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2008年12月

2008年も、もう終わり

間もなく、2008年も終わりですね。

ブログを始めて1年が経ちました。(累計アクセス数は12月30日現在、13,375になりました。)

このブログに書き残した本の数は結局、2008年を通じて235冊で打ち止めのようです。

残念ながら、月間20冊、年間240冊には達しませんでしたcrying

勿論、ここに書かなかった本(上下巻の途中でイヤになって止めてしまったしまった作品や、ちょっと記すには相応しくないような作品など)もあるので、概ね240冊くらいはいったのかもしれません。

来年はもうちょっと頑張れるとよいかなcoldsweats01

しかし、なんだかんだと毎日が忙しいですね。やっぱり、最近はジョギングを始めたことが読書量の減にも結びついているかもしれません。

5kmとか10kmとか15kmとか、まだまだ時間がかかるし、疲れるんですよねshock

来年はレースにも出てみたいし、読書bookとランニングsportsの両立は大いなる課題かもしれません。

さて、まずは、この正月休みどれだけ本を読めるでしょうか。

今読み始めているのは『テンペスト 上』池上永一著)。これはなかなか面白そうです。

続くのは、『テンペスト 下』『蜜蜂のデザート拓未司著)、『厨房ガール井上尚登著)でしょうか。

実家へ帰るので、どれだけ読んでいる時間があるかわかりませんが、頑張って読みましょう。

とはいえ、正月太りしないように、ランニングも忘れずに・・・sweat01

 

2009年も、読書bookに、ランニングsportsに、と充実した年となりますように。

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『スナッチ』 西澤保彦

Snatch 2008年、235冊目。西澤保彦『スナッチ』

なかなか面白い作品でした。SFとミステリーを混ぜ合わせたような作品といったらいいんでしょうか。設定がSFで本筋がミステリーといった趣向です。

 

昭和55年(1977年)1月16日。大学卒業を間近に控えた奈路充生は高知に来ていた。

土佐中時代の同級生生駒美和子との結婚の挨拶に、美和子の実家を訪ねるためだ。

しかし、待ち合わせ場所に現れたのは美和子の実家の近所の女性楡咲純花だった。美和子の親戚に不幸があり、通夜のため美和子は迎えにこれないのだ。

食事のあと純花と連れ立って歩いていた奈路は突然、銀色の雨に襲われた。尋常ではない輝きを発した雨に打たれ、奈路純花もクリーム状の銀色に包まれ・・・意識を失った。

 

「楡・・・咲・・・純・・・花」という単語をきっかけに、目が覚めた奈路

見ると、すぐ眼下で、男のものとおぼしき手が新聞紙を捲っている。手も視線も自分のもののはずなのに、自分の思い通りにならないことを訝る奈路だったが、そんな奈路に語りかけてきたのは心の声だった。

- どうも困ったことになったようだ。聞こえるか、きみ?奈路充生くん、わたしはいま、きみに話しかけているんだが。聞こえているだろうか

身体を支配する「」は奈路に事情を語りはじめた。

現在は平成20年2月3日。奈路が意識をなくしてから31年経過しているのだ。

戸惑う奈路に詳しく説明するべく、「」は市役所の市民共栄企画課に赴いた。「」の中の奈路に説明するように、男性職員各務英明は恐るべき事情を語った。

 

31年前に奈路が経験した雨は単なる雨ではなく、外宇宙より飛来した異種生命体だったのだ。あの雨に襲われた者たちは全員、その異種生命体に身体をのっとられてしまう。

身体を乗っ取られた人々を”ベツバオリ”と呼ぶ。

ベツバオリ”は身体を乗っ取ったからといって完全な別人になるわけではなく、外見は勿論のこと、内面ももとの人格のコピーで、オリジナルとの区別も難しい存在だ。自己申告がなければ殆ど見た目では判断できない。

こうして、奈路充生もまた”ベツバオリ”として新たな人格「」に生まれ変わったはずだった。

しかし、雨を受けた人の中には、元の人格が蘇る人も少なくなかった。これを”サシモドシ”という。サシモドした人は一つの肉体の中に二つの人格が宿ることになるわけだ。今回の奈路充生もサシモドシたケースの一つ。

しかし、”ベツバオリ”は虚弱体質で、一つの肉体に二つの人格というストレスに耐えられない。サシモドシをすると肉体にも癌が発現し、ストレスの進行に伴って、短期間に癌は増殖する。これまでの例では、遅くとも半年以内に、殆ど全員が死亡しているというのが事実だった。

生き残る可能性はゼロではないと、励ます各務だったが、奈路はとにかく戸惑うばかりだった。

ここ10年ほどサシモドシ例が見られない中で奈路充生がサシモドしたきっかけは、「」が目にした高知新聞の死亡告知欄にあった。

楡咲純花の死亡告知がそれだ。

楡咲家を訪ねた「」は純花の息子正純の妻宏子とその息子正宏の応対を受ける。純花は結局サシモドシもないまま心不全で亡くなったのだという。

実家に行っていて会うことは叶わなかったが、純花が”ベツバオリ”になってしまったことにショックを受け、サシモドシを期待していた正純には落胆が大きかったようだった。

 

」と話をするなかで、美和子と既に離婚していることを知った奈路は、既に音信不通となっている美和子の住所を調べた。同窓会名簿で調べると、東京で自立しているはずの美和子は、結婚して高知に戻ってきていた。

早速電話した「」だったが電話に応答したのは警察だった。

美和子は前日9日に殺害(絞殺)されていたのだ。

」のマンションに訪ねてきた高知県警の刑事風本岩隈美和子の殺害動機に結びつく心象や「」のアリバイを調べるとともに、いく人かの人物の照会を行った。

<かりや治療院>の刈谷稔(90)、安芸市の作田芳久(66)、帯屋町でガールズバー<リトル・キャッツ・ブルー>を経営する恒石綾乃(57)。

見覚え、聞き覚えを確認されるが、「」にも奈路にもその3人に関する記憶はない。

刑事が帰った後、この3人を調べると、2月3日の刈谷稔、5日の作田芳久、7日の恒石綾乃、9日の杉江美和子と、きれいに一日おきに殺人は続いていた。年齢も少しずつ若くなっていく。

