

直後、知絵のいる4階の研究室が怪盗シュヴァルツシュターに襲撃される。空中を浮遊するフライング・プラットフォームで知絵を攫うシュヴァルツシュターに、屋上から夕姫は飛び掛った。

一旦は撃退された夕姫だったが、逃げるシュヴァルツシュターのステルス・ジェット機の着陸脚にしがみついた。

その頃、ファストフーズは怪盗シュヴァルツシュター知絵を攫うのを待っていた。カイザー・アラジン三世の指示は”シュヴァルツシュターからの横取り”だったのだ。

ステルス機が飛び立ったのを知ると、準備しておいた小型ジェット戦闘機<ナッター>でトマトピクルスシュヴァルツシュターを追った。日本から2000キロほど離れたところで、攻撃に移ったファストフーズ知絵の横取りに成功する。

カイザー・アラジン三世の前へ連れ出された知絵は頑なにP光線の秘密を守るが、”知絵の恥ずかしい格好を世界中に公開する”という脅しに屈し、P光線銃を作成することになってしまった。

知絵を完全には信用できないカイザー・アラジン三世は、彼の最後の大仕事である本番の前に、一つの実験を行う。マリアナ諸島の北の端ジョンスン島の漁民に助けられた夕姫を、アラジン三世はP光線で凍らせてしまったのだ。

後悔する知絵アラジントマトたちが空飛ぶ秘密基地<トリプル・ベルーガ>を留守にした隙をみて、(ロボットを壊したり、文化遺産等を各種ムダに使いながら)凍りついた夕姫を救い出す。

知絵に感謝する夕姫だったが、逆に知絵夕姫に謝罪するのだった。

実は怪盗シュヴァルツシュター知絵だった。

周囲から「いい子」であることを求められ続けた知絵はストレス発散のため、ハッキングに手を染めたのだ。難航不落の各種企業やペンタゴン等をハッキングした末、アメリカ陸軍のコンピュータから最新式の戦闘用アンドロイドの情報を入手した知絵はロボットのコントロール・システムをハッキングして実験中に脱走させていた。

盗みに味をしめた知絵は盗み出したロボット”ゼロワン”にコスチュームを着せ、怪盗シュヴァルツシュターとして各国の新兵器や戦闘機、ロボット等を盗みまわったのだ。

今回の件もアラジン三世知絵の誘拐から手を引かせるための狂言だった。

夕姫知絵の真実の姿を知りショックを受けるが、知絵を励ますように「世界の平和」のために戦うことを促すのだった。ここに”世界一強い女の子”と”世界一頭のいい女の子”による”C&Y(キャンディ)”が誕生した。

アラジン三世が世界中に誘拐予告した「ある国の美しい王女」が火星往還宇宙船<デジャー・ソリス>であると看破した二人は、アラジン三世の企みを阻止するため、宇宙を目指す。

空飛ぶ潜水艦「高速強襲揚陸艦ミコヤン・ジョボビッチMX-1」”愛称:メロンジュース”で建造された極超音速偵察機”愛称:コーラフロート”の上に搭載した小型宇宙艇”愛称:レモンスカッシュ”で宇宙へ飛び立った二人だったが、手違いで<デジャー・ソリス>とのランデヴーに失敗し、八桜市の宇宙港でシャトルを奪ったアラジン三世らに先を越されてしまう。

 

単純なアニメーションを観ているよう。

真面目につっこんだら、つっこみどころ満載なんですが、いちいち気にしてたら、とても最後まで読めません。軽く笑い飛ばしてしまうようなお話。

小学校の子どもに読ませるかな、という印象の作品で、中学生ともなると、ちょっと幼稚な感じを受けるかもしれない、そんな作品です。

ファストフーズの造形もどこかで観たことがあるような感じで、昔あった『ふしぎの海のナディア』のグランディス一味と妙に似ています。

きっと、これが人気が出ればシリーズ化するんでしょうね。うーーん、単純明快ではありますが、今の子どもたちに受けるんでしょうか?

でも、一番笑ったのは、知絵夕姫の脱出劇で供される、要らない映画フィルムの品評をする夕姫の一言でしょう。

グリフィスの『イントレランス』だ。これ、つまんないから、燃やしちゃっていい!

この面白みって、小学生ではわからないですよ。

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:☆☆☆☆

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『どすこい(仮)』 京極夏彦

Dosukoi 2009年、12冊目。京極夏彦『どすこい(仮)』

「地響きがする-」で始まる、力士と忠臣蔵を扱ったギャグ連作。

先に『南極(人)』を読んでしまいましたが、その前作(?)になるんでしょうか。

勿論、共通(類似)するキャラクターが登場するという意味だけで、全くつながりはありませんから、特に前後も関係はありませんが。

 

四十七人の力士(オリジナル:四十七人の刺客) /新京極夏彦(同:池宮彰一郎

地響きがする - と思って戴きたい。

元禄15年12月14日の深夜、地響きをたて、江戸・本所の通りをいく集団があった。

横綱大石山蔵之助を先頭にした47人の力士と一人の行司である。

目指すは本所一つ目、元高家筆頭吉良上野介の屋敷である。

吉良邸に討ち入った力士たちは次々と吉良家用人を投げていく。

炭小屋に隠れた吉良上野介と試合うのは、当然、横綱大石山

 

パラサイト・デブ(オリジナル:パラサイト・イブ) /南極夏彦(同:瀬名秀明

地響きがする - と思って戴きたい。

中間小説誌の編集者猫塚留美子は『特捜科学最前線』のライター松野秀輔とともに、松野(本名:田力蔵之輔)の故郷、田力村に向かった。

田力村で氷漬けの巨人が発見されたのだ。

道中、相撲取り好きの松野は先月号に掲載された『四十七人の力士』は力士を揶揄するものとして、猫塚を批判する。

山奥の田力村の更に山の上にある研究所(所長:当麻九郎兵衛)に巨人は保管され、研究されていた。

田力村の伝統行事褌祭を司る「犢鼻褌神社」の奥の院を覗いた田力石之輔松野の兄)が氷穴の中に巨人を発見したのだ。

この変死体は法医学者の手から考古学者堀部安雄の手に委ねられ、それ以降、研究所では鮎の三倍体の養殖の傍ら、巨人の研究が進められていた。

鮎の三倍体開発に協力した清水一郎は、巨人は当麻らが言うような三倍体ではなく、現在の人類とはミトコンドリアの形状が違うことを指摘した。ミトコンドリアが米俵のように丸々と太っているのだ。

研究所の中、純粋酸素で満たされたガラスケースに入れられた巨人は見事なアンコ型。

しかし、この巨人は生きていた。

その夜、暴れだした巨人は次々と研究員を投げ、殺していった。

 

すべてがデブになる(オリジナル:すべてがFになる) /N極改め月極夏彦(同:森博嗣

地響きがする - と思って戴きたい。

中間小説誌の編集者椎塚有美子は怒り狂っていた。

同僚寺坂吉男が掲載した『パラサイト・デブ』にである。

自身がモデルと思しきキャラクターが登場するからだ。

そんな愚作の作者である南極夏彦にファンレターが来たらしい。文芸部の神埼五郎が手渡した南極へのファンレターを有美子は勝手に開けてしまう。

しかし、中身はファンレターではなかった。それは片岡太という”ぬりかべ”男から届いた召喚状であった。

『パラサイト・デブ』は実話ではないか、というのだ。

福島県にある片岡家の持ち山の古い神社から古墳が発見された。地下に秘密基地を設け、調査に赴いた天才科学者目方重太郎博士や弟子の浅野卓郎博士だったが、片岡によれば籠もったきり3年も出てこなくなってしまったのだという。モニターに何も映らなくなってからも半年が経過している。しかし、地響きがすることから、生きているはずだというのだ。

56歳の簾禿げ南極夏彦を引き連れ、椎塚寺坂神崎ら4人は片岡家へ向かった。

片岡家に着いた一行は地下研究所に繋がるモニターを覗いた。そこに半年ぶりに動く影があった。血だらけになり、太った目方博士である。

浅野博士は辞世の句を残して死に、目方の命も風前の灯。

早速、隧道を通って地下研究所へ至った椎塚南極寺坂神崎の4人(片岡は太すぎて隧道を通れない)だったが、自動制御されたドアは4人を研究所に閉じ込めてしまう。

ワークステーションを調べた寺坂がびっしり並んだ力士型のアイコンの一つをクリックした途端、消えていたすべてのディスプレイがいきなり点いた。

すべてがデブになる

ディスプレイには一文字ずつ、勘亭流の黒々とした文字が映し出されていた。

寺坂が食料を探して押し入った部屋で見つけたもの。

それは揺れる巨大な力士たちだった。

 

土俵(リング)・でぶせん(オリジナル:リングらせん) /京塚昌彦(同:鈴木光司

地響きがする - と思って戴きたい。

50年前、そういう書き出しで始まる一篇の小説が帝都を恐怖のどん底に陥れた。

読めば死ぬという呪われた小説である。タイトルを『悉く肥え太る』という。

小説家吉良公明は駿栄社の看板雑誌『小説芝生』の編集者色部叉五郎に、自身の原稿と引き換えに、呪われた小説の作者を探すよう求めていた。

その呪われた小説に吉良のことが載っているらしいのだ。

作者は吉良らを知っている者であろう。上野のカフェ『陣太鼓』の女給千津川芙美子が作中の登場人物椎塚有美子に似ていることを知った吉良叉五郎に調べさせようとしていたのだ。

しかし、呪いを怖れた叉五郎は原稿をひったくって逃げようとしたが、これは吉良の罠だった。叉五郎が目を通した原稿こそが呪われた小説だったのだ。

直後、ドアの向こうに立ったのは裸の力士だった。

 

そして、現在。

吉良公明の孫公一は友人である文芸誌『小説ツバメ』の編集者色部又郎に相談していた。

50年前の事件と酷似することが起こっているのだ。

即ち、『小説ツバメ』に載っている小説『すべてがデブになる』である。

又郎を問い詰める公一の前に立ったのは、N極改め月極夏彦こと千津川寿美子だった。

寿美子は祖母芙美子が果たせなかったことを果たそうとしていたのだ。

即ち、強すぎて相撲界を追放された祖父六代目大石山に相撲を取らせてあげることだった。

 

脂鬼(オリジナル:屍鬼) /京極夏場所(同:小野不由美

地響きがする - と思って戴きたい。

村の医師浅野巧巳と友人の住職吉良静珍は首を捻っていた。

死んでから火葬するまでの間に、遺体が太っていたのだ。

市役所の堀部安太郎は急激に増加した死者の数をみて、医師浅野巧巳の謀略を疑っていた。

村のはずれに住む人気ホラー作家京塚昌彦は編集者弓塚千津に責められていた。『土俵(リング)・でぶせん』のラストで冗談で紹介した続編『LOOP(まわし)』を書けというのだ。

昌彦千津に作品の元ネタを紹介する。

この村では3日間供養せず放置しておくと、屍体がむくむく太るという言い伝えがあるのだ。これを”膨れ上がり”という。膨れ上がった屍体は息を吹き返し、仲間をつくるために、他の屍体を隠すのだという。彼らは徒党を組んで村中の食い物を貪り食うのだ。

村では浅野吉良堀部らが不安を抱いていたように、着実に太って徘徊する屍体が増えていた。

昌彦の別荘でも蓄えられた食糧が何ものかに食われているようなのだ。

雪崩のために県道が埋まった村では着実に食料は減りつつある。このまま手を拱いていれば、村人が屍体に襲われるかもしれない。

村人を前に千津はその危険を主張するのだった。

 

理油(意味不明)(オリジナル:理由) /京極夏彦(同:宮部みゆき

地響きがする - と思って戴きたい。

『脂鬼』の作者京極夏場所であると噂される京極夏美は困り果てていた。

タイトルは小野田冬彦の作品のパロディでありながら、なぜか作者名が夏美の名前をもじったものなのだ。

読者は誰もが夏美の書いたものだと誤解し、夏美を非難する。

困惑する夏美事情を知っていそうな集泳社の千津野久美を問い詰めると、久美は重い口を開いた。

この一件は久美が仕組んだこと。

大学の後輩である相撲部の大石倉夫京極夏場所の正体だ。

倉吉に赤穂部屋の入門テストを強いられていたが、相撲が嫌いな倉夫は小説家になりたかった。相撲取りになるの諦める条件として、倉吉が出した課題は1箇月以内に作品を発表することだった。

