2008年、223冊目。百田尚樹『永遠の0』
特攻隊の話です。
当然のように、特攻を前にして涙を誘う話ではありますが、むしろ、それまでの姿勢が胸をうちます。
苦しく、抑圧的な戦争の中で同境遇の兵士達とのあいだに友情を築いて・・・、といった話が多い中で、「生き残る」と願い、公言することで孤高を保つ男の話は珍しく、その生き方に目を惹かれます。
司法試験浪人を続ける佐伯健太郎(26)はジャーナリスト志望の姉慶子(30)からアルバイトを持ちかけられる。
「実は祖父のことを調べたいのよ」
彼らの祖母松乃は最初の夫を戦争で失っていた。夫は特攻隊で死んだのだ。結婚生活は短かったが、その間に生まれた子どもが彼らの母清子だった。祖母は戦後再婚し、叔父たちが生まれた。
来年迎える終戦60周年をテーマとした新聞社のプロジェクトのスタッフに入った慶子は、その予行演習として、6年前に死んだ祖母が語らなかった祖父のことを調べようと考えたのだ。
しかし、慶子の申し出を請けた健太郎に、新聞社の人間の受け売りと言いながらも慶子は「特攻隊はテロリストと同じ」と水を差す。
健太郎は厚生労働省に問い合わせ、実の祖父宮部久蔵の軍歴を調べた。
大正8年、東京生まれ。
昭和9年、海軍に入隊。
最初は海兵団に入り兵器員となり、次に飛行操縦練習生としてパイロットとなる。
昭和12年、支那事変に参加。
昭和16年、空母「赤城」に乗り真珠湾攻撃に参加。
南方の島々を転戦し、昭和20年に内地に戻る。
終戦の数日前、神風特別攻撃隊員として南西諸島沖で戦死。
この軍歴を埋めるため、厚生労働省から紹介された旧海軍関係者の集まり「水交会」を通じて確認した戦友会に、健太郎は手当たり次第に手紙を出した。
最初に連絡のとれたのは、ラバウルで同じくパイロットであった元海軍少尉長谷川梅男である。
「奴は海軍航空隊一の臆病者だった。宮部久蔵は何よりも命を惜しむ男だった」
戦争で左腕をなくした長谷川は開口一番、健太郎らに吐き捨てた。
戦場にあって「生きて帰りたい」と公言する宮部は長谷川(当時は石岡)にとって唾棄すべき存在だったのだ。
健太郎や慶子が初めて知る祖父の姿は「臆病者」という謗りに重なり、気を重くさせられる。
次に会ったのは松山に住む元海軍中尉伊藤寛次である。彼は真珠湾からミッドウェーまで半年以上、同じく空母「赤城」の搭乗員として宮部とともに戦っていた。
「たしかに宮部は勇敢なパイロットではなかったと思います。しかし優秀なパイロットでした」
長谷川と同じように伊藤もまた、宮部の技量は優れていたが、命を惜しんだというのだ。
「私には妻がいます。妻のために死にたくないのです。自分にとって、命は何よりも大事です」
そう語る宮部をそのときは気持ち悪く感じた伊藤だったが、戦後復員してその言葉を理解できるようになったのだという。
愛する者のために生き残ろうとする宮部の気持ちに共感する健太郎や慶子は祖父宮部を見直すようになった。
次に健太郎は慶子を伴い、癌で余命いくばくもない元海軍飛行兵曹長井崎源次郎を大学病院の病床に訪ねた。
井崎はインタヴューにあたって娘江村鈴子と孫誠一を同席させた。これまで語ったことのない戦中の話を二人にも聴かせたかったのだ。
井崎は宮部とはラバウルで一緒だった。ミッドウェーから転戦してきた宮部は背面飛行を繰り返すなど周囲への警戒を怠らない。そんな彼を誰もが臆病者と謗った。
宮部に命を助けられた井崎は、夜間も生き延びるべく体力作りに余念のない宮部の言葉に耳を傾ける。
「死ぬのはいつでも出来る。生きるために努力をするべきだ。どんなに苦しくても生き延びる努力をしろ」
その言葉は井崎の心に染み、ガダルカナルの激戦を越え、その後の彼を救ったという。
元海軍整備兵曹長永井清孝は、整備を重視し、下を労う姿勢を忘れない宮部の姿を語った。永井にしてもなぜ宮部が特攻に志願したのかはわからないという。
元海軍中尉谷川正夫は宮部と上海の第12航空隊で一緒だったという。再会したのは昭和19年、空母「瑞鶴」でだった。
ガダルカナルで熟練搭乗員を数多く失った日本軍は未熟な若い搭乗員が増え、航空隊の戦力も著しく落ちていた。そんな中、米機動部隊撃滅作戦「あ」号作戦が発令された。
命からがら逃げ延びた宮部と谷川は修理のため「瑞鶴」が内地に戻ったことにより、休暇を得る。家族に会えることを喜ぶ宮部は谷川の背中を押した。これをきっかけにしてか、谷川はその後の休暇で結婚することになる。
レイテ沖海戦から始められた特攻だったが、宮部はこれを拒否した。誰もが志願する中で一人はっきりとこれを拒んだのだ。