美和子の死にショックを受けた奈路のストレスは「」の身体を着々と蝕んでいく。

11日にも殺人事件は起こる。被害者はコンビニ店長小野田雄一(49)だ。

」のもとに現れた岩隈は5つの殺人事件で同一の指紋が出たことから同一犯である可能性が高いことを打ち明ける。

美和子の死の真相を暴きたい「」(奈路)は、癌の転移による高熱を押して、恒石綾乃の店、安芸市へと岩隈とともに調査に出るのだった。

断片的な新情報は集まるものの、なかなか5人の関係を結びつけるものは見つからない。体調不良のなか最後に赴いた<かりや治療院>だったが、看板にある「鍼灸」の文字に、高熱も吹っ飛ぶかのような天啓が奈路に閃いた。

 

異種生命体に身体を乗っ取られるっていうのは、ちょっと安直で何だなぁと思わないではないですが、記憶の31年のギャップと、記憶のない期間における自分の経験との相克という材料は新鮮です。

しかし、想像するだに恐ろしいですね。20代から40代までの記憶がすっぽり抜け落ちてしまうっていうのは。記憶が抜け落ちるというよりも、「経験していない」という言い方の方がより近いんでしょうか。

結婚にせよ、何にせよ、おそらく人生の中でも一番ドラマティックなことが起こる期間を、飛ばして生きるということを想像するのも怖く、困難です。

また、自我がありながら、自身の身体を動かせないというのもストレスが高そうですね。全く動かないというのであれば、諦念のようなものもできそうですが、なまじ動くだけに、他の自我の支配のもとで動くのは我慢できないような気がしてなりません。ストレスというよりも、発狂に近いものになるんじゃないかと思ってしまいます。

生活の摂生もなかなか窮屈そうで、美和子の死を契機に消滅してしまっても構わないと奈路が思い始めるのも尤もです。

異種生命体云々というよりも、この窮屈な設定と、癌におかされた「」のタイムリミットがこの作品の根幹を為していそうです。本当は連続殺人事件というミステリ部分が本筋なのかもしれませんが、ちょっとその部分の出来は今ひとつといったところでしょうか。何となくこじつけっぽいですからね。

伏線となった城之内華苗との一夜。

最後まで引っ張りましたね。どんな風に使うんだろうと気を持たせましたが、刑事岩隈の不審な行動(「」へのあまりにも協力的な態度)と結びつくとは全く予想も出来ませんでした。

異種生命体との絡みとか、もっと本質的な部分で関係してくるのかと思っていましたが、最後のオチに使うために配していたんですね。

ただし、はじめはもっと効果的に城之内華苗を使うつもりだったのかもしれません。日記の札束疑惑の説明(暴露)はあまりにも唐突でしたから、最後になってむりやり謎の部分に決着をつけようとしている感じがあります。

 

なかなか自身に置き換えて想像することが難しい(考えさせられる)作品でしたが、全編通してひっかかるところもなく、楽しめる内容でした。

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:★★★★★

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『土井徹先生の診療事件簿』 五十嵐貴久

Doitoru 2008年、234冊目。五十嵐貴久『土井徹先生の診療事件簿』

動物語のできるドリトル先生(≒土井徹先生)のもじりですね。

なんだか妙な設定の主人公立花令子土井徹先生の助けを借りて事件を解決(?)するという話。

非常に軽めの話で、事件の複雑さもなく、というか、本当にその推理で大丈夫?と言いたくなるような、思い込みともとれる土井先生の話を令子が真に受けるというというストーリーになっています。

 

立花令子は南武蔵野署の副署長。

父親はノンキャリアながらも非常に有名な警察官だったが、5年前に係わった殺人事件の最中、何者かに襲われ殉職した。(二階級特進で警視正)

就職戦線に乗り遅れた令子は母の勧めもあって、公務員試験(国家公務員Ⅰ種)を受け、あっさり合格する。令子は東大卒で頭が良かったのだ。

立花警視正の娘は、他の省庁には渡せない

合格が決まった時点で、警察庁は面子にかけても令子を取得しようと他省庁に働きかけ、令子はめでたく(?)警察庁に入庁することになる。

警察大学校での研修、再研修のあと任命されたのは三多摩と二十三区の境にある南武蔵野署の副署長というポストだった。

しかし、現場に出る必要もない副署長には何も仕事がない。日がな一日ゲームをしたり、お茶を飲んだりの毎日だ。

 

老人と犬

佐久間署長から依頼されたのは警察OBである小山田伝一郎の相手。

命を狙われているという被害妄想気味の小山田のもとへ、令子は老人のカウンセリングのつもりで向かった。おともは、巨体ながらも女っぽい鳥井刑事だ。

小山田邸で、令子は、犬(ダックスフント)トムの診察に来ていた獣医(土井動物病院院長)土井徹と孫娘桃子に出合う。土井は動物と話が出来るのだと桃子は得意げに語る。

会ったばかりの土井だったが、令子は昔から知っているような親しみを感じる。

小山田老と面会した土井トムの病状と小山田老の様子から砒素中毒を疑った。

 

奇妙な痕跡

署長室との間には立て付けの悪いドアがある。

十日前の朝の定例会議から戻ると、何者かが令子の机を触った痕跡が残っていた。

部屋には鍵をしており、可能性はロリコンとも噂される署長の部屋からの侵入が疑われた。

そんな矢先、署長の電話の声が聞こえてきた。

いやアダルトはまずい

宅配?駄目だって、女房に見つかったら・・・。子供?待ってくれ、それなら話が違う。それは・・・

 

かえるのうたが、きこえてくるよ

日曜日の公園を散歩している令子佐久間署長からの電話。

殺人事件です

事件現場に立ち会って欲しいという署長の求めに、現場のマンションに向かった令子だったが、そこでは鳥井刑事が犯人を確保していた。

被害者はサラリーローンを展開するカヤマローン社長佳山義則

窃盗常習犯野々村貞三が犯人だ。

野々村佳山を殺したところを、偶々佳山宅を訪ねた宅配便の配達員大林が取り押さえたのだ。

しかし、野々村佳山は既に死んでいたと主張する。

 

笑う猫

吉祥寺の二大名物屋敷の一つ。猫屋敷。

大伴美佐江という老婆(85歳)は屋敷に88匹の猫を飼っていた。その異臭に近隣住民から苦情が寄せられる。

息子夫婦も早くに亡くし、孫正人も引きこもり。

親戚の娘松前佳美が時折面倒を見にいくのだが、猫の苦情を美佐江に伝えてもなかなかラチがあかない。

佳美佐久間署長に相談し、令子には美佐江の説得が命じられたのだ。

百匹近い猫の屋敷ということで、誘いを受けた土井も興味津々。

恐るべき異臭に閉口する令子土井鳥井だったが、美佐江に笑いかける猫に目を見張る。

 