そこで久美が一肌脱いだのだ。夏美を騙ったのは、一番御しやすかったからである。

倉吉倉夫に相撲を強いたのには、倉吉の父倉兵衛から受け継がれた理由があった。

連戦連勝を誇った無敗の伝説の力士大石山倉吉の父倉兵衛である。横綱昇進最短記録更新を目されていた大石山だったが、優勝すれば横綱間違いなしという大切な場所の大切な取り組みを目の前にして失踪していた。

人三化七という面相の大石山がちやほやされるのに嫉妬した大石山の父倉太郎は大事な試合の前、大石山を呼び出して負かしたのだ。

以降、倉太郎と戦い続ける大石山倉兵衛)だったが、一度も勝つことはできず、その雪辱戦が倉吉へと受け継がれ、今や倉夫の代にも至っていたのだ。

 

ウロボロスの基礎代謝(オリジナル:ウロボロスの基礎論) /両国踏四股(同:竹本健治

地響きがする - と思って戴く必要はない。

京極夏彦が行方不明となった。

最後の目撃者宇山の証言によれば、帝国ホテルを出たところで、京極夏彦は裸にまわしをつけた四五十人の力士たちに攫われたのだ。

深夜の路上で密談をする京極夏彦担当の各社編集者たちだったが、誘拐なのか失踪なのか結論は出ない。しかし、その中でも責任を思い知らされたのは『理油』を掲載した『小説すばる』の編集者遅塚だった。

遅塚は集英社の会議室に当代きっての売れっ子ミステリ作家を集めて助言を求めた。

出席したのは山口雅也)、二階堂黎人)、綾辻行人)、我孫子武丸)、貫井徳郎)、北村)、法月綸太郎)、笠井)、竹本健治)、東野圭吾

 

京極夏彦は作者両国踏四股の作り上げたキャラクターの中でも評判のいいキャラクターだったが、この展開では死ぬことにもなりそうだ。

そんな展開に、ここまで読んだ編集者の大石は異論を述べる。

47人の力士に攫われるという件について問われた両国は、己の作品でもあり、自身の先祖の日記を現代語訳した『本所宇兵衛日記』を紹介する。

作品でも触れられなかった口外を禁じられた話が47人の力士についてだったのである。

 

馬鹿馬鹿しいんですが、毒がない分、純粋に楽しめる作品になっています。

世間の誰もが、いつも高尚な話をしているわけではありません。その意味では、我々が普段行っているような馬鹿話に、ちょっとテーマを作って小説にしてみました、といった印象を持つ作品です。

笑いどころはちょっと対象者を年齢が高めの人においていますね。若い人にはわからないようなところも多数あります。まぁ、40~50代の人を対象にした笑いといってもいいかもしれません。

連作の構造としても、第1話が第2話では掲載された作品として紹介され、更に第3話では第2話が取り上げられて、と多重的になっていて面白い。最後に第1話に帰るような形でうまく閉じているような感じになっています。

ただ、作品の構造はともかく、結局のところ「なぜ」と考えちゃいけない作品なんでしょう。とにかく馬鹿馬鹿しいという、そのことを楽しむだけです。

また、パロディもオリジナル作品をある程度下敷きにしており、それはそれで楽しめるのかもしれません。こんなパロディにされてしまって、別に腹がたたないのは、それほどオリジナル作品が好きではないからということなのでしょうか。

続編(?)の『南極(人)』になると、オリジナルとの類似点は殆どタイトルだけになってしまっていますから、その意味でもこの作品の方が二倍楽しめる作品ではなかったでしょうか。

南極夏彦についても『南極(人)』に比べると、人がましい扱いをされていますし、南極自身もそれなりのプライドを持っているような素振りが見えます。こうやって、短期間に二者を比べると、やはり『南極(人)』での醜悪ともいえるやり取りは悪い意味で際立ってしまいそうです。

お奨め度:★★☆☆☆

再読推奨:★★☆☆☆

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『屍蠟の街』 我孫子武丸

Shirou 2009年、11冊目。我孫子武丸『屍蠟の街』

『腐蝕の街』の続編です。

『腐蝕の街』の最後で主人公溝口が懸念していたように、ダウンロードされてしまったドクの意識が溝口の中で再浮上してくるという話もありますが、どちらかというと作品中では添え物的な扱いです。

むしろ、前作で逮捕された赤坂護によって逆に狩られる溝口たちの逃走劇と逆襲に見所があり、荒唐無稽な人格ダウンロードを主にした前作よりも十分楽しめるものとなっています。

 

事件から半年。

逮捕された赤坂護は、現在の法制度では厳しく処罰することができないまま、保釈の身の上となった。

無力感から泥酔する溝口の中でドク菅野礼也)は目覚めた。

こんなこともあろうかと溝口が自身にしかけておいた麻酔薬を仕込んだ左手首のブレスレットのおかげで、シンバ高塚樹里)は間一髪身を守るが、ドクの復活は誰もの動揺を誘った。

病院に向かった溝口だったが、帰途、若者らに襲撃される。

若者から取り上げたエアガンの爆発で眼を傷めた溝口は目が見えなくなってしまう。溝口を守ろうと少年一人を殺し、三人を重傷に追いやったシンバにも保護観察処分の結果が下りた。

襲撃は、溝口シンバに賞金がかかっていたからだ。

日本の法律が適用できない公海上のネット・シティ”ピット”で、溝口シンバを名乗るキャラクターが無差別殺人を繰り返し、「賞金首」となっていたのだ。

シンバを訪ねてきた保護司榛原留美子もまた、溝口らに接触した者として、賞金をかけられ、付け狙われることになる。

ネット上に溝口の住所が公開され、マンションは無数の若者らに包囲されてしまう。三人を救いにやってきた赤羽署の金城片山だったが、車で逃げ出す途中、金城は重傷を負ってしまう。

赤羽署に戻ろうとする五人だったが、既に赤羽署も包囲され、立ち入ることはできない。

そんな溝口に電話が入る。予想していた通り、黒幕は赤坂だった。

金城の手当てのため、郊外を目指した車は川口の小さな診療所”ミヤギ診療所”へ潜り込んだ。車を乗り捨てるため、片山だけは一人別行動をとることになる。

診療所の看板を出してはいるものの、”ミヤギ診療所”(宮城彰)は藪で、患者が訪れることもない。なんとか金城の手当てをしたものの、このまま居座ることもできない。

宮城のガソリン車で診療所を出た直後、溝口らの所在はネット上に晒された。若者らに襲撃された診療所で無惨にも宮城は「逃亡幇助により処刑」される。

慙愧の念に苛まれる溝口だったが、最早どうしようもない。

シンバの案内で辿り着いたアミューズメントホテルで片山と合流した溝口は、逃げ回るよりも反撃する方法を思案するのだった。

目が見えるようになった溝口は、片山の衣装にシンバを変装させると、二人でホテルを出た。ヴァルハラに住む超一流のクラッカー早川に”ピット”のシステムを破ることを依頼するのだ。

ヴァルハラとは立川に建設された超高層ビル”ヴァルハラ22”のこと。最新のセキュリティと警視庁の分室を備えたヴァルハラは政治家、スポーツ選手など、一部の限られた特権階級だけが住めるところだ。

シンバを自分のもの(ネコ)にしようとする早川を一度は拒絶する溝口だったが、早川溝口の共犯者に仕立て上げることで、否応なく協力せざるを得ないように誘導した。

仕方なく”ピット”のシステムに挑む早川だったが、”ピット”は強敵だった。赤坂が蘇生させた一流のハッカーパク・ジュンが運営していたのだ。

なんとか早川は”ピット”のサーバにウィルスを送り込み、”ピット”を消滅させることに成功したが、そんな最中、溝口の中で目覚めたドク溝口の身体を乗っ取っていた。

エアガンを早川に3発叩き込むと、絶句するシンバもまたスタンガンで眠らせる。

しかし、パクは再度”ピット”を新たなサーバで立ち上げていた。

おのれの物となった溝口の身体が危険に晒されることを怖れたドク赤坂に連絡し、赤坂のミスを追求するとともに蘇生の代替策を求めた。

新宿西口にあるインテリジェントビルで赤坂は待っていた。

ドクの主張の信憑性を疑う赤坂は、ドクに同一性テストを強いる。結果的には”92%の確率で溝口和宏でない”ことが証明されるが、逆に言えば8%は溝口が残っているともいえる。

この8%の溝口を消し去るため、赤坂ドクに再度、ブレインスパを使うことを求めた。

 

今回のネットシティ”ピット”を使った話はそれっぽくて、純粋に楽しめました。

ちょっと話自体が停滞するところが多く、スピード感が殺がれる部分はなきにしもあらずですが、不特定多数の人間に追われる恐怖・不安感という部分がミソなんでしょう。

その意味では、前作と同様ですが、ドクは要らなかったよなぁ、と思わずにはいられません。

また、榛原留美子も単なる足手まといで不要なキャラクターですね。ドクからの依頼を受けるという役割さえなければ、全く役割がありませんから・・・。足手まといキャラクターなら、それなりに、もうちょっと邪魔になればいいんですが、そうでもないですし・・・。ちょっと存在が中途半端ですね。

今回は片山永野も出番が殆どありませんでした。

話自体は前作と比べるとスッキリしていますが、恐らく動かすキャラクターが少数で、かなり展開がシンプルだったからでしょうか。

残念な部分は多数ありますが、今回はそれなりに楽しめる作品だったといえるかもしれません。

最終的には赤坂は逃げ切ってしまいましたし、更に続編なんて考えているんでしょうか。

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:☆☆☆☆

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『南極(人)』 京極夏彦

Nankyoku 2009年、10冊目。京極夏彦『南極(人)』

もう、どうしようもないほどくだらない。

脱力して、途中で投げ出しそうになったほど。

 

南極探検隊

「海で乾いていろ」(オリジナル:白川道『海は涸いていた』

エンタテインメント系文芸誌の中堅編集者椎塚有美子が駆け出しの冒険小説家赤垣廉太郎に相談したのは、心霊譚。

神奈川県某所にある人気ミステリ作家山之上匡之丞氏の所有する別荘に向かった有美子だったが、何の因果か簾禿げの担当作家南極夏彦を同伴することになった。

しかし、南極の小用のおかげで有美子は同僚亀谷薫子寺坂吉男とともに山中に遭難しそうになる。

そこへ通りかかったのは文芸部の編集者神崎五郎の車。同乗していたのはロートル探偵作家、別名”セクハラする生ける屍”吉良光太郎

山之上のプライベートビーチを望む悲恋岬から、ビーチの水着に気もそぞろの吉良は断崖絶壁を飛び降りたのだが・・・。

有美子は、その際に撮影された”心霊写真”を専門家に見てもらいたいというのだ。

かつて、廉太郎がライターをしていたオカルト雑誌『あなたの知るよしもない世界』のつながりで、心霊超常現象研究家中大岡百太郎教授と念力坊主無田弥念の意見を聞く有美子だったが・・・。

 

「宍道湖鮫」(オリジナル:大沢在昌『新宿鮫』

中大岡の持ち込みで、いやいやながら、島根県に飛んだ赤垣廉太郎椎塚有美子

目撃者は古屋兎丸が描くような美少女女子高校生、大盛望

は宍道湖に程近い「陣台湖」で首の長いU・M・A(未知動物)を見たというのだ。

半信半疑の有美子だったが、の友人大石遥の撮ったビデオを見て信憑性が増し、俄然活気づく。

そして、捕獲作戦が決行された。

中大岡が呼んだ捕獲用設備の設置業者(片岡建設怪獣捕獲設備課課長)は片岡太、捕獲名人は南極夏彦(本名:山田鮫太郎)56歳、通称”簾禿げ”。

 

「夜尿中」(オリジナル:馳星周『夜光虫』

椎塚有美子はまたしても赤垣廉太郎に取材を押し付ける。

南極廉太郎の担当を部下の貌井翔子に押し付け、自身はロス在住のベストセラー作家アーサー・駄二郎とサイン会なのだ。

仕方なく、滋賀県のどはずれの田舎寺執金山法繞寺に翔子とともに赴いた廉太郎だったが、その法繞寺で赤垣を迎えたのは墨染の衣をまとった南極だった。

法繞寺山門の金剛力士像が涙を流すというのだ。

 

秋本治×京極夏彦

ぬらりひょんの褌

新葛飾署の大原大次郎は部下の寺井洋一の案内で中野を訪れていた。

中野の古本屋に行きたいのだが、場所がわからなかったのだ。

途中、寺井が購入した”ぬらりひょん”のフィギュアを見て、大原は学生時代に体験した怪奇譚を思い出した。密室の中の食材が食べられたのだ。

寺井に話をする大原に声をかけてきたのは、なんと南極夏彦

わしが云ったのだよん

当時”ぬらりひょん”犯行説を唱えたのは南極だったのだ。

納得がいかない寺井に事実を力説する大原だったが、公園を通りがかった一人の白髪の古本屋(京極堂)が謎を解いた。

 

帰ってきた南極探検隊

「ガスノート」(オリジナル:大場つぐみ・小畑健『DEATH NOTE』

あれから10年。

『小説シュバル』編集長に昇格した椎塚有美子のもとへ怪しげなノートを持参したのは中大岡百太郎教授である。中大岡とは縁を切りたい有美子だったが、そんな有美子に文庫部長に昇格した同期入社の寺坂吉男が声をかけた。

ロビーに汚物が放置されているというのだ。

これは-思うにしいちゃんの担当でしょう

寺坂が汚らしそうに抓み上げた腐敗した巨大な饅頭は南極だった。

こうなれば赤垣廉太郎の出番である。

最近、日本野蛮小説大賞を受賞した廉太郎だったが、有美子にとって廉太郎は三流雑文書きに過ぎないのだ。

中大岡が持ち込んだのは「ガスノート」。

ノートに名前を書き込むと、自由自在に放屁させることができるというものだ。

あからさまな偽物に、パクリだと主張する廉太郎だったが、中大岡は具体的な犠牲者を挙げた。

民放某局の女性アナウンサー甘味かのこ(本名:大盛叶)がそれだ。

 

「探偵がリレーを・・・」(オリジナル:東野圭吾『探偵ガリレオ』

あのさ祝田。あの小生意気な小娘は何者?ノーベル賞作家?それとも一千万部くらい売れている超売れっ子作家か?