健太郎と慶子は宮部の戦友たちの語る戦争を通じて、海軍上層部の無謀さ、臆病さを痛感し、憤りを隠せない。
特攻隊員でもあった元海軍少尉岡部昌男は教官としての宮部を語った。
筑波の練習航空隊の教官を務める宮部は言葉遣いは丁寧なものの、予備学生の訓練に非常に厳しい教官だった。
宮部は十分な訓練を受けないまま初陣で死んでいく若い搭乗員を見るにつけ、死んで欲しくないからこそ厳しく訓練を行っていたのだ。
元海軍中尉武田貴則へのインタヴューには、慶子にプロポーズしている新聞社の高山隆司も同席した。高山は武田に「特攻はテロだと思う」と言い放ち、武田を激昂させる。
高山を帰した後、あらためて健太郎らに語りはじめた武田は「特攻は志願ではなく、命令だった」と述壊した。
事故死した予備学生(伊藤少尉)を悼むでもなく蔑視する上官に、歯向かう宮部の姿を見て誰もが感動したという。実際、練習中に突然飛来した敵機(シコルスキー)の前に機体を差し出して宮部を守った学生もあったのだ。
元海軍上等飛行兵曹景山介山は元やくざである。
優れた操縦の腕を持ちながら「死にたくない」と公言してはばからない宮部のことが大嫌いだった景山。
自身も腕に覚えのある彼は宮部に無理矢理模擬戦をしかけるが敗れてしまう。悔しさのあまり、前に出て照準に入った宮部機に向けて機銃の発射釦を押してしまう景山だったが、それも宮部にかわされてしまう。
完膚なきまでに打ちのめされた景山は宮部よりも長く生きることを目標に、その後は無駄死にを恐れるようになった。
特攻機の直掩隊となった景山は宮部の特攻にも就いた。”宮部を絶対に援護する”、決死の覚悟で望んだ景山だったが、発動機の不調で引き返さざるを得なくなってしまう。
最後に健太郎が会ったのは、鹿屋基地で通信員をしていた元海軍一等兵曹大西保彦である。
大西は宮部の特攻の日を語った。
特攻機で零戦五二型が割り当てられた宮部が予備士官に割り当てられた旧型の二一型と換えたのが印象的だったという。
しかし、この機の交換が明暗を分けた。宮部が取り替えた五二型は発動機の不調で喜界島に不時着、搭乗員はそのまま終戦を迎えたのだ。
取り替えて助かった予備士官の名を見て、健太郎と慶子は呆然とする。
大石賢一郎少尉。
それは彼らのよく知る名前だった。
特攻隊という一つの局面でなく、航空部隊、零戦、海軍という視点で太平洋戦争を見た場合に、浮かび上がってくるものというものがテーマのようでもあります。
当時の戦争は無謀だったという論調がある一方で当事者も多数あるため、戦争の実相が見えにくくなりがちです。しかし、この作品では視野を逆に狭くすることで、戦争の悲惨さというよりも、戦争の指揮系統等、人間の愚劣さが浮き彫りになります。
ストーリーも非常に巧く出来ています。最初の証言こそラバウル(、ガダルカナル)というミッドウェー後の激戦から入りますが、その後は概ね時間軸に沿って戦争が語られるため、戦争の流れも理解しやすいものとなっています。
最初の証言にしても、調査の最初にして宮部に「臆病者」「卑怯者」というネガティブなイメージが提供され、まずは驚かされ、ぐっと興味を惹かれてしまいます。それが少しずつ、”愛する家族のために”という現在でも通用する主張のもとに連呼されることで読者の共感を呼び、その後はストーリーの中でも宮部を評価する者が増えてくることで読者も満足感・安心感を得られていきます。
また、語られる話それぞれが真に迫るようで、当時の思い、悔しさが滲み出ているようです。読者も同じように悔しさ、怒りを覚えるような描写になっています。
登場人物も各種揃っており、明らかに敵役と言える高山を除けば、それぞれ癖がありながらも、生きいきと描かれています。
中でも景山介山の話は秀逸。宮部を見送ってしまった景山の描写は涙なくしては読めません。(特に一回だけでなく、二回、三回と読み返すと更に趣きは深くなっていきます。)その景山が戦後に松乃のために尽くしたことを想像させる件は更に余韻を深くします。
若干、ストーリーを巧く進めるために、ご都合主義なところがないではありませんが、十分堪能できる作品ではなかったでしょうか。
変にお涙頂戴の作品ではなく、冷静に戦争を見つめなおすという意味でも、太平洋戦争の一つの実相をつかむという意味でも、多くの人にお奨めしたい作品でした。
お奨め度:★★★★☆
再読推奨:★★★★☆
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