おそるべき子供たち

令子は派手好きで社交的な母の依頼を受ける。料理教室で知り合った友人川越の相談を持ちかけてきたのだ。

川越は中一の息子良雄が万引きをしているのだと令子に打ち明ける。

川越宅に赴いた令子が目にしたのは、30冊にものぼる、いわゆるエロ本だった。

 

トゥルーカラー

副署長という肩書もあって、なかなか同年輩の友人ができない令子にとって数少ない友人は鑑識係、警察犬の訓練士竹内冬子(30)だ。

雄のシェパードカールを洗いながら、冬子令子に相談した。

最近、カールのシャワーのときに使う石鹸が頻繁になくなるのだという。簡単には破れない赤い網の袋が、鋭利な刃物状のもので切られ、この一月で7、8回も盗まれているのだ。

犯人は最近見かけることが多くなったホームレスだと睨んだ令子は、土井に自身の名推理(?)を得々と語る。

 

警官殺し

父の元部下近藤巡査が殺された。

何か令子に話があるような素振りを見せていた近藤だったが、それを令子が聞く前に、殺されてしまう。

身内の殺害ということもあって、南武蔵野署の意気込みは高く、早々に検問が敷かれた。

逃げ切れないとみた犯人は自首をしてきた。東京進出を図っている関西の暴力団砥川組の先鋒部隊の一人大蔵尚也だ。

武蔵野地区を仕切るテキ屋を中心とした互助会前田組を目障りに感じた大蔵は前田組代表桜田順哉の殺害を狙っていた。

闇ルートを通じて拳銃の入手を図っていた大蔵だったが、桜田が少数の警備で外出するという情報を受け、悠長に拳銃の入手を待っていられずに、近藤巡査の拳銃を狙ったというのだ。

大蔵の自首は砥川組若頭安田隆次の説得によるものだ。警察組織を敵に回す危険を察知した安田は組長砥川弦蔵の了承のもと、大蔵に自首させた。

事件は一件落着かと思われたが、土井大蔵の証言に嘘があることを指摘する。

拳銃を盗むために偶然近藤を殺したのではなく、近藤を殺すことが目的だったのではないか。

令子はこの事件の真相を調べることを決意した。

 

続くんですね、これ。

なんだかお気楽な話が多いんですが、最後に引きずった事件が令子の父殺害の犯人に繋がっていくんでしょうか。

老人と犬」であったようなドリトル先生ばりの動物と話すという設定は結局どうなっちゃったんでしょうか。その他の話はちょっとできる獣医といった感じでしかありません。

そういった意味で土井徹先生にあまり個性がないので、ちょっとキャラクターで引っ張るには弱いですね。だからといって、ストーリーが優れているかといえばそうでもないので、全般に作品としての魅力は必ずしも高いとは言えないでしょう。

まぁ、軽く頭を休めるためのような作品といった感じでしょうか。

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:☆☆☆☆

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『光』 三浦しをん

Hikari 2008年、233冊目。三浦しをん『光』

何だか暗く、救いのない話。

 

黒川信之は人口271名の美浜島の中学生。

夜半に、たった一人の同級生中井美花と待ち合わせをした山手の神社へ向かった信之は、島を襲った津波の難を逃れる。

生き残ったのは信之美花。そして、神社に向かう信之についてきた黒川輔

信之の遠縁の小学生(10歳)。信之が生まれてからずっと本当の弟のように思い面倒を見てきたが、この頃では鬱陶しくてならなかった。母が島を出て行った後、父洋一の虐待を受けて卑屈な態度をとるに苛つくことも多かったのだ。

集落は山から流れ落ちた土砂や木で埋まり、家屋も倒壊し、住人の死体が累々とする光景に、信之美花は息を呑むが、そんな中、は津波で父が死んだことを喜ぶ。しかし、の喜びも束の間だった。舟で海に出ていたの父洋一は舟に同乗していたカメラマン山中とともに助かっていたのだ。そのほかに助かったのは灯台守りのじいさん。助かったのはわずかに5人だけだったのだ。

信之の両親も妹琴美も、美花の両親も死んでしまった。

自衛隊らによる復旧作業のなか、島に居残った信之たちだったが、ある夜、美花がいないことに気付いた信之は探しに出た神社の境内で山中に圧し掛かられている美花を発見した。

殺して、信之。そいつを殺して

信之山中の首を絞めて殺すと、山の斜面を滑り落とした。

翌朝、山中の失踪は発覚し、捜索隊が編成されるが、山中は見つからず、事故死と見做された。

 

美浜島を離れ、それぞれの生活が始まった。

それから20年。

信之は結婚し、妻南海子との間には5歳になる娘椿もあった。

しかし、信之には美花以外を愛することはできず、南海子椿を愛する(ふりをする)努力をし、優しい夫であり父親を装って生きていた。

そんな空疎な信之の愛情をそこはかとなく感じていた南海子は川崎港に程近い蓮華荘に住むプレス工と浮気を繰り返していた。

プレス工の名は黒川輔

は島を出て、中学を卒業後はプレス工として職場を転々としていたが、常に自身の寄る辺として「ゆき兄ちゃん」こと信之を探していた。新聞で信之が川崎市役所の港湾局に勤めることを知ると、勤めていた長野の工場を辞め、川崎に移り住んだのだ。

市役所を出る信之のあとをつけ、妻子を確認すると、敢えて南海子を誘惑した。

信之の関心を買おうとしてやったことだったが、これを知っても信之の心は動くことはなかった。

そんなのもとに突然やってきたのは十年以上も会っていなかった父洋一である。

の居場所を探し当てた洋一は、亡くなった灯台守りの手紙で山中の死にが関与していることを知り、脅迫に来たのだ。

信之山中を殺すのを目撃していた。そして、信之に疑いが向かぬよう、こっそりと死んだ山中の靴を脱がせ、見当違いの方へ捨てるとともに、山中のカメラを持ち出して、首を絞められた痕がくっきりと残る山中の写真を撮っていた。

体力は既に洋一を上回りながらも、子どもの頃の刷り込みからか洋一に逆らえない信之美花が犯人であることを告げ、脅すのであれば美花であると示唆する。

美花は高校を卒業したあと芸能界入りし、篠浦未喜の名で女優として活躍していたのだ。

美花宛に送った脅迫状には何の反応もなかった。には、荒れる洋一に暴力を振るわれる毎日が帰ってきた。

そんなところへ信之が訪ねてくる。事情を聞いた信之に金を渡すとともに、洋一を殺してを救うことを約束する。

実は信之美花の呼び出しを受け、事情は知っており、禍根を断とうとのもとを訪ねたのだ。

信之は秘かにの部屋の階下に忍び込み、床下に穴を掘って死体を埋める準備を進めた。

洋一信之から受け取った金で放埓な暮らしを続けるだけで、は一向に救われない。焦りを感じ始めた頃、洋一はアルコールと睡眠薬におかされ、死亡する。

部屋を探し回った洋一に取り上げられた証拠の写真と灯台守りの手紙を見つけると、信之に連絡した。

しかし、信之のことをよく理解していた。写真のネガと信之から預かった金の残りを封筒に入れると、付き合っていた工場の野村結子に託した。1週間後にが工場に現れなかったら投函してくれと伝えて。