椎塚有美子は部下祝田に吠えていた。

全日本ミステリ作家協会の結成50周年に合わせた特集記事へ寄せられた北極星ヒカル(本名:大盛望)の文章(インタビュー)が気に入らないのだ。

なぜか、祝田とともに北極星ヒカルのもとに書き直しを依頼に赴いた赤垣廉太郎は、そこで広告代理店悶通イベント事業部に入社した片岡太と、50周年のイメージガール就任を依頼に北極星邸を訪れていた、50周年イベント企画担当幹部を務める干菓子野ケーキに出会う。

ミステリを否定するようなヒカルのコメントはいつものことと、干菓子野は特に気にする様子もなく、書き直しの件はウヤムヤになってしまう。

50周年イベントに招待された廉太郎だったが、なぜか招待されたのは埼玉県の奥地の第二会場。

屋外で春一番が吹き荒れる会場には、廉太郎のほか、椎塚有美子祝田中大岡百太郎南極夏彦の5人。仮にも作家といえるのは、廉太郎南極の二人しかおらず、有美子北極星ヒカルの作為を感じるのだった。

第二会場で行われるのは仮装リレー。

白衣を着た探偵に仮装した南極廉太郎はなぜか一本の棒を中心にして、かんじきを履いて麦畑を走るのだった。

 

「毒マッスル海胆ばーさん用米糠盗る」(オリジナル:平山夢明『独白するユニバーサル横メルカトル』

全日本ミステリ作家協会団長の大握寿司昌が購入した別宅に幽霊が出る。

ハードボイルドの大握は全くそんなことに頓着しないが、そんな別宅ではメイドが務まる者がいない。そこで北極星ヒカルが除霊を申し出た。

それを聞きつけた椎塚有美子は張り合うように除霊を試みる。

勿論、赤垣廉太郎にやらせるのである。

廉太郎は『あなたの知るよしもない世界』時代の知人であり、人気のあるサイコ系ホラー作家箆山藷明から、除霊のための道具(生き物)を借りる。

それこそ、筍を煮る幽霊専門の除霊海胆「毒マッスル海胆」だった。

祝田と別宅に乗り込んだ廉太郎を待ち受けていたのは北極星ヒカルだ。まるでテレビの特番のように除霊対決を撮影するクルーを従えた片岡太や心霊超常現象研究家中大岡百太郎もお供をしている。

北極星ヒカルの得物は本物の「貞子のビデオ」。

毒マッスル海胆とビデオとともに放置された廉太郎だったが・・・。

 

赤塚不二夫÷京極夏彦

巷説ギャグ物語

”目ン玉つながりのおまわりさん”白塚フチオは悩んでいた。白塚の属する世界の不思議、不条理に・・・。

白塚巡査が思い悩む交番の前に現れたのは『小説シュバル』編集部の祝田

いきなり拳銃を構える白塚に腰を抜かしてしまう祝田の姿は、白塚には新鮮だった。

小説中の話なのだと告げる祝田の言葉に動揺する白塚に事情を説明したのは椎塚有美子である。

前話ですったもんだの挙句、南極がこの世界に逃げ込んだようなのだ。

あんな粗大ゴミの南極だが、あれでも南極がいなければ、小説の世界で椎塚有美子たちはピンでは立っていけず、存在しえないのだ。

 

オリジナルの作品から、タイトルだけ拝借して、中身は殆ど関係ないですね。非常に無理矢理という感じ。

作品中にもあったように、小説とギャグは合わないし、難しいですね。

「ギャグ小説」のメインキャラクターとして、南極夏彦を設定しているのかもしれませんが、どう見ても痛々しい。

赤垣廉太郎の扱いもいじめられキャラです。

何となく、人間の尊厳を軽視するようないじめの構図が繰り返されるような内容で、ギャグとして面白くない以上に、不愉快さを感じる作品でした。

栞が簾でした。

お奨め度:☆☆☆☆☆

再読推奨:☆☆☆☆☆

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『ギャングスター・レッスン』 垣根涼介

Gangster 2009年、冊目。垣根涼介『ギャングスター・レッスン』

なんだか序章だけの話ってイメージの作品です。

表に出来ない裏金の強盗を働く3人組の新メンバーアキの成長をステップを踏んで描く作品。でも、淡々とした感じで、あんまり盛り上がらないんですよね。

 

Lesson1 裏戸籍 

アキ辻本秀明)は20歳になった。

渋谷のチームを解散した2カ月後、海外に渡ったアキはタイ、ベトナム、ラオス・・・とインドシナ半島を転々とする。自分を再構築するために、自分を白紙に戻そうとしたのだ。

300日過ごした海外を後にして日本へ戻ったアキを待っていたのは決断だった。

練馬区向山の約束の場所へやってきたスバルのインプレッサは二人の男を乗せていた。

柿沢桃井だ。

柿沢桃井の仲間になるということは、表の世界とは離れるということ。

柿沢桃井は表に出ない裏金を強奪することを生業とし、アキを仲間にしようとしていたのだ。再考を促す柿沢だったが、アキの決心は揺るがなかった。

この日からアキの修業が始まった。表の顔をつくることと、裏の顔の準備も整えることを並行的に行う。

桃井の経営する自動車工場で修理工見習いとして働くという表の顔を作るとともに、裏の顔のための戸籍を手に入れるのだ。アキの戸籍を入手するため大久保公園に赴いた3人は、髭面のホームレス工藤正利からAIDSで死んだ「岩永正一」の戸籍を入手した。

工藤は戸籍である百万円の代償に大久保公園へ現れる”ホームレス狩り”の若者の退治を3人に持ちかけた。

 

Lesson2 試走

桃井は16歳で工業高校を中退し、整備士の世界に入り、22歳で独立すると練馬区の大泉JC近くにチューンナップ・ショップを構えた。

しかし、職人気質で妥協を許さない桃井は、29歳にして経営難から廃業。そこへ声をかけたのは店の客だった柿沢である。これが6年前。

それから、柿沢折田とともに、年に1、2度のヤマを踏むようになったのだ。

昨年、折田が引退し、2週間前にアキが仕事仲間に加わった。桃井アキの教育係だ。

桃井の店の修理工見習いという名目で桃井の店を訪れるアキとともに、アキの車を見繕い始める。中古屋で選んだのはレガシィB4・RSK。

エンジンから何から全てバラし、フルチューンするのである。それから3週間、桃井アキは朝の9時から夕方の6時までガレージに籠もりきりとなった。

4週間目。

組みあがったレガシィでの試走(ならし運転)が始まった。

毎晩午前零時、大泉JCから外環、常磐道と、慣らしの回転数の上限でクルージングを続ける。

それから2週間。レガシィの速度計は300キロの大台にのった。

エンジンのクーリングのため入った守谷SAで桃井は声をかけられた。

かつて桃井が付き合っていた小林憲子だった。

 

Lesson3 実射

拳銃を入手し、アキの練習をするために3人が出かけたのは中南米の国コロンビア。

柿沢が懇意にしていたホノルルの裏業者が廃業したため、急遽、柿沢の知り合いを頼ることとなったのだ。

コロンビアのカルタヘナで3人を待っていた須藤桃井と入れ替わりに、仲間を抜けた男だ。

アテンドの男は谷口。船会社の委託を受けた男で、今回の密輸を手伝う。

須藤の妻の弟マリオの案内で訪れた貧民窟で、3人は銃を買った。

 

Lesson4 予行演習

ちょっと、困ったことになってしまってさ

待ち合わせに遅れたアキ柿沢桃井に事情を説明した。

渋滞を避けて通った横道で、一方通行を逆走するベンツに車を潰されたのだ。

相手はヤクザである。

しかし、柿沢はこれを実戦前の予行演習と捉えた。

アキを焚きつけると、そのヤクザから修理代235万8千円を回収することを命じるのだった。

アキの車にぶつけたベンツのヤクザは走流会若頭柏木真一

池袋1丁目の雑居ビルに事務所を構える柏木はピンサロ2店舗、ソープ4店舗、キャバクラ3店舗を統括していた。加えて、裏ビジネスとして、コロンビアマフィアから仕入れたコカの密売も行っている。

まず、正攻法で柏木の事務所を訪ねたアキだったが、柏木が相手にするはずもない。当初ははったりの利いたアキの言葉を愉快に聞いていた柏木だったが、請求額を聞いてキレたのだ。

3人が柏木に金を出させるために目をつけたのは、裏ビジネスのコカである。

 

Lesson5 実戦

桃井が持ってきた案件は関東の広域暴力団『船橋組』の9代目襲名式の後に行われる賭場の資金強奪である。

場所は、熱海市の南東4キロの海上に浮かぶ姫島リゾートアイランド。

バブル期に開発された、この島には姫島リゾートアイランドホテルだけしかない。

総部屋数150ルーム。収容人数600名の大型リゾート施設だったが、バブルの崩壊後は閑散としていた。

下見に訪れていたヤクザを発見した桃井は連れからあぶれたコンパニオンに声をかけ、概要を聞き出したのだ。

事前の準備を周到に整え、網代からボートに乗り、島に到着したまでは良かったが、緊張するアキはボートの繋留に手間取ってしまう。

ホテルの敷地内に潜入した3人を目撃したのは、襲名式に呼ばれたコンパニオン”アケミ”(前田明美)だった。

桃井に話を聞かれたことを思い出したアケミは、桃井が泥棒に入ることに思い至る。

100人のヤクザに3人で敵う筈がないと考えたアケミは、3人が捕まった場合に、情報提供者として自身を見舞う運命に身震いし、襲撃を阻止しようと立ち上がった。

しかし、アケミが部屋から宴会場についたときには、既に3人は金を強奪した後だった。

襲撃に成功した3人だったが、桟橋で呆然とする。アキの不注意で、ボートに穴が開いていたのだ。

これでは逃げられない。

 

しまった。

これって、『ヒートアイランド』って作品の続編なんですね。

1つの作品として読むと、ちょっとツライですね。話があまりにも薄っぺらすぎるんです。

終わり方も唐突で、ビックリしてしまいました。

”おまけ”の「コパカパーナの棹師・・・・・・気取り」も何だかよくわかりませんでした。

柏木真一の逃走劇というほどでもなく、何だったんでしょう。

とにかく、この作品群だけで評価するのは、とにかくツライなぁ、失敗しちゃったなぁ、という感じです。

お奨め度:☆☆☆☆

再読推奨:☆☆☆☆

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『パパとムスメの7日間』 五十嵐貴久

Papatomusume 2009年、冊目。五十嵐貴久『パパとムスメの7日間』

事故で、父親と娘の人格が入れ替わってしまうという話。

どこかで読んだような、ありふれた題材で、内容も奇を衒わずオーソドックスなんですが、それでも十分に楽しめました。

細かいところが巧いんでしょうね。ワクワクしながら、先へ先へと読み進めてしまいます。

 

川原恭一郎(47)は化粧品会社光聖堂の宣伝・広報部の副部長。

広報部といってもラインからは外れた部署。社内でも象の墓場と呼ばれている。

そんな恭一郎だったが、8カ月前、新商品開発プロジェクトのチームリーダーに任命された。

光聖堂商品開発研究所が開発に成功したフレグランスを、伝統的に光聖堂が弱かった若い世代を対象にした新商品として開発してはどうかと、渡辺社長が役員会で口走ったのが、そもそものプロジェクトの発端だ。

光聖堂は”スーパービューティー”シリーズを中心とした基礎化粧品のラインナップを中心に、高品質で顧客からの信頼を勝ち取っていたが、その成功に胡坐をかくあまり、地盤沈下はゆっくりとだが確実に進んでいたのだ。

本来は新商品開発は企画開発部が担当すべきところだが、かつて失敗した経験もあるフレグランスのこと。どの部署も尻ごみした。

しかし、社命は社命である。最終的にババを引かされたのが、広報部だった。

広報部の植草部長は各部署から人員を出してプロジェクトチームを結成することを役員会に進言し、そのチームリーダーに副部長になったばかりの恭一郎を据えた。

プロジェクト開始早々は意気軒昂だったメンバーだったが、予算やマンパワーなど、少しずつ骨抜きにされていく中で、モチベーションは下がる一方だった。

結局は既存の枠組みからはみだすことのない商品「レインボー・ドリーム」を新商品として売り出すことになってしまう。

この毒にも薬にもならない案件は既に各方面に根回しが終わっており、10日後に行われる御前会議に向け、プロジェクトメンバーは資料の作成や部署間の調整に追われていた。

しかし、恭一郎はリーダーといっても名ばかりで、お飾りでしかなかった。同じ広報部からのメンバーである中嶋からも疎んじられているのが実状だ。

唯一、チームメンバーの中で恭一郎の味方は秘書課から参加している西野和香子だけだった。西野は誰もが嫌々やっているこのプロジェクトが好きだという。

 

恭一郎の娘小梅(16)は高校2年。

友人律子の紹介で、サッカー部のケンタ先輩と付き合い始めたばかり。次の土曜日に初デートが決まっていた。

かつては”パパ大好き”だった小梅も、今や恭一郎を避けるようになっていた。

会話は勿論、休日の食事も別々になった。この1年ほどは挨拶さえない。

そればかりか、恭一郎の下着と自分の衣服を一緒に洗濯するのを嫌がるようになった。恭一郎のあとに風呂に入るときは、お湯を入れ替える。

 

恭一郎の妻理恵子の母が亡くなったとの連絡が会社の恭一郎と高校の小梅に入る。

上総亀山にある理恵子の実家は木更津からローカル線の久留里線で1時間以上行ったところにある。乗り継ぎは悪く、電車の本数も少ない。

漸く駅に辿り着いた理恵子小梅だったが、駅で待っていた理恵子の姉敏子は開口一番こう言った。

ゴメン、理恵子。母さん、生き返った。

脳溢血で倒れた母ひそかだったが、病院へ運ぶ救急車の中で、目を覚ましたのだ。

遅れてかけつけた恭一郎も駅のホームで呆然と立ち尽くすだけだった。

ひそかの様子を見るために残る理恵子と別れ、翌朝5時、恭一郎小梅は始発電車に乗り込んだ。

会話もないまま電車に揺られていた2人だったが、下から突き上げる衝撃と「緊急停止!」のアナウンスの後、横倒しになる車両の中、なぎ倒されて意識を失った。

千葉県北西部を震源地とした地震によって、久留里線が脱線したのだ。

病院で気が付いた恭一郎小梅は驚愕の事実に直面する。

恭一郎小梅の身体(人格)が入れ替わっていたのだ。

御前会議を直前に控えている恭一郎と、ケンタ先輩との初デートを土曜日に控えている小梅は、何もできるとは思えない医師たちに、この入れ替わりの事実を語ることはなかった。運がよければ、明日にでも元に戻るだろうと・・・。

しかし、一夜明けて木曜日になっても元に戻ることはなかった。

腹をくくった恭一郎小梅はそれぞれの務めを果たすことにする。恭一郎はムスメとして高校に、小梅はパパとして会社へ。

恭一郎小梅を取り巻く、現在の高校、友人との付き合いに戸惑うが、同様に小梅も”やる気のない”サラリーマンの在り様、責任を回避するためだけに労力を費やす会社のあり方に驚くとともに、恭一郎にも同情するようになっていく。

元に戻ることなく土曜日を迎えた小梅は、恭一郎ケンタ先輩とのデートの代行を依頼する。これには恭一郎もほくそ笑む。自分の手で小梅の交際を自然に妨害することができるからだ。

映画を見ることになった小梅恭一郎)だったが、ケンタの選んだ映画は池袋新文学座での”ルキノ・ビスコンティ特集”。(ケンタは寝てしまったが)懐かしい映画に、素直に楽しむ小梅恭一郎)だった。

その後、向かったマクドナルドで、小梅恭一郎)は”大食い”で、”彼を行列に並ばせて、一人で座ってしまう身勝手な女の子”を演じる。

見張っている恭一郎小梅)は気が気ではなかったが、意外な素顔を見せる小梅恭一郎)の姿に、ケンタは素直に好感を持ったようだった。

 

迎えた御前会議では誰もが責任を回避する中、原案通りに決まろうとしていたが、最後に渡辺社長はチームリーダーである恭一郎小梅)に発言を促した。

やる気のないプロジェクト、内向きな思考しかしない新商品開発に疑問を感じていた恭一郎小梅)は、買い手の立場でつい本音を語ってしまう。

売れないと思いますよ

価格面、販路面での限界を語る恭一郎小梅)の言葉に、誰もが唖然としたり、有望さを感じながらも、責任を取りたくないばかりに発言を控えてしまう。そんな役員の姿を見ながらも、渡辺社長が下したのは、「恭一郎の責任」で修正案を実現すること。

恭一郎小梅)は決まってしまってから、己の発言を後悔するが、時既に遅し。

しかし、フロアに戻った恭一郎小梅)を迎えたのは意外な声だった。

やっちゃいましたねぇ・・・・・・でも、リーダーの言う通りだと思いますよ

プロジェクトメンバーは恭一郎小梅)の発言に発奮していた。同じく、会社のこれからに危機感を感じていた社員たちも、御前会議の様子を社内LANで見て、協力を約束してくれたのだ。

そんな恭一郎小梅)に恋心を伝えたのは西野和香子である。そんな西野にムカつく恭一郎小梅)は、娘を材料に、西野を拒否する。

携帯電話で御前会議の様子を聞き、青ざめていた小梅恭一郎)だったが、事態は思わぬ方向に進んでいるようだった。しかし、すべてを確認したい小梅恭一郎)は駅まで恭一郎小梅)を迎えにでるが、西野が自宅の前で小梅恭一郎)が出てくるのを待っていた。

恭一郎との間で障害となる小梅を亡き者にしようとする西野小梅にナイフを向けた。

 

小梅との関係は何となく笑い事じゃないんですよね。

うちのムスメもこんな風になったらどうしようって、思ってしまいます。

話自体は”御前会議で小梅が本音を語って、成功しちゃうんだろうな”というのは、最初から見えているので、そのあたりの意外感というのがない分、ちょっと興ざめの部分はあります。しかし、わかっていても面白く読めましたが・・・。

ただし、女子高校生になった恭一郎の奮闘は面白かったものの、あと一歩という感じでしょうか。何となく表面的なところで終わっていて、これもまた意外感がないというか、目新しさは感じませんでした。

全般に小市民的というか、非常にミクロの話に終始しながら、全体がうまく閉じていく感じは気持ちがよいですね。予定調和というか、話自体もうまく終結しており、よくできた作品になっています。

さて、この作品、間もなく続編『パパママムスメの10日間』が出るんですよね

是非、読まなくては。

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:★★★★★

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『チーム』 堂場瞬一

Team 2009年、冊目。堂場瞬一『チーム』

箱根駅伝での学連選抜の活躍を描く作品です。

やはり面白いですね、スポーツものは。

特に、「学連選抜」というマイナーな存在をメインに据えて、箱根駅伝を語るというのも面白かったですね。

 

連続出場32回を誇る城南大学の箱根駅伝連続出場は途絶えた。

箱根駅伝の予選会で城南大学は12位に終わったのだ。

城南大学主将浦大地は1時間16秒と好タイムだったものの、10選手合計のタイムでは、わずかに及ばなかったのだ。

しかし、今回、城南大学が予選会に出ることになったのは、もとはといえばのせいだった。

前回の箱根駅伝で最終の十区を任されただったが、7位で襷を受け取りながら失速し、シード権を逃したのだ。

これで終わりじゃない。俺と一緒に箱根へ行こう

悔しさをかみしめるに声をかけたのは、美浜大学の監督吉池幸三である。

大学陸上界の名伯楽とも呼ばれる吉池だったが、箱根には縁遠く、一度も自分のチームを率いて箱根に出場することはできなかった。今年で監督を勇退する吉池にとって最後の箱根駅伝挑戦だったが、美浜大学は11位に終わり、出場権を獲得することはできなかった。

しかし、出場を逃したチームの中から好タイムを出した選手が選ばれて箱根を走る、いわゆる「学連選抜」の監督は11位のチームの監督というのが通例で、吉池が学連選抜の監督となる。

予選会が終わったばかりであり、罪悪感も持ち続けるだったが、吉池の言葉に心を動かされる。城南大学の主務青木武を励まし、学連選抜で走ることに期待を寄せる。

東都大学に召集された選抜チームの中に、の姿はあった。

東京体育大学の山城悟を筆頭に、粒揃いの選手たちの姿に、吉池は手ごたえを感じるが、チームとしてのまとまりが課題だった。

山城は1年生で山登りの5区に抜擢され、いきなり区間新。翌年は3区で区間新。その翌年には2区で区間新と、3年連続で区間新記録を出している。

実力的にはずば抜けたものをもちながら、自分のことしか考えない山城は「学連選抜」という、もともと結びつきの弱いチームの団結力を木っ端微塵にしかねない爆弾でもあった。

吉池は上から目標を押し付けることなく、キャプテンにを指名すると、選手たち自身で、箱根での目標を考えさせる。戸惑いながらも、はチームとしての団結力を高めようとするが、に反感を持つ山城は会議をすっぽかして、トレーニングを行うなど和を乱す。

山城をさておき、が掲げた目標は「優勝」である。

一般入試で東都大学に入った1年生ランナー朝倉功は大学に入学して伸びた選手だ。今や山城に次ぐスピードを有する。伸び盛りの朝倉は先を行く山城に教えを乞おうとするが、山城は相手にしない。朝倉を庇い、山城に意見するが、山城は聞く耳を持たない。

港学院大学の門脇亮輔にとって長野の高校時代のチームメートだ。長距離走の盛んでない港学院で大学の陸上生活を過ごした門脇は大学入学後も伸びず、今回の予選会で漸く満足いくような走り(1時間30秒)ができた。しかし、選抜チームの中ではランクが少し落ちる門脇は敢えて、裏方に徹すると、に告げるのだった。

房総(富津)で行われた合宿の最中、吉池はエントリーを発表する。

スピードのある山城を二区に据えるという案を捨て、吉池は選抜選手らの個性を活かす起用を考えた。

朝倉は3区、山城は9区、は因縁の10区だ。往路も重視するものの、山城を復路に配するなど、通常のセオリーとは異なり、復路に重点を置いたエントリーだ。

しかし、エントリーが決まり、少しずつチームにも熱気が生まれてくる。

そんな矢先、5区の山登りのために養成してきた関東教育大学の松岡真が故障する。

俺が走りましょうか?