信之に案内された階下の部屋でスコップで殴り殺され、埋められた。

信之美花を安心させ、これで新たな美花との生活が築けるものと考えていた。

暫くはホテル住まいを満喫する信之だったが、美花のマネージャーは信之美花を脅しているのだと非難する。

問い詰める信之に、美花は金を渡して告げた。

これで死んでくれる?お願いよ

 

その頃、南海子のもとに封書が届いた。

現金180万円の入った手紙はからのものだった。2枚のネガとともに封入された手紙には、信之篠浦未喜が美浜島の出身であること。信之が人殺しであること。手紙が届く頃にはが殺されているだろうこと、が記されていた。

 

『光』というタイトルとは正反対に、とにかく暗い話です。

信之も、あるいは美花も、誰もが死に損なったという感慨を持って生きてきたという過去。美花に死ねと言われて、殆ど屍と化した信之の未来。信之が殺人者であると知りながら、いつか破滅が来る可能性を予期しながらも、信之から離れられない南海子の未来。どれもが暗い色で塗りつぶされているようです。

信之の子どもとして出てくる椿にしても、変質者にいたずらされたというトラウマを残しての成長、南海子の虐待ともいえる暴力にさらされる日々に、決して明るい未来は見えません。描かれる姿も(南海子の偏向がかかった視線で捉えられている部分はありますが)鈍く、頭もあまりよくなさそうと、救いがない様子です。

全編通して、こんな調子なので、作品としての良し悪しは別にして、面白かったかと問われて、面白かったといえる作品ではありません。間違いなく、気分の落ち込んだときに読む作品ではないでしょう。

評価すべきは、信之南海子の人物像はかなりエキセントリックでありながら、それでいて存在感のあるところでしょうか。かなり特殊な設定でありながら、なんとなく納得させられてしまいます。うまく、この三者の主観が交錯することで、話自体には厚みが出ているようです。

しかしながら、この作品を彩る事件を惹起する存在である美花の姿は曖昧です。結局、美花の感慨に触れることはなかったようです。

信之を拒絶する言葉に「あの夜から、求められてもなにも感じないんだから。もう放っておいて」というのがありますが、これが唯一美花の言葉(本音)だったんでしょうか。だとすれば、なんとなく陳腐で、他の三者に比べると底が浅く、がっかりです。

出来れば、そのあたりの深掘りがあれば、もうちょっと考えるものもあったんでしょうが・・・。

今回の作品は(意図的でしょうが)不安感の残った、気持ちの悪い余韻を引きずった作品になりました。

お奨め度:★★☆☆☆

再読推奨:☆☆☆☆

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『オリンピックの身代金』 奥田英朗

Olympic 2008年、232冊目。奥田英朗『オリンピックの身代金』

なかなか歯ごたえのある作品でした。

決してつまらないわけじゃないし、ひっかかるわけではないんですが、情報量が多いんでしょうか、読み終えるのに時間がかかった作品です。

タイトル通り、(東京)オリンピック妨害を材料にした脅迫事件の行方を描く作品です。

 

東京オリンピック開催を間近に控えた8月、オリンピック最高警備本部の幕僚長を務める須賀修二郎宅で爆発事故が発生し、その翌週の土曜日には中野にある警察学校でも爆発が生じた。

小生 東京オリンピックのカイサイをボウガイします

近日中にそれが可能なことをショウメイします ヨウキュウは後日追って連絡します 草加次郎

事前に警視総監宛に届いた封書にはこれらの事件が予告されていた。差出人は前年まで世間を騒がせた爆破事件の犯人草加次郎

捜査本部は警視庁公安部におかれ、刑事部は助っ人として入ることを求められたが、公安部と刑事部でソリが合うはずもなく、互いに情報を隠匿し、連携はうまくいかない。

落合昌夫警部補も同じ捜査一課五係の係長宮下大吉警部、森”タンクロー”拓朗警部補、沢野久夫巡査部長、仁井”ニール”薫警部補、倉橋哲夫巡査部長、岩村らとともに半蔵門会館に設置された捜査本部へ出頭し、地取り捜査の任にあたった。

間もなく予告状に使われた活字から捜査線上に浮かんだのは東大大学院浜野研究室の島崎国男である。

 

7月。島崎は兄初男の遺体に対面していた。

秋田の熊沢村から出稼ぎで東京に出ていた初男は出稼ぎ先の飯場で心臓麻痺で死んだのだ。実家の家族からの連絡を受けて飯場に出向いた島崎は、秋田からの出稼ぎ労働者の斡旋を行う山新興業社長山田の案内で初男に対面し、火葬を済ませた。

遺骨を秋田に運ぶ途中、列車内で知り合ったのはスリ常習犯、前科八犯の村田留吉。スリとして捕まり、駅員室に拘束されていた村田が逃走するのを島崎は見逃す。

1年半ぶりの帰郷で、あらためて島崎は熊沢村(地方)の貧しさ、逆に東京の繁栄を、そして社会の格差を思い知らされる。

東京に戻った島崎は社会の格差を再認識するにつけ、プロレタリアートの側にたって行動することを思い立つ。

兄の弔いの一つとして山新興業で働くことを決めた島崎は羽田の飯場に住み込む。東大生が飯場で働くことに面食らう山田だったが、人手不足の折ということもあり、島崎を受け入れたのだ。

慣れない肉体労働に島崎は音を上げそうになるが、同郷の塩野米村の励ましもあって、少しずつ仕事にも慣れていく。

島崎は現場を見聞き、体験するにつけ、劣悪な労働条件や、親会社等とは異なる差別的な扱いに、厳然と”労働者階級”という差別された階層が存在することを確信する。しかし、マルクスが語るように、日本の労働者階級の怒りは階級闘争へ向かうことなく、諦念に満ちていることを知って驚くのだった。

現場の疲労を紛らす手段として常用されていたヒロポン(覚醒剤)も島崎は経験の一つとして手を出した。摂取中に死亡した労働者矢島定吉への山田らの対応をきっかけに、島崎は兄初男もまた、ヒロポンの過剰摂取が原因で死亡したことを知る。