頭を抱える吉池に5区を志願したのは門脇だった。裏方に徹するとは、何かあったときにバックアップするという意味だと、門脇に語る。選抜チームに入って、門脇もやる気になっていたのだ。

 

そして1月2日。

気温2度、曇天のなか、箱根駅伝は始まった。

1区、長崎慶介(千葉国際大学)は4位で2区、庄野明生(多摩国際大学)に襷をつなぐ。

庄野は7位に順位を落としたが、3区は期待の朝倉だ。

初めての箱根駅伝で気負う朝倉庄野が落とした順位を取り返そうと奮起する。しかし、この気負いは朝倉に平常心を失わしめた。

前半の下りで快走する朝倉は6位の順天堂大学(佐田)を捉え、5位の早稲田大学をも追い抜く。

運営管理車の吉池や応援にかけつけた朝倉のオーバーペースを懸念するが、この懸念は現実のものとなった。

浜須賀を過ぎて浜風にあおられると、突如朝倉のペースは落ちる。ペースを上げようとする朝倉だったが、もはや足が前に出ないのだ。

後悔する朝倉たが、もはや打つ手はなかった。

殆ど歩くようになった朝倉は早稲田、順天堂ばかりではなく、次々と後続に抜かれていった。

4区の池上大輔(横浜大学)へは12位で襷が渡った。

池上は順位をキープし、最後に青山学院大学をかわして11位で5区門脇へ襷を渡した。

スピードが出ないな

すぐに青山学院大学のエース橋上に追いつかれ、おいていかれる門脇の姿に、吉池松岡の故障を嘆くのだった。

しかし、周囲のそんな心配を他所に、門脇は上りになるのを待っていたのだ。

箱根湯本の駅前を通り過ぎ、傾斜がきつくなりはじめて初めて門脇の真価は発揮された。上りの理想的なフォームで駆け上っていく門脇の姿に吉池も感嘆の声をあげる。

青山学院を抜き去ると、更に大平台では一気に4人を抜き去り、7位へ浮上する。

6位の早稲田を抜き、国道1号線の最高地点を前に順天堂大学の木本をかわした門脇だったが、その前をゆく山梨学院の選手を捉えることはできなかった。

そこからの下り坂。

山登りの得手な門脇の快進撃もここまでかと思われたが、クロカンで鍛えてきた門脇は下り坂でも強かった。前を行く山梨学院の飯島をかわして4位でゴールする。

往路優勝は駒沢、2位、中央、3位、東海。4位が学連選抜だ。

上位の差は少なく、復路は混戦が予想された。

芦ノ湖で門脇を迎えに出ただったが、人ごみの中、膝の故障が再発したのを感じていた。

チームのために吉池に申し出るべきか悩むだったが、言い出すことはできなかった。

門脇や城南大学の主務青木もまた、の膝の故障に気付き、悩む。門脇吉池の故障を告げながらも、に走らせてやってほしいと頼み込む。

悩む吉池に電話するが、が自発的に故障を打ち明けることはなかった。悩んだ吉池は9区の山城に電話するが、山城が電話に出ることはなかった。

もまた悩んだ末、山城に電話するが、これも同じだ。

翌日の復路。

6区、牧勇人(美浜大学)4位。7区、酒井幸一郎(東京平成大学)5位。8区、夏目隆二(浦和学園大学)4位。

9区山城は1位とは約2分差の4位で夏目から襷を受け取った。

自分のために。自分のためだけに走ればいい。

ハイペースで走る山城は、間もなく東海大学の脇谷を抜き去ると、更に前の二人を追った。

権太坂を過ぎたところで脱水症状を起こした駒沢大学の選手を捉えた山城だったが、揺れる駒沢の選手を避ける際に足を痛めてしまう。

右の太腿の裏を鋭い痛みが襲う。

子安通りに入って、トップの中央大学に追いついた山城だが、腿の裏の痛みは広がっていった。

棄権すべきじゃないか。こんなところで潰れてしまうのは馬鹿馬鹿しい。

ふいに、昨夜が、そして吉池が残したメッセージを思い出す。

俺は走れないかもしれない。走っても皆に迷惑をかけるかもしれない。だけど走りたい。怪我したのは自分の責任だし、本当は辞退すべきだけど、どうしても最後の我儘を通したい。俺のせいで負けたらお前には申し訳ないけど、トップで入ってきてくれ。頼む。俺のために走ってくれ

浦は故障しているかもしれない。だけど俺は、あいつを外さない。どんな選手にも、自分のためだけに走る時があっていいからな。あいつはずっと自分を殺してきた。これが最後の最後だ。走らなかったら、あいつは死ぬまで自分を許せないだろう。走って失敗するかもしれない。だけどそうなっても俺は後悔しない。一度は箱根でトップを走ったという事実を残してやりたいんだ。だからお前は、絶対トップで襷をつないでくれ

山城は故障をして初めての、故障者の苦しみを知った。気付くとの顔を思い浮かべていた。

鶴見橋の緩い上り。

足の痛みを意思の力で押し潰した山城は中央大の氏家を捉え、ついにトップに立った。

待ってろよ、浦。トップでお前に襷を渡してやる。何だかんだ言っても、お前たちの望み通りになったじゃないか。当然お前も、このまま逃げ切ってくれるんだろうな。俺が、この俺が1位でつないだ襷だぜ。トップで大手町に帰って来なかったら、殺してやる。

襷は1位でに渡った。2位、中央大との差は20mだ。

中央大の十区は、の高校時代からのライバル、主将の広瀬だ。

先行逃げ切り型のと追い上げ型の広瀬の実力は互角。

序盤、リードをキープしただったが、京急蒲田の踏切で追いついた広瀬を確認した際に線路の端を踏んでバランスを崩してしまう。踏みとどまっただが、膝の痛みが戻ってきたことを知った。

 

なんとなく「寄せ集め」チームの趣きの強く、何となく弱そうなイメージのある「学連選抜」ですが、最近はとても活躍していますね。昨年の84回大会(4位)も今年の85回大会(9位)も10位内に入って、ちゃんと予選会枠を増やしていますから・・・。

そういう意味では非常に面白い素材で、目新しく、楽しく読むことが出来ました。

山城というキャラクターが若干、ステレオタイプというか、ちょっと面白みのないところはありますし、9区での改心はちょっと唐突感がないではないのですが、まぁいいでしょう。

やはり箱根駅伝の展開がこの作品の核でしょう。

手に汗握ったり、ひたすら声援を送ったりと、非常に楽しむことができました。

特に、3区の朝倉が大ブレーキとなってしまうのは意外感があり、これからどうなってしまうんだろう、と巧妙に話を盛り上げます。そして、その後の門脇の快進撃を純粋に楽しめるものにしています。

山城の力走も”わざとらしい”というか、何となく作り物くさいという違和感はあるものの、吉池の一言「良く見ておけよ。天才が必死になるとどういうことになるか」にはちょっと揺すぶられるものがありました。

非常に堪能できる一冊でした。

お奨め度:★★★★

再読推奨:★★★★★

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『ちんぷんかん』 畠中恵

Chinpunkan 2009年、冊目。畠中恵『ちんぷんかん』

『しゃばけ』シリーズ第6弾です。

今回は5本の短編ですが、若だんなはとうとう賽の河原までいってしまいます。あと、今回一番の話題は、若だんなの兄松之助の縁談話です。

いつもの味の出た作品集になっています。

 

鬼と小鬼

半鐘の音がする。

油屋大場屋から出た火は繁華な通町一帯をなめ尽くす。

逃げようとした若だんなだったが、火事の煙を吸って人事不省に陥る。

気がつくと、若だんなは賽の河原にいた。

私ったら、死んじゃったのかしらねえ

困ったように呟く若だんなだったが、前回(おたえの第一子として死んだとき)と違って49日かけて冥土を歩いたわけではない。しかし、子どもたちが石を積み、それを崩す鬼がいるということは賽の河原に間違いはあるまい。

祖母おぎんの献身によって生まれ変わったはずなのに、煙を吸っただけで、あっさりとまた死んでしまったことを情けなく思う若だんなだったが、袖のうちに鳴家や印籠の付喪神のお獅子がついてきていることに気付いて驚く。

自身が死んでしまうのは已むを得ないにせよ、妖たちは現世に帰してやらなくてはならない。

賽の河原で鬼に文句を言う元気な子ども乃勢屋冬吉とともに、現世へ戻る道を探す若だんなだったが・・・。

 

ちんぷんかん

貧乏侍の第三子であった秋英は広徳寺で出家する。

挨拶回りで紹介されたのは妖退治で著名な寛朝。妖退治の後継者を育成するため、弟子を取ることを求められていた寛朝は、挨拶に来ただけの秋英をなぜか弟子に指名する。

寛朝秋英に特別な修業をさせることもなく13年がたち、秋英は22歳になっていた。寛朝は今や直歳寮の長。秋英寛朝の片腕として雑用を一手に引き受けていた。

今日も寛朝に二人の客が来ており、加えて長崎屋の若だんなまでが訪ねてきた。

25両もの寄進をする若だんなを放ってはおけない。

寛朝は妖の仕業ではない相談事への応対である讃岐屋の件を(暇そうな)接賓の延真にまかせると、もう一人の客への応対を秋英に命じた。

客である和算指南の阿波六右衛門の相談は和算の本の絵が動くということだった。

 

男ぶり

火事で燃えた通町は再建の最中。

長崎屋では燃え残った土蔵のうち二つの倉座敷で主人夫婦と若だんな一太郎が暮らしていた。

兄さん、誰と婚礼をあげるんだろうなぁ

当主藤兵衛は息子松之助の縁談を進めていたのだ。若だんなは母おたえのいる倉座敷で呟いた。

藤兵衛おたえのなれそめが気になった若だんなは思い切って、おたえに疑問をぶつけてみた。

仲人さんが、縁談を持ってきたからかしらねぇ

おたえは、手代藤吉藤兵衛)を選んだ顛末を語った。

もともとは、縁談相手である岩見屋の次男辰二郎との縁談に乗り気だったおたえだったが・・・。 

 

今昔

新たな店を開店する祝いを妖たちと真新しい離れでやっていた若だんなを陰陽師の操る式神が襲った。

顔に張り付いて口や鼻を塞ぐ式神をはがして助けたのは、貧乏神の金次

相手を知って、思い知らせてやらねば

憤る仁吉佐助

妖を使って調べさせると、陰陽師七太夫は米屋にいた。

この米屋は松之助の縁談相手だったが、縁談はややこしいことになっていた。

縁談に先立って、ともに願かけに来ていた米屋の娘と出合った松之助は直ぐに好き合う仲になった。しかし、神社に来ていたのは米屋の次女お咲。縁談の相手は長女おくらだったのだ。

酷く身体の弱い長女を溺愛する米屋は是非ともおくらを嫁にやりたいと譲らない。藤兵衛も困ってしまっていたのだ。

しかし、米屋でおくらが式神に襲われるを目撃したお咲松之助に相談し、長崎屋は一時おくらお咲を預かることになったのだが・・・。

 

はるがいくよ

松之助の縁談が決まった。米屋のお咲を嫁にして、分家して出て行くのだ。

三春屋の栄吉も菓子修業のため、他の店に奉公するのだという。

誰もが自身から離れていくのを寂しく感じる若だんなだった。

そんな中、妖たちが集めた松之助への祝いの品候補のなかに紛れ込んだのは一人の赤子。

誰も知らないという赤子は瞬く間に大きくなっていった。人間ではなかったのだ。

赤子は、この春、長崎屋へ移植された桜の老木(桜の怪)が送った花びらだった。

若だんなは成長する赤子に小紅と名付けて慈しむが、成長の速度と同様に、花びらの命は短い。

これに気付いた若だんなは花びらを散らせない(小紅の命を永らえさせる)ように奔走するのだが・・・。

 

はるがいくよ」が一番情緒があっていいですね。なかなか切ない話です。

小紅は殆ど喋らず、冒頭と最後で同じシーンを演じるだけですが、なかなか絵になっていて読ませますね。

鬼と小鬼」は一番しゃばけらしい話でしょうか。のほほんとした若だんなの風情と、兄やたちの薬攻撃と鬼からの逃走劇を日本神話にからめてのドタバタ劇は、コミカルでいかにも”らしい”話になっています。冬吉はどうなったのかな、と少し気になりますが・・・。

表題作「ちんぷんかん」は初登場(?)の秋英を主人公とした話です。どことなく、頼りなげではありますが、しっかりもののような秋英のこれからの活躍に期待です。

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:★★★☆☆

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『腐蝕の街』 我孫子武丸

Fusyoku_2 2009年、冊目。我孫子武丸『腐蝕の街』

なんだか中途半端な作品。ストーリーもそうだし、キャラクターの設定もそう。

近未来の東京で起こる連続猟奇的殺人事件の話。近未来の文化などを造形しているようだが、若干空回りの感はなきにしもあらず。

 

2024年12月3日。

袋小路に引きずり込まれて危機一髪の少年を助けようとした刑事溝口和宏(警部補)は目を見張った。

3人に捕まっていた少年はあっという間に、捕まえていたヒモ(”種馬”)の耳を切り落としたのだ。逆上した”種馬”は少年に向けてショットガンを構えるが、溝口のスタンガンの方が速かった。

襲いかかる少年に応戦した溝口は少年のナイフを取り上げ、気絶した少年を自宅マンションに連れ帰った。

手錠をかけておくべきか思案しているところに電話が入る。上司の坂巻警部だ。

溝口が逮捕した『ドク』が噛んでいるらしい事件が赤羽署管内で発生したのだ。担当の赤羽署に出頭しろという坂巻の言葉に溝口は当惑を隠せなかった。

3年前。「患者」と称する被害者を切り刻む連続猟奇殺人犯『ドク』による殺人が世間を騒がせた。殺された被害者は15人。『ドク』を追う溝口と組んだ警視庁捜査一課の葛俣だったが、野心家の葛俣は抜け駆けをはかったすえ『ドク』の手にかかった。

デカの腹の中は黒い』との血まみれのメモの付された、喉から鼠蹊部まで縦一文字に切り裂かれた葛俣の死体の横で、逃げようとする『ドク』菅野礼也溝口は逮捕することに成功した。

そして、3カ月前の9月11日に『ドク』菅野は死刑が執行されたはずなのだ。

眠る少年を部屋に残し、赤羽署にむかった溝口は敵意をもって迎えられた。本物の『ドク』は死んでいないのではないか。金城警部補は溝口が犯人をでっちあげたのだといわんばかりに敵意がむき出しだった。

金城を抑えた上司の赤羽署刑事課課長永野警視は事件のあらましを金城に説明させた。

赤羽駅前の高層ビルから男(山田清明)が墜落死。この被害者の部屋を調べた警察は更にもう一つの死体を発見した。

血まみれのベッドの上に、女性(関口可憐)は寝ていた。肩には脚が置かれ、脚があるべきところには腕が置かれていて、首は股の間に - つまり二本の腕の間に置いてあった。

これは『ドク』の最初の犯行にみたてたものだ。しかも、その傍には血まみれのメモがあった。

ミゾグチへ オレは戻ってきた そのうちお前のオペもやってやる ドク

文字は『ドク』の筆跡だ。

家に戻る溝口を家に送ったのは赤羽署のマリアン片山(巡査部長)。冤罪をでっちあげる溝口を軽侮する表情も顕わな片山だったが、溝口の家に泊まらなければならなくなってしまう。車のバッテリー切れで帰れなくなったのだ。

家に入った溝口を襲ったのは眠っていたはずの少年だった。ナイフを取り返した少年は”シンバ”という名を告げ、去っていった。犯罪者であっても見逃す溝口の態度を見て、片山溝口を見直し、態度を改めるのだった。

翌日、『ドク』の資料を携えて赤羽署を訪ねた溝口永野は裏の事情を語った。

菅野礼也の死刑が実施されたかどうか疑わしいのだ。事実、死体が失踪している。

溝口は赤羽の事件からは離れ、一人、菅野の死体失踪について調査を開始する。

小菅の東京拘置所で所長から死亡診断書を書いた医師の名を確認するや、医師河原崎光のもとへと溝口はむかった。

そんな中、第二の事件が起こった。

メスを持って暴れ狂う男(劉栄治)を取り押さえたところ、部屋に女の死体があったのだ。前回と同じくバラバラにされ、逆さまにされた死体の傍には、溝口へ宛てた第一の事件と同文のメモが残っていた。

赤羽署にかけつけた溝口に、捜査一課の野木須(警部補)が絡む。同僚だった葛俣を殺された恨みを溝口に転嫁しているのだ。永野の指示で溝口は捜査本部から離れ、独自に事件を追うこととなった。サポートには片山がついた。

赤羽署から戻ったマンションには、またシンバが転がり込んでいた。

片山の調べでシンバの素性はわかっていた。本名高塚樹里。2009年2月4日生。5年前(2019年10月8日)、父親正晴を殺して捕まっていたのだ。父親からの虐待の痕は明確で、責任を問える年齢でもなかったことから、1年間の入院治療のうえ退院(2020年12月3日)。しかし、その後は売春を繰り返し、客やヒモとのトラブルを起こしている。金を払わない客からは脅して金を奪い、難癖をつけるヒモには切りつけ、時には死に至らしめている。少年院にも一度送られてはいるが、1年で出てきていた。

菅野の死体は拘置所から東大へ送る途中に失踪していた。運んだはずの業者フジエクスプレスでは直前にキャンセルの電話が入っており、何者かがフジエクスプレスに偽装して死体を運んだのだ。

死体失踪の手掛かりが途絶えた溝口は、片山と二つの事件を再度検証した。

片山の説明で溝口が気になったのは”リラクゼーション・マシン”という耳慣れない機械だ。”ブレイン・スパ”とも言われる機械は珍しいものではないが、これに溝口はひっかかったのだ。

ブレイン・スパを初めて経験した溝口は精神を左右する機械に愕然としつつも、事件との関係に確信を持つ。

ストレス値が異常です。ただちに機器の使用を中止し、このチェック表を持って最寄りの電子神経内科、もしくはブレインテック社お客様相談センターにお越しください

事件現場のブレイン・スパを調べた溝口は使用時の精神状態が異常であったことを突き止め、捜査本部にも告げずに製造元ブレイン・テック社へ乗り込んだ。

溝口の指摘に驚愕しながらも、営業部部長ホルヘ久保ピアソラは「不正なデータ」を使用することによって使用者の神経を破壊することができることを認めた。しかし、現在の機種では不正なデータを記録する術はないはずなのだ。溝口はブレイン・テック社を辞している共同創業者の赤坂護に疑いを向けた。

マンションに戻った溝口”種馬”の襲撃を受けた。

数人の助っ人とともにショットガンをもって不意打ちをする”種馬”に為す術もない溝口だったが、そこをシンバに救われる。

裏世界に通じるシンバに、負傷した溝口は協力を頼む。シンバを更生させる一つのきっかけと考えたのだ。

そして、第三の事件が起こった。

第一、第二の事件と異なり、『ドク』の第二の事件を模倣し、被害者乃木杏奈(25)の頭の皮を剥いでいた。今回は加害者も見つかっていない。付けられたメモには「ミゾグチ 次の患者はお前だ ドク」。

「殺人ディスク(不正なデータ)」を配っているのは誰なのか。身寄りも、親しい者もいない菅野礼也の関係者として、逮捕後の面会者に目をつけた溝口は拘置所に赴いた。

面会者の名前のなかに「河原崎光」の名を見つけた溝口は、河原崎の専門の一つが電子神経内科であったことに気付くと、スタッフ山川に問いかけていた。

菅野礼也はスパを・・・・・・・ブレイン・スパを持っていませんでしたか

河原崎がブレイン・スパを菅野に差し入れていた。これで菅野の失踪とブレイン・スパが繋がった。

人を殺人鬼に変えるデータディスクは、スパの内部構造に詳しい誰かが、『ドク』菅野礼也の脳で作ったものではないのか。

河原崎は改造したブレイン・スパを菅野に与え、そのデータを回収したのではないか。

そして、その複製をばらまいた・・・。

仮説を永野に告げると、溝口シンバの案内で新宿に向かった。

死人を蘇らせる奴がいるという噂があるのだ。

確認しようと街を歩き出した溝口シンバは後ろからつける数人の男たちに襲われる。意識が遠のく溝口をよそに、大男の幼児性愛者永井シンバを連れ去っていった。

病院に収容された溝口だったが、病室で白衣の男に襲われる。レーザーメスを握った『ドク』の姿に恐怖する溝口は、レーザーメスを奪い取ると『ドク』の喉元におしつけた。気がつくと見知らぬ男が血まみれで死んでいるのだった。

男は仁木龍之介。第三の事件で乃木杏奈を殺した犯人だ。スパのショップで『ドク』と化した仁木杏奈を殺した後で、病院に収容された溝口を襲ったのだ。

更に警戒が厳重となる中、シンバを攫った組織”ハーヴェスト”から溝口のもとに連絡がはいる。

シンバを助けるため、病院を抜け出した溝口だったが、駆けつけた溝口の腕のなかでシンバは冷たくなっていった。

溝口を待っていたのは赤坂護赤坂はブレイン・スパを使って、菅野礼也の記憶を溝口に刷り込み、溝口の脳を蘇生させた菅野の死体に移植しようとしていたのだ。

抵抗する溝口だったが、ブレイン・スパにかけられ、記憶は上書きされていく。

『ドク』菅野礼也となった溝口河原崎の手で脳移植を受けようというところへ、警察が踏み込んだ。

 

どうもねぇ。何だか警察が馬鹿ばっかりって感じなんですよね。

溝口が見つけなければ何も話が進まないっていうのはいかがなものなんでしょうか。

あまりにも溝口だけに事件が起こるっていうのもストーリーを追ううえではわかりやすのですが、ちょっと都合良すぎです。

犯罪都市東京っていうのも何だか陳腐ですね。

95年に書かれた作品なので、もう過ぎてしまった事件なんかも出ていて、賞味期限のある作品だという感じです。

キャラクターで言えばやはり主人公溝口の性格がどうも定まらない。

ハードボイルドなのか、ナンパなのかよくわからない中途半端な造形で、どうも気持ちが悪い。いかに人間に多面性があるとはいえ、(外面がどうあれ)一人称のなかでは一つの核があるでしょうに。どうも一貫性がないのでイラつきます。次作では、更に菅野礼也の人格も混じって、更に落ち着かなくなるんでしょうか。

何故か一様に溝口に敵意を示す金城野木須といった刑事たちも、どうも共感しにくく、わかりにくい存在です。(それが文化だといってしまえばそれまでですが)マリアン片山の尻軽さも何だかなぁといった感じです。

何だかいい味を出しそうな坂巻警部も結局は殆ど出番なしで、次作では上司が永野警視に代わってしまうんですね。

全般のストーリーを俯瞰すると、ちょっと機械を使って人格を移植するという考え方にはついていけないので、どうも嘘っぽく見えて仕方がありません。近未来だから出来るってもんじゃないでしょ、っていう感じでしょうか。脳を乗っ取るというのなら、西澤保彦『スナッチ』のほうが、はじめから荒唐無稽の設定だと開き直っていて、純粋に楽しめました。今回は荒唐無稽な話が推理に絡むので気持ちが悪いのかもしれません。

次作『屍蝋の街』も近日中には読む予定ですが、今回の延長線上の話だとちょっとツライかもしれませんね。

お奨め度:★★☆☆☆

再読推奨:☆☆☆☆

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『厨房ガール!』 井上尚登

Chubo 2009年、冊目。井上尚登『厨房ガール!』

料理学校SWATの生徒たちのお話。

警察官出身の主人公唐沢理恵をはじめ多彩な料理学校の生徒らが解決する軽いミステリー(?)といったところでしょうか。

キャラクターで読ませる作品で、軽くて面白い仕上がりになっています。

 

唐沢理恵(28)は本番に弱い女である。

緊張すると手近な人物を投げ飛ばしてしまうという特技(?)を持つ。

現在、理恵が通っているのは、田園調布を見下ろす小高い丘のうえにある名門料理学院SWAT(セント・ワイズ・アカデミー・トラスト・クッキング・スクール)である。

昨年4月、7年間勤めた警視庁(南大田署少年課)を辞め、SWATの入学資格のため、レストランやバーでバイトのすえ、漸く入学したのだ。

 

珊瑚礁コンソメ

俺がシェフだったら、お前は首だ

完全に理恵を馬鹿にする正木弘文に、理恵は賭けを持ちかけた。

10年以内に理恵がシェフになれたら、正木が土下座して謝り、SWATが経営する格式高い銀座のレストラン”シェ・ワイズ”でご馳走すること。どうせなれっこないと、正木は軽く請合う。

正木はかつて7年も厨房にたっていたプロ。SWAT卒業の肩書きはレストラン業界では一目も二目もおかれる。この肩書きを得るためだけに、正木はSWATへ入学したのだ。

しかし、そんな正木の判断に、先生であるシェフはなぜか「正木、その賭けはおまえの負けだ」という。

今回、シェフが指導するのは『珊瑚礁の海のように澄んだコンソメ』。

授業が終わった後も復習を怠らず、頑張ったはずなのに・・・。

2日後のコンソメの試験で、理恵は絶望的な気分でコンソメの鍋を見つめた。

しかし、厨房では誰もが、鍋の前で立ち尽くしていた。正木ですら腕を組み、眉間に皺をよせているのだ。

 