矢島の遺骨を受け取りに来た妻の応対をするうち、地方と東京の格差を再度思い知らされた島崎は労働者階級を搾取する国という装置と戦うことを決意する。

東京だけが富と繁栄を享受するなんて、断じて許されないことです。誰かがそれを阻止しなければならない。ぼくに革命を起こす力はありませんが、それでも一矢報いるぐらいのことはできると思います。オリンピック開催を口実に、東京はますます特権的になろうとしています。それを黙って見ているわけにはいかない

仕事の過程で知った六郷土手の北野火薬からダイナマイトを12本盗み出すことに成功した島崎は標的をオリンピックに絞った。

新聞で最高警備本部の幕僚長が東大の同級生須賀忠の父親であることを知った島崎の住所を調べ、時限発火装置を付けたダイナマイト1本を須賀邸に仕掛けたのだ。

オリンピックを前にして事件を隠蔽しようとする国(警察)の姿勢の狡猾さを嘲笑した島崎は更に、中野の警察学校へ2本のダイナマイトを仕掛けた。

 

次にターゲットにしたのは間もなく開通しようとするモノレールの橋脚である。爆発による死傷者を避けようとする島崎は再会した村田に助力を求め、盗み出した小舟で運河に立てられた橋脚にダイナマイトを貼り付け、破損させる。

同日、8月までの給与を受け取りに飯場に出向いた島崎は、いかさま博打の負け1万6千円を要求する(やくざ崩れの)樋口米村とともに殺し、六郷土手に埋める。

 

一方、公安部と刑事部の情報連携の悪さから捜査は進捗していなかったが、落合は北野火薬への事情聴取の過程で、雑木林に埋められた樋口の死体を発見し、公安部に一矢を報いる。また、その後の爆発事件を契機に共犯者村田の姿も掴み、島崎へと迫る。

島崎から警視庁に届いたのは現金8千万円を要求する手紙。

取引場所である東京駅10番ホームには厳戒態勢が敷かれたが、大安吉日の当日、新婚カップルを見送る人々の群れの中、結婚式の引出物に偽装された身代金は村田によってすりかえられ、まんまと持ち出されようとする。

しかし、身代金事件とは別に、スリの常習犯としての村田に目を止めた上野署の刑事の誰何に、村田は仰天し、もみ合いとなる。尾行を続けていた落合は、これに割ってはいるのだが、危機を察知した島崎の目つぶしに合い、みすみす目の前の島崎村田を見逃してしまう。

東大内に潜伏する島崎を見かけた須賀忠の密告を受け、公安部中心に本郷構内が調べられるが、トロツキストサークル「世界史研究会」の手引きで逃げられてしまう。その後の潜伏先でも公安部は島崎の逃走を許す。

島崎は東京駅での失敗の報復に、警察庁長官と警視総監宛に爆発物を小包で送るが、これは爆発物処理班の手により解体され、爆発は免れる。

次回の身代金の受渡は10月10日、オリンピック開会式の日に決まった。午後2時、神宮プール前での受渡しだ。

8万人の群集を前に警戒態勢を怠らない刑事たちだったが、虚無僧に扮した島崎にまんまと明治公園内に入り込まれてしまう。

選手入場も始まった午後2時、村田は神宮プール前で落合から8000万円の詰まったリュックを受け取る。後を追う落合らだったが、選手団の送迎バスの群れのなかで見失ってしまった。

 

時点がいったりきたりで、少々疲れるような感じです。

事件が発生してから、過去の島崎の動向が語られ、また、先の事件に戻るという具合に、なかなか落ち着きません。最後にいくに従って、現在と過去の時点の時間差が少なくなって、最後には合と島崎の現在が重なり合うという趣向になっています。

ただ、これが効果的だったのかどうか、どうもよくわかりません。敢えて、こんな形にしなくとも楽しめたのではなかったかと思ってしまいます。

ストーリー自体は面白いのですが、事件はいきあたりばったりの感があり、よくも成功できるものだという気すらします。ただし、ストーリーの根底にあるのは、格差を直視する島崎の視線なので、暗く、重苦しい雰囲気が全編に漂います。格差解消のために、一人気を吐きながらも、誰もがオリンピックに協力的で、島崎を批判するという孤独感も更に作品の暗さに輪をかけます。

一方で、登場人物は多すぎじゃないでしょうか。

当時の風俗の解説のために据えられたのか、須賀忠小林良子は特に登場しなくても作品には何ら影響しないでしょう。逆に、時折差し込まれる彼らの視線が話の流れを損なっている感すら受けます。その意味で、須賀忠との関係で登場の出番の多い公安部の矢野も同様です。

捜査一課の五係の面々も名前を振られたわりには、落合とチームを組む岩村仁井のほかはあまりぱっとした活躍はなかったですね。

結局のところ、つきつめると、島崎落合の構図が骨格にあって、そこにゴテゴテと足し合わせていった結果、構成が複雑になり、読みにくくさせているのかもしれません。

最後の方での、村田の自白や落合の娘誕生などは、ちょっと予定調和的で、それまでの雰囲気と異なった感じです。

加えて、ラストは須賀忠小林良子が締めるのですが、これが中途半端で落ち着きが悪いですね。結局、島崎はどうなったんでしょうか。それに対する落合の感想はどうだったんでしょうか。

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:☆☆☆☆

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『うそうそ』 畠中恵

Usouso 2008年、231冊目。畠中恵『うそうそ』

『しゃばけ』シリーズ第5弾。

今回は『しゃばけ』以来の長編です。

前作『おまけのこ』鳴家が冒険したかと思えば、今回は若だんなまで大冒険、大活劇です。

とうとう江戸の街を離れて、箱根まで湯治に出るというのだから大したものです。

 