重量級パスタ

松藤シェフの指導で正午からのランチ実習を行う理恵たちだったが、クラスの問題児峰村楓がオニオンスープの味付けに失敗してしまう。出来上がったスープは塩辛かったのだ。

松藤は魔法の調味料を使い、スープの味を穏やかなものにしてしまう。”魔法だ”、理恵は感心する。

先輩

ランチ実習の最中、理恵に声をかけたのは警察官時代の後輩三品良明である。

多摩川西署に転属になった三品は、最近出没するレストランの売り上げを狙う強盗について、注意を呼びかけた。

理恵たちの食べる分がなくなった学食を後にして、理恵峰村楓(30代のころころと太ったマシュマロマン。元ヤンキー、元暴走族レディス。)や坂田美江子(クラスで一番若い18歳。小柄で目が細く、えらもちょっと張っているヒラメ顔だが、それはそれで可愛い。)とキッチン・ダックスで昼食をとることになったのだが、店の様子が変だった。

味がなにか違うのだ。

 

塩辛ソルト

パンの神様と呼ばれるブランジェ、フィリップ・ジャケがSWATで講義を行った。

フランスで人気のショコラスリーズを作るのだが、ムッシュ・ジャケの指示通りに作ったパンは何故か塩辛かった。

翌日、この講義を欠席していた正木三品が事情聴取を行う。

講義の時間、正木が会っていたトウドウフード企画の副社長久能一之が殺されたのだ。

正木の恩人が店を乗っ取られそうになっているのを見かねた正木は、久能と口論になった。

正木が副社長室を出た後、副社長室で胸をナイフで刺された久能が発見され、容疑者として正木が浮上したのだ。

 

間違いレストラン

クラスメートの篠原賢から依頼されて、食べに行ったレストランは奇妙だった。

目をつむって食べると、おいしい

正木が評するように、味は悪くないのだが、何かアンバランス、何かしら微妙だ。曰く”また行きたいとは思わない店”なのだ。

40代の篠原賢は元ヤクザ。

出所して、元妻の夢であったフレンチレストランの開業を手伝うために、SWATで修業する篠原だったが、元妻は既に店を開いていた。

今回、篠原が調査を依頼した店がそうだ。

理恵は料理を思い出してみると、テーブルクロスの色や音楽など、奇妙な点がいくつも気になりはじめた。

 

お怒りシェフ

理恵は学院から出て、川崎市のフレンチレストラン「エコール」で研修を行っている。

しかし、腕はいいが短気な池辺シェフに愛想をつかして従業員が次々と辞めていき、理恵は厨房ではなく、ホールで働いていた。

厨房一人、ホール一人という殺人的な忙しさの中、理恵は5万円もするワイン(2001年のシャトーマルゴー)のコルクを抜くのを失敗した挙句、池辺シェフを投げてしまう。

そんな店へ三品がやってきた。

多摩川の東京側の岸辺で死体が発見されたのだ。死体は安藤和久という窃盗常習犯。

この安藤の指紋が、最近頻繁に「エコール」に侵入しようとした指紋と一致したのである。

 

揚げ揚げキッチン

SWATの庭のイチョウの木の下を掘っていた不審な男はの夫峰村昌弘

昌弘の働く運送会社の社長宅で行われる天ぷらパーティーに持っていくつもりだったのだ。

理恵正木らに参加を呼びかけるが、妙に愛想の良いに不穏なものを感じた理恵はバイトを理由にパスする。

恵比須にある理恵のバイト先のバル「ベジョータ」に、天ぷらパーティー帰りの正木が立ち寄る。

いやなやつの揚げた天ぷらなんて、食べたくはない。うまいものでもまずくなる

横暴な社長の振る舞いに嫌気がさして、途中で帰ってきてしまったのだ。

 

幽霊カラメリゼ

SWATと同じ敷地内にある教会の礼拝堂から何か音が聞こえてくる。

怖がりながらも美江子とともに礼拝堂に向かった理恵は確かにうめき声を聞いたのだ。

慌てて厨房へ駆け戻った理恵は手近にいたシェフを投げてしまう。

しかし、理恵はそれどころではなかった。

3日間ある料理試験の1日目に合格点をもらえなかったのである。

3日間のうち2日以上合格しないと、退校処分になるのだ。理恵美江子もあとがなかった。

2日目の課題はオマール海老のアメリケーヌソース。

何とか合格点をもらった理恵美江子だったが、は不合格。3人は最終日の試験に退校処分がかかった。

3日目の課題は大根による創作料理。

日本の大根を使った日本らしいフレンチって・・・。理恵は悩んでいた。

 

最初は多彩なキャラクターを使って、いろいろな話をやろうとしていたんでしょうね。

そのためか、第一話の「珊瑚礁コンソメ」では、何人ものクラスメイトが紹介されます。

いつも理屈っぽい、中堅商社松茂物産の営業マンからの転職組、新川啓介(34)。

の高校時代の同級生で、田園調布の奥様、三条怜子(32)。

でも、この二人、2話目から登場しなくなってしまいました。

結局、動かせるキャラクターって、四人くらいが限度なんでしょうか。

理恵正木美佐子の四人がいつも一緒に行動するパターンが出来上がってしまいました。

第一話で紹介のあった謎の四十男篠原賢(42)は「間違いレストラン」で話題を提供するだけの存在で、理恵の後輩三品と位置づけ的にが変わりありません。むしろ、こちらの方が地味かもしれません。

ちょっと最初に風呂敷を広げたわりには、ちょっとこじんまりした感じはありますが、これはこれでコンパクトで軽快に進むので良かったのでしょう。

まぁ、美江子は話をまぜっかえしたり、混乱させたりするだけで、ストーリー進行には何ら関係ありませんでしたが・・・。

理恵の推理もかなり強引です。与えられた材料だけで導くには強引というか、妄想的ですらあります。まぁ、真面目なミステリーではないから、いいですけどね。

内容的には、SWATを卒業するわけでもないし、続編があってもおかしくありません。

バル「ベジョータ」のジュニア奥原大輔も登場させたわりには、まだ使い切っていなかったりと、消化不足の材料も多そうだし・・・。

”唐沢最強伝説”も含めて、もうちょっと読んでみたい作品です。

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:★★★☆☆

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『蜜蜂のデザート』 拓未司

Mitsubachi 2009年、冊目。拓未司『蜜蜂のデザート』

『禁断のパンダ』に続く「ビストロ・コウタ」シリーズ第2弾だそうです。

話自体は複雑ではなく、前作に比べると読みやすい一方で、内容は若干希薄かもしれません。

このシリーズに特徴的なのか、ちょっと謎めいたところを最後に残しています(推測はしますが、事件の発端を突き止めるまでには至っていません)。

 

神戸市中央区、中山手通の一角にある評判のビストロ「ビストロ・コウタ」のオーナーシェフ柴山幸太は悩んでいた。誰も料理は褒めてくれるのだが、デザートを褒めてくれないのだ。

営業時間が終わると試行錯誤を続ける幸太はアルバイトの川嶋涼子にパティシエの知り合いの紹介を頼む。

涼子の友人が関西で一番美味しいと名高い老舗のパティスリー「コウベ・ヤマスギ」で働いていたのだ。

そんなところへ顔を出したのはミナト乳業の配達員高城敏男である。高城は評判のパティスリーとして諏訪山展望台近くの「テル・カキタ」を紹介する。東京で開催される第一回スイーツ・グランプリの兵庫県代表になった店だった。

「コウベ・ヤマスギ」は予選では首位だったものの、黄色ブドウ球菌による食中毒騒ぎを起こして失格となったのである。涼子の友人吉武加奈の働く店が食中毒を出したのはこれが二度目だった。一度目は「ヌーヴェル」で、二度目は今回の「コウベ・ヤマスギ」だ。

「ビストロ・コウタ」を訪れ、幸太の作るデザートに無遠慮なコメントをしたのは「テル・カキタ」のオーナー兼シェフ・パティシエの柿田照良だ。

綾香と三歳になる息子陽太を連れて「テル・カキタ」を訪ねた幸太はその素晴らしさに声を失う。

こんなところで働いてたんやな

あんたには、こんなとこにおる資格はないねんで。また毒入りケーキでも作るつもりなんか

突然店に乱入してきた女は一人の男性スタッフに詰め寄る。

そんな中、突然陽太が顔を赤く腫らし、嘔吐しはじめたのだ。

 

陽太は卵アレルギーだった。

病院の帰り、「テル・カキタ」の男性スタッフ坂本祐樹が女にナイフで刺されそうとなっているところを助けた幸太坂本から事情を聞いた。

店に乱入した女性安永千夏坂本の元彼女。

2年前、金持ちの御曹司田上誠一との結婚の挨拶に実家に向かう途中、坂本が働いていた「ヌーヴェル」でケーキを買った千夏は、食中毒が原因で破談となったのだ。坂本が故意に食中毒を起こしたのだ信じる千夏は、坂本を付け狙っていた。

幸太陽太のために、卵アレルギーの子どもでも安心して食べられるスイーツを作ろうと思い立つ。日々精進を続ける幸太は偶然から、「テル・カキタ」で味わったケーキにも劣らない出来映えのスイーツ<<フュチュール>>を作り上げることに成功した。

電話を受けて「ビストロ・コウタ」を訪れた柿田は言葉を失くすが、一方で「これには大きな大きな傷があります」と断言し、幸太にレシピを見せることを要求する。レシピを見た柿田は、加えて、卵の不使用に文句をつけるのだった。

数日後、涼子の指摘でテレビをみて幸太は驚いた。

映っていたのは、第一回スイーツ・グランプリ優勝作品<<フュチュール>>。

柿田が盗作したのだ。

問い詰める幸太柿田は盗作の証拠はないと開き直るが、盗作の証拠はあった。幸太は<<フュチュール>>に至る試行錯誤をビデオに収めていたのだ。

追い詰められた柿田は土下座しながら、弱音を吐く。

「テル・カキタ」が人気店となったのは坂本のおかげだった。柿田には新しいものを作り出す力はなかった。

坂本が目障りになった柿田坂本に休暇を許したが、結局一人ではスイーツ・グランプリに出品するようなものは出来なかったのだ。それで、盗作を・・・。

幸太はスイーツ・グランプリの優勝を辞退するよう柿田に告げた。

 

殺人事件が起こる。

兵庫県警の刑事青山は、事件の現場に落ちていた「ビストロ・コウタ」の名刺をもとに幸太のもとへ連絡を入れるが、思い当たる節はない。しかし、殺された安永千夏坂本祐樹の関係を知っている幸太は落ち着かなかった。

 

涼子が二泊三日の伊豆旅行に出るなか、綾香がホールに立つことになった。

居酒屋専門だという高城も初めてディナーに訪れた。

しかし、その夜、病院から店へ電話が入った。「ビストロ・コウタ」で食中毒が起こったのだ。

次の日、保健所から派遣された食品衛生監視員の立入検査を受けるのだが、原因は見つからない。しかし、事実は事実として、幸太は原因がはっきりするまで自主的に営業を停止することを決めた。

休業中の店に訪ねてきたのは坂本祐樹だった。

坂本安永千夏殺しの犯人と目する幸太坂本の一言一言からその確信を固めていく一方で、身の危険を感じていた。しかし、そこへ現れた青山は既に犯人が捕まっていることを告げた。

千夏の破談となった相手田上誠一千夏のストーカー行為に恐れをなして殺害したのだ。

坂本は「ビストロ・コウタ」の食中毒事件を知ると、食中毒は仕組まれたものであるとの持論を展開した。即ち、犯人は柿田であると。

1件目の「ヌーヴェル」での食中毒は坂本を「テル・カキタ」に引き抜くための手段として、2件目の「コウベ・ヤマスギ」の事件は第一回スイーツ・グランプリ決勝出場のためだ。今回の「ビストロ・コウタ」での食中毒は、スイーツ・グランプリ優勝を辞退させようとする幸太への脅迫だと考えられる。

幸太坂本とともに、柿田の示唆で動いた実行犯を探しはじめる。そして、この3件を結ぶ容疑者が見つかった。ミナト乳業の高城だ。

高城を実行犯とみた幸太柿田高城を罠にかけることを計画する。

幸太柿田に電話すると、再度スイーツ・グランプリ優勝を辞退するよう迫るとともに、宣戦布告するかのように「ビストロ・コウタ」の営業再開を告げた。

それに合わせたかのように高城はディナーの予約を入れた。

待ち構えた幸太は、カウンター席に着いた高城の隣に坂本を配し、現行犯のときを待ったが・・・。

 