最近、地震が多い。大きな地震で、落ちてきたギヤマンの虫籠を頭に受けて傷を負った若だんなを両親が見舞う。

寝たり起きたりの若だんなを心配したおたえは突然、若だんなの湯治を提案した。庭の稲荷神に伺いをたてたところ神託が出たのだというのだ。

渋る仁吉佐助だったが、必死の若だんなの願いに二人は折れた。

湯治場は箱根。店の横から舟に乗り、常盤丸に移して小田原までは海路。そこからは駕籠での旅路だ。

旅には仁吉佐助のほか兄松之助も同行することになった。

生まれて初めての旅姿で、両親や店の者達の見送りを受けながら、若だんな達4人は、京橋近くから舟に乗った。

常盤丸に乗り移るあたりから、仁吉佐助の様子がおかしい。若だんなから離れて二人で話をしているのだ。

常盤丸で烏に襲われた若だんなだったが、ここで仁吉佐助がいないことに気付く。船頭に探してもらうが乗っていない様子なのだ。

予定通り小田原に着いた若だんな松之助だったが、ここにも仁吉佐助の姿はなかった。

更に、荷物を運ぶために雇った人足に荷物を奪われそうになった挙句、雲助にも声をかけられる始末と、前途に暗雲が漂う。

雲助の法外な要求を受け入れた若だんなはとりあえず雲助の駕籠で塔之沢の”一の湯”に向かう。

辿り着いた旅籠で横になっていた若だんなだったが、闇の中、突然部屋に踏み込んできた男に攫われてしまう。物音に気付いた松之助も賊に飛びつくが敵せず、ともにつかまってしまう。

一の湯へ運んできた雲助の山駕籠に乗り、箱根宿へ運ばれる若だんな松之助

人攫いの首謀者は侍二人(勝之進孫右衛門)。雲助は侍に依頼されただけのようであった。

勝之進の仕官する小藩の存亡が一鉢の珍らかな朝顔にかかっており、この誘拐は若だんなの有する朝顔の種を手にいれるための所業だった。

雲助の頭目格の一人新龍は箱根宿への道中、若だんなに箱根に伝わる伝説を語ってきかせた。

かつて龍神を鎮めるため、山神の娘比女を人柱にしようとした人々がいたことを。これに怒った山神は神山を震わせ、芦ノ湖を半分埋めてしまった。娘はその後、姫神となったのだという。

箱根への山道の途中、一行を襲ったのは天狗たちだった。次々と一行が倒される中、若だんなを救ったのは行方知れずだった佐助である。

しかし、多勢に無勢。若だんなから天狗を引き離すべく、自ら囮となって佐助は一行から離れていった。

負傷者は多く、孫右衛門松之助の怪我は重く、二人を駕籠に乗せ、若だんなは山道を歩くことになった。

崖下をながめていた若だんなは一人の少女が立っているのに気付く。若だんなに気付くと少女は若だんなに団栗を投げつけてきた。その向こうに仁吉のいることに気付いた若だんなは、仁吉に気をとられるあまり、足を滑らせ、崖から落ちてしまう。

熊野権現の境内にある東光庵薬師堂で、気がついた若だんな仁吉から事情を聞かされた。

若だんなの祖母おぎんこと大妖皮衣おたえを通じて誘った箱根の湯治のことを知った荼枳尼天は箱根の山神にも話を伝えていた。

しかし、山神の娘比女若だんなが来ることを嫌がり、山神とも口をきかなくなってしまったのだ。機嫌を悪くした山神は地を揺らし遥か深いところから吼えている。

心配になった姫神比女)の守り役である天狗の蒼天坊若だんなを嫌う理由を比女から聞き出そうとしたものの、逆に蒼天坊比女から嫌いだと言われ、傷つく。ここに至り、蒼天坊若だんなのことに怒りだしてしまう。

事情を知った山神皮衣はそれぞれ旅に出た若だんなの一行に使者を発したのだ。

佃島の湊で常盤丸に乗り込もうとしていた仁吉皮衣のお使い狐白狐山神御使(天狗)を迎えて、事情を知らされたのだ。

若だんな山神のもとに寄こせという強硬な天狗の態度に、仁吉は話を収めるべく、若だんなと離れ、一人箱根へ向かった。箱根についた仁吉比女に会えたのだが、とにかく無言。なぜ、若だんなを嫌うのか全くわからないままだった。

若だんなの目の前にいる少女こそが比女だった。

無言で団栗を投げつける少女に若だんな鳴家をけしかけた。

鳴家のくすぐり攻撃に耐えかねた比女は初めて声を出した。

父神も人も怖れ、自分に自信も持てない比女姫神と祀り上げられても、不安が募るばかり。その一方で皮衣の孫である若だんなが大層出来がよいと知らされ、若だんなに嫉妬したのだ。

若だんなと同行するうちに、比女若だんなへの嫉妬もおさまってくるのだが、不安感は拭えない。

一方で、若だんなを狙う蒼天坊ら天狗たちは箱根宿の人々を扇動し、人身御供とすべく若だんなを探させた。

また、だまし討ちにあった佐助蒼天坊らの手にあった。

箱根宿の人々に追われ、佐助を人質に呼び出された若だんなは、仁吉と二人、約束の場所へ向かった。

 

長編ということで、なかなか波乱万丈で面白かった。

ちゃんと、これまでのキャラクターは役柄に沿った動きをしていますし、今回登場のキャラクターも飽きさせません。

無論、勝之進孫右衛門と、今回こっきりの登場としか思えない雑魚キャラは勿論のように情けない設定です。裏切り、卑怯、自分本位とまぁ、蔑まれるだろうというような属性をひっさげて、退場の仕様もお笑い種です。ただ、最後は恵まれたかも、っていう余韻を残すところはちょっと違和感が残りますが、絶対的な悪人を設定しないところが『しゃばけ』シリーズの味なのかもしれません。

比女というキャラクターも千年の齢を重ねながらというには、非常に幼いままですが、それが最後に成長へのきっかけをつかむということで、今回の話は若だんなの冒険活劇という様相とともに、比女の成長譚の趣きも持った話といえそうです。

さて、謎の男新龍も良いですね。

はっきりとした物言いをする男で、松之助仁吉佐助と似通ってくるにつけ、貴重な存在となっています。まだまだ謎を持っていそうな男で再登場を期待したいキャラクターです。

ストーリー自体もいくつかの要素をうまく按配しながら進められていきますので、(ちょっと情報過多かなと思わないではありませんが)テンポよく楽しんで読み進めることができました。

今回の件、仁吉佐助がそれぞれをどう評価したのか。そのあたりがちょっと物足らない感はありましたが、総じて楽しく読める作品でした。

次作は『ちんぷんかん』ですね。

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:★★★☆☆

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『おまけのこ』 畠中恵

Omake 2008年、230冊目。畠中恵『おまけのこ』

『しゃばけ』シリーズ第4弾です。

今回も前作に引き続き短編集。

前作までにも仁吉佐助といった若だんなを取り巻く脇役を中心に据えた作品がありましたが、今回は屏風のぞき鳴家までが大活躍です。

特に表題作「おまけのこ」は副題として「鳴家の大冒険」とでもつけたいような、活躍を演じます。

 

こわい

狐者異は妖だが、人ばかりでなく、妖からも厭われる存在。

彼にかかわった者を不幸にするからだ。

 

いつものように寝込んでいた若だんなを見舞った栄吉が差し出した饅頭は”気合いの入ったもの”。あまりの不味さに咽て咳き込んだ若だんなの口から饅頭は転がり出た。

吐き出すことは、ないんじゃないかい?

若だんなを問い詰める栄吉若だんなは渋りながらも「不味かった」ことを告げ、喧嘩になってしまった。

それから、これを後悔することしきりのだんなは独り言を漏らす。

ああ、いっそ手妻のように、菓子作りの腕が上がるまじないでも、ないかしらね

これに答えたのは庭に来ていた狐者異である。

天狗の三郎坊から手に入れた薬には職人の腕を上げる効用があるというのだ。

これを聞いていたのは若だんなだけではなかった。

日限の親分、左官の力蔵、植木職人の万作

それぞれが、狐者異の持つ一服の薬が欲しいといいだす。

この人気に狐者異は嬉しそうに一つの条件を出した。

おいらにも欲しいものがある。そいつを言い当てて、望みを叶えてくれた者に薬をわたすよ

仁吉は止めるが、三人は聞く耳を持たなかった。

 

畳紙

於りんを連れて若だんなの見舞いに訪れた紅白粉問屋の孫娘お雛だったが、一つの鬱屈を抱えていた。お雛の厚化粧についてだ。お雛の鬱屈に気付いた病床の若だんなは理由を尋るが、お雛には答えられなかった。

鳴家と遊び駆け回っていた於りんは屏風に躓いた拍子に若だんなのうえに落下し、更に若だんなの病状は悪化してしまう。

早々に退散したお雛だったが、慌てて長崎屋を出るなか、於りんが見覚えの無い印籠を握り締めていることに気付いた。

翌日、長崎屋へ返しに行くことにして、家に持ち帰ったお雛だったが、その夜、寝床の横に男が立つのに気がついた。

印籠の持ち主である屏風のぞきである。

夢だと勘違いしたお雛は誰にも語れなかった悩みを屏風のぞきに打ち明ける。

 

動く影

若だんな一太郎が5つの春。仁吉佐助が長崎屋に来る前、鳴家屏風のぞきらも一太郎と言葉を交わす前の話だ。

日本橋に飛縁馬と呼ばれる妖が出たとの噂があった。気にした通町の町衆は広徳寺に相談にいったが、その会の最中、広徳寺秘蔵の”鏡”が盗まれてしまった。

 

一太郎のところへやってきたのは三春屋の栄吉お春の兄妹。

しかし、お春は浮かない顔。栄吉が語るには、お春は障子に勝手に動き回るおかしな影を見て怯えているというのだ。

大人たちは知らないが、町の子どもらには有名な噂があった。障子の中の動く影は子どもを障子の中に引きずり込んでしまうというのだ。

半信半疑の若だんなだったが、お春の後ろの障子に確かに動く影を見つけてしまう。振り返った兄妹も目撃するが、動く影は見つかると逃げ消え去ってしまった。

栄吉は子どもらを脅かす「動く影」を探して退治するのだと息巻く。そんな栄吉若だんなは助力を申し出るのだった。

 

ありんすこく

ねえ仁吉、佐助、私はこの月の終わりに、吉原の禿を足抜けさせて、一緒に逃げることにしたよ

熱にうかされた若だんながうわごとを言っているのだと疑う仁吉佐助だったが、そうでないことを知った仁吉たちは話の裏に長崎屋主人藤兵衛の存在があることに気付いた。

早速、花魁花岡の名を脅しの材料として藤兵衛を吊るし上げた仁吉佐助藤兵衛の口から真相を引き出す。

今回の足抜け話の首謀者は、藤兵衛の奉公人時代からの友でもある吉原の多摩屋楼主春蔵だった。

花魁の病の傍らに、医者の診察を受けた禿かえでだったが、医者からは、「心臓が悪く、遊女になれば早死にする」ことを告げられる。わが子同然のかえでの苦境に春蔵かえでを吉原から出したいと願うのだったが、それは出来ない相談。吉原の決まりでかえでは廓からは出られないのだ。

若だんなの気慰みにと、藤兵衛若だんなを初めて吉原へ連れ出したが、若だんなはそこでかえでの事情を知る。

投扇興で若だんなに勝ったかえで若だんなにねだったのは、吉原の出入り許可証である『切手』だった。

 

おまけのこ

天城屋主人が嫁ぐ娘おふさのために贈る櫛に飾る大粒の真珠を用命を受けた長崎屋では、主人藤兵衛若だんなが居間で天城屋に品を納めていた。

若だんなに菓子をねだろうと居間に赴いた鳴家はそこで、”月の光を丸く小さく固めたような””白くて、ふわりと柔らかく光っている”「月の玉」を目にする。

この月の玉に心を奪われる鳴家を懐に入れた若だんなは小さく叱るとともに、懐紙に包んだ菓子『月と兎』を鳴家に渡して離れに戻るよう命じる。

『月と兎』を「月の玉」だと勘違いした鳴家は意気揚々と離れに戻ったが、横から手を出した屏風のぞきに早速『月と兎』を齧られてしまう。

抗議する鳴家を見下すような屏風のぞきの態度に泣きそうになった鳴家は再度、「月の玉」を求めて居間へ戻った。

しかし、鳴家が居間に辿りつくまえに居間から出てきた男があった。天城屋が同道した櫛職人八介である。

八介をつけた鳴家は、中庭の片隅で何者かに八介が殴り倒されるのを目撃する。咄嗟に、八介が取り落とした「月の玉」の入った小袋を手にした鳴家だったが・・・。

 

五編あるうちでは、やはり「おまけのこ」が良かったでしょうか。いつも、その他大勢の鳴家の一人(一匹)が彼らにとっての大冒険をこなすというストーリー。非常に微笑ましく、結末も非常に良いものになっています。

屏風のぞきの活躍する「畳紙」もよいですね。とはいっても、いつもの通り屏風のぞき自身が何らかのことをするわけではないんですが・・・。いつも他人事のような口調の屏風のぞきですが、印籠が戻ってからも最後までお雛の悩みに付き合うのですから、なかなかこれまでとは違った屏風のぞきの印象を受ける話になっています。次回からはお雛は薄化粧になっているんでしょうか?