前作『禁断のパンダ』のラストで(紛らわしく)取り上げられていた「赤ワインの深い味わいに良く合う極上の逸品」というのが「チーズペースト」であることが明かされます。前作のラストはちょっと気持ち悪かったですからね。

今作も結局のところ「ヌーヴェル」の食中毒事件の犯人は山本和江であろうと推測されるものの、最後まで踏み込むことはなかったですね。何となく、この中途半端がいいような、悪いような・・・。

また、もう一つの事件、田上誠一による安永千夏殺害もなんとなく唐突感がありますね。あまり背景が語られないし、田上誠一像もぼんやりしているので、ちょっと気持ちが悪いままです。

食中毒事件については、山本和江はちょっと別として、話の構成からして犯人は早い段階から推測できるので、そのカムフラージュのために、混乱させるような要素をいくつも配置されているような作為的な感じが拭えません。

話自体はかなり単純な話でストレスは感じませんが、あまり緊迫感もなく、前作に比べるとちょっとぼんやりした感じになってしまったかもしれません。前作と違って、常軌を逸した登場人物はいないので、そういったホラー的な要素もなく、軽い作品に仕上がっています。

少なくとも今作では「このミス」大賞を射止めることはなかったでしょう。

次作に期待しましょう。

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:★★★☆☆

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『テンペスト 上・下』 池上永一

Tempest1Tempest2 2009年、冊目、冊目。池上永一『テンペスト 上 若夏の巻』『テンペスト 下 花風の巻』

2009年の最初に読むに相応しいダイナミックな話でした。

若干話が奇想天外で、男装の麗人の大活躍というストーリーは20年程昔の少女マンガで取り上げられそうな題材です。

なかなか知識の乏しい琉球王朝の末期の姿が抵抗なく読め、ストーリーは勿論のこと、歴史的な史料としても非常に興味深い内容になっています。

 

首里の赤田村の一画。嵐の夜、一人の女の子が生まれた。難産の末、母親は死に、男の子を願っていた父親も期待はずれの女児出産に祝福することはない。

孫嗣志は孫家再興を息子に賭けていたのだ。嗣志は姉の子嗣勇を養子に迎え、孫家の再興を託した。生まれた女児は3年間、名前もつけずに放置されたすえ、自身で付けた「真鶴」を名乗った。

琉球にあって、世は第二尚氏、尚育王の治世である。

琉球を統一した尚巴志の興した第一尚氏の裔である孫家を再度王宮に返り咲かせることが嗣志の願い。そのため息子嗣勇には厳しく接する。

王座を奪還するにはまず王宮に上ることが不可欠だが、高級官僚への道は極めて狭い。清と薩摩の二重支配を受ける琉球にあって、即戦力を求められる高級官僚・評定所筆者への登用には科試での合格が必要だったが、ひとりの合格者のないときすらある非常に難しい試験だったのだ。

嗣志嗣勇に期待をかけるが、嗣勇はこれに応えられず、出奔してしまう。役人に捕まえさせようとする嗣志の前に出たのは真鶴である。女性を捨て、宦官と偽称して科試に臨むことを嗣志に申し出たのだ。秘かに学問を積んできた真鶴の力量に希望を見出した嗣志真鶴に「孫寧温」を名乗るよう告げた。

著名な真和志塾への入塾試験で、神童の呼び声も高い喜捨場朝薫の答案を盗み見たとの疑いをかけられた孫寧温は真和志塾から放逐されるが、三代の王に仕えた名三司官麻真譲が構える破天塾に迎えられる。

麻真譲から理とともに情を伴った政策の在り方などの薫陶を受け、着実に寧温は力をつけていった。

それから2年。模擬試験を首席で通った寧温は科試にはじめて臨んだ。しかし、琉球の今後の在り様について、清にも薩摩にも組しない独立色の強い檄文にも似た寧温の回答は三司官からは嫌われ、不合格。

しかし、答案を見た尚育王寧温の非凡な才能を見抜き、喜捨場朝薫らに加えて合格とするとともに、主任に相当する評定所筆者主取に寧温を抜擢した。13歳での合格は史上最年少であり、多くの年輩の評定所筆者の上司ともなった寧温を揶揄し、誹謗する声は大きかった。

同じ頃、清からの冊封使を迎えるため、踊奉行が辻村からスカウトした美少年は嗣勇であった。踊童子、花当として王宮に入った嗣勇は奇しくも王宮で性を隠した妹と再会することになったのである。

尚育王からは王宮の表である政治の舞台と裏である女宮御内原との架け橋となることを求められる寧温だったが、御内原は女の闘争の場であった。

国母王妃うなじゃら)、王女うみないび)、側室あごむしられ)の争いに王の姉である王族神聞得大君も絡んで、闘争が繰り広げられる。さすがの寧温にも為す術はない。

財政が逼迫する中で、寧温に王命が下った。しがらみのない寧温に財政改革が命じられたのだ。贅沢に慣れた御内原など、方々から非難を投げかけられる寧温だったが、屈せずに財政改革を断行するものの、国家財政に巣食う病巣に辿り着くことはできなかった。

そんな中、寧温の素性に不審を覚えた聞得大君は拉致した嗣勇から寧温の正体を聞き出す。嗣勇の身柄と寧温の秘密を握った聞得大君寧温を傀儡として使おうとする。

王妃の放逐に手を貸さざるを得なくなった寧温だったが、更に薩摩の手に琉球を委ねようとするとする聞得大君の企てには協力できなかった。儚んで自害を図る寧温を助けたのは、寧温真鶴)が恋い慕う薩摩の武士朝倉雅博である。

一命をとりとめた寧温聞得大君を逆撃する。切支丹の証拠を捏造すると、聞得大君を投獄、平民に落としたのだ。聞得大君の位を追われ、真牛の名で呼ばれるようになった女はその後も寧温を付け狙うようになる。

政府が阿片に汚染されていることを知った寧温は愕然としつつも、上司、有力者に敢然と立ち向かったが、政府内の反感を呼んで寧温は左遷される。

しかし、糾明奉行の王命を受けた寧温朝薫は政府内を調査するとともに、入荷元である清、出荷先である薩摩にも手を打ち、禍根を断つことに成功する。

この功により、寧温朝薫とともに、摂政、三司官に次ぐ表十五人衆に昇格する。

阿片戦争後の清の衰退や欧米列強の進出を踏まえて、新たな時代を予感した寧温は琉球の科試にも新たな思想を取り入れようと図るが、ここに横槍を入れたのが清の宦官徐丁垓である。

寧温の偽宦官を見破った徐丁垓寧温を傀儡化としようとするが、これを察した寧温は王宮を辞した。しかし、寧温が王宮から下がっている間に尚育王は薨去し、幼い尚泰が即位した。

摂政がおかれるとともに、国相として徐丁垓が王に直接力をかけることを怖れた寧温は王宮に復帰するが、口当たりの良い言葉で尚泰王を懐柔する徐丁垓の前に手も足も出ない。

琉球を我が物にしようとする徐丁垓の企ては着々と進む。これを阻止せんとする寧温は最後の手段に訴えた。徐丁垓もろとも断崖絶壁から飛び降りたのである。幸い寧温は辛うじて生き残ったものの、国相徐丁垓殺害の罪は重く、八重山島への流刑が決まる。

八重山島は英米の艦隊に砲撃さらされていた。囚人として送られたはずの寧温だったが、独立色の強い古見首里大屋子は、寧温を英米艦隊を撃退する任にあてる。

かつて難破した英国船を助けた褒賞としてナイトの称号を得ていた寧温は英国船と交渉して撤退させることに成功するが、列強の圧力が予断を許さないことを悟った寧温は沖縄島(首里)へ列強への備えを上訴する。

しかし、寧温の思いは通じない。流刑したはずの寧温からの上訴に憤った三司官や評定所は八重山で寧温を堅く拘禁することを命じ、寧温は投獄される。

黒水病(マラリア)に冒された寧温は山奥へ隔離され(捨て)られる。かろうじて一命をとりとめた寧温は八重山の最高神職大阿母に救われ、女(真鶴)として暮らすようになった。

首里からの役人(在番)をもてなす琉舞を舞った真鶴は在番の目に留まり、王宮で舞うことを命じられる。沖縄島への帰還を夢見ていた真鶴にとっては願ってもないこと。焦がれる雅博と添うべく、揚々と沖縄島へ戻った。

しかし、真鶴を待っていたのは側室(あごむしられ)の選定試験だった。教養を問われる試験に対応できたのは真鶴と有力士族向氏の娘(摂政の孫娘)真美那だけだった。側室にあがりたくはない真鶴真美那に側室の地位を譲るが、友人を欲していた真美那の一言で、真鶴もまた真美那とともに側室にあがることとなった。

米国海軍を率い、ペリー提督が琉球を訪問する。

いつものように、のらりくらりと誤魔化す朝薫だったが、ペリーの態度は強硬で、もはや為す術もなくなる。そして王命が下りた。孫寧温を八重山より呼び戻すべし。

慌てたのは真鶴である。八重山で黒水病で死んだはずの寧温だったが、琉球の危急存亡のとき、寧温を復活させる必要があると考えた真鶴嗣勇の助けを借り、真鶴寧温の二重生活を開始させた。

ペリーの狙いが日本の開国にあると見抜いた寧温ペリーを手玉にとり、琉球を後回しにさせ、ペリーを日本へ向かわしめた。寧温は、日米和親条約を結び上機嫌なペリーに、相対的に琉球優位な琉米修好条約を結ばせることにも成功する。

しかし、日本の開国に伴う列強化に向けた動きは相対的に清の力を弱めることとなった。琉球における薩摩(日本)の力は増し、朝薫を含めて向氏など清国派は一掃され、寧温の兄嗣勇も閑職に回された。

薩摩の横暴に心を痛める寧温だったが、如何ともする術はなかった。しかし、富国強兵策を推し進める島津斉彬の急死により、薩摩派は後退。清国派の巻き返しクーデターが勃発する。懐妊していた真鶴は動乱の責任をとるという形で職を辞す。

生まれたのは王子。

喜びも束の間、大美御殿で催された満産祝いの席上、乱入した嗣勇真鶴寧温が同一人物であることを暴露する。唖然、呆然とする中、尚泰王から下された真鶴寧温への沙汰は「久米島への一世流刑」だった。

そんな真鶴を不憫に感じた真美那は王子を誘拐すると、真鶴に託して身を隠させた。

孫明と名づけられた王子は真鶴寧温の薫陶のもと成長するが、科試に挑戦することはなかった。

明治維新を経て力をつけた日本は1872年の琉球藩設置のあと、1879年に那覇に降り立った内務大書記官松田道之は琉球の取り潰し(琉球処分)を宣し、ここに琉球王国は終わりを告げた。

 

ちょっと調子良すぎという感じはしないではありませんが、流れのよいストーリーです。

真鶴雅博寧温朝薫という、なんとなく恋愛ものというか、宝塚的というか、女々しい部分は個人的にはいかがかと思わないではありませんが、こんな設定が好きな人もいるんでしょう。

一方で、脇のキャラクターはなかなかいいですね。

特に、聞得大君真牛真美那

真面目なだけの寧温に比べると、とにかく生き生きとしている感じです。

聞得大君はこの物語のほぼ全般を通じて寧温の敵役なんですが、寧温なしでも存在感を十二分に示しています。毀誉褒貶が激しく、彼女が主人公でも何ら違和感を感じません。

ラストを勘案しても、実はこの物語は孫寧温の物語ではなく、聞得大君の物語だったのだといえる程存在感があり、引き際も潔かったですね。

「お嬢様爆弾」真美那も別な意味で存在感のあったキャラクターです。何をしでかすかわからないコミカルな設定で、どうしてもつまらなくなってしまう御内原の話を楽しくさせています。

一方で、徐丁垓はとにかくエグイですね。全くの怪人という感じで、使い捨てにされるわりにはかなりの存在感をもったキャラクターでした。

ストーリーは琉球王国の落日を背景に、男装の美少女が活躍するという話なんですが、ただラストがあんまりぱっとしないですね。歴史物のつもりで読んできて、最後が恋愛ものだったというような終わりは気持ちが悪い。

もうちょっと考えて欲しかったなぁと思わざるを得ません。

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:★★★☆☆

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