この二編に比べると、残り三編はちょっと落ちるかもしれません。

特に「動く影」は、語り始めの時点が「現在(?)」でありながら、すぐ回想に入って、回想のまま終わってしまっているので少し、気持ちが悪いですね。現在時点の”動く影”こと影女についての言及がなく、話が終わっているために中途半端な感が否めません。

ありんすこく」も出だしの若だんなの台詞に比較すると、全体のストーリーが平凡(というわけではないにしても、普通)で、なんだか肩透かしを食ったような印象になっています。せっかく、あんな(ハッタリ染みた)台詞で興味をかきたてるんですから、それに見合ったストーリーが欲しかったところですね。

さて、次回は『うそうそ』です。

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:★★★☆☆

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『アコギなのかリッパなのか』 畠中恵

Akogi 2008年、229冊目。畠中恵『アコギなのかリッパなのか』

ちょっと設定が「こんな立場ってあるのかな?」と不思議に思ってしまうという難点はありますが、そのあたりさえ割り切ってしまえば楽しめる作品になっています。

元大物政治家のもとに持ち込まれる困り事、謎を解決にしていくというストーリーで、(謎解きの要素は殆どないものの)小気味良いテンポで話は進みます。

困り事を扱う5つの短編の前・後に大堂剛の秘書小原和博の選挙戦がおかれています。

 

佐倉聖は、地味で(?)真面目な(?)事務員であった。少なくとも本人は、そう認識している。まだ、21歳で、時々学生に化けることもある。

元大物国会議員であり、政治家集団『風神雷神会』会長でもある大堂剛が持つ、『アキラ』という妙な名前の事務所に勤務している。中学生の弟を養っている身なので、日々地道に働いていた。

ただ実際には事務仕事をしている時間など、ほとんど無かった。大概は大堂のために雑用をし、料理を作り、暇つぶしの相手をしている。要するに、国会議員を引退した暇なオヤジのお守りをするのが、の役目なのだ。

最近は他に、『風神雷神会』関連の仕事もやらされている。若手政治家集団『風神雷神会』の大堂門下生達は、会長に金はせびらないが、困り事が起きると泣きついてくる。その度に後始末に駆り出されるのは、大堂の秘書達と事務所の下っ端、だった。

 

開会 政治家事務所の一日

佐倉聖は次期都議会議員選挙に立候補予定の小原和博の事務所へ手伝いに来ている。

小原は長年大堂剛の秘書を務めてきた人物。も顔見知りだ。

選挙は気力、体力、時の運!ほれ、頑張って

泣き言をいう小原は叱咤する。

 

案件の一 五色の猫

県議会議員大石梨花が持ち込んできたのは、有力後援者宅で起こるミステリー。

飼っている猫の毛の色が時々変わるというのだ。

臨時ボーナスをエサに大堂に謎の解決を命じた。

 

案件の二 白い背広

佐倉聖は、加納というピカピカの国会議員様が嫌いだった。

大堂が命じたのは、加納のお供をしての選挙地盤での雑用だ。

加納の後援会幹部の有田が何者かに頭を殴られて入院した。有田が怪我をしたことで、後援会内で角突き合わせていた馬場に疑いがかかり、後援会が揺れているというのだ。

早速聴き込みを始めただったが・・・。

 

案件の三 月下の青

大堂門下生小島沙夜子議員の秘書酒井が、議員に寄付された絵を持ったまま、新興宗教団体「加田の会」に入信してしまった。

大堂が命じたのは、小島の秘書真木瞳とともに「加田の会」に乗り込み、『月下の青』というタイトルのリトグラフを取り返すことだ。

「加田の会」に程近い長野にある小島議員の別荘へ真木と詰めたはあまりにもズボラな真木に驚く。

 

案件の四 商店街の赤信号

区議会議員菊田智彦の選挙応援に来たは、いきなり夫婦喧嘩に巻き込まれる。

にファイルと薬缶を投げつけたのは、ボランティアで選挙事務所に詰める商店街の跡継ぎ勉強会のメンバー竹本兼人の妻奈美子である。

竹本の糖尿病を気にする奈美子竹本にダイエットを強いていたが、ボランティアに参加するようになって、竹本がまた太りだしたというのだ。竹本が選挙事務所で間食をしているに違いないと睨んで、美奈子は事務所へ乗り込んできた。

商店街の婦人会をまとめ、美奈子菊田に圧力をかけるのだった。

 

案件の五 親父とオヤジとピンクの便せん

ある日の朝、佐倉聖の心臓は五秒ほど止まった。

ずっと行方知れずだった父親が目の前に立っていたのだ。そんな父親を腹違いの弟は自然に受け入れる。

戸惑うは早々に家を出るが、心は千々に乱れた。

事務所に出た大堂が命じたのは『風神雷神会』のインターンシップに応募してきた学生、多田東山の面倒を見ることだった。

 

閉会 選挙速報と小原和博

都議会議員選挙の投票が行われた。

場数を踏んだは当落の見極めをつけるのがうまくなっていたが、今回ばかりはわからない。

当選するか落選となるか、小原はギリギリのところにいるのだ。

神経質になる小原に噛み付き、殴り合いの喧嘩になってしまう。

 

政治家を扱う作品というと得手して汚職をテーマにするようなものが多いですが、この作品では大変な仕事に従事する人々という視線で扱っています。

よくある作品のように政治家に憧れるのではなく、主人公のは面倒な政治家を嫌がり、一般のサラリーマンになることを目標とするのも一風変わっていて面白いですね。

大堂剛を後継として育成しようとしているのは明々白々でありながら、それに気づくことなくわが道をいっているところも良いのでしょう。

登場する元大物国会議員大堂剛については、宝塚ファンのセクハラオヤジということで、マンガのようです。そういった意味では、こんな政治家いないよ、と言いたくはなりますが、小説のキャラクターとしてみれば非常に茶目っ気のある楽しいキャラクターです。

加納小島大堂沙夜子真木瞳もそうですね。

もうちょっと、この三人にはご活躍いただきたいところでした。

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:★★★☆☆

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『ふたつめの月』 近藤史恵

Futatsumenotsuki 2008年、228冊目。近藤史恵『ふたつめの月』

あっさり、程よい話です。

全くの悪人が不在で、気持ちよく読み進められます。

 

第一話 たったひとつの後悔

七瀬久里子は2カ月前、服飾雑貨の輸入会社、有限会社「ベルスール」に正式に就職した。

1年前から契約社員として働いてきた久里子を認めた部長のから正社員契約が切り出されたのだ。

大喜びで承知した久里子だったが、喜びもつかのま、1週間前に上司の木村から突然解雇を告げられたのだ。

七瀬さん、申し訳ないけど、明日からこなくていいから

途方に暮れる久里子は両親にも言い出せず、日中は図書館で時間をつぶす毎日だ。

友達以上彼氏未満のような弓田譲は調理師の勉強のためイタリアのナポリに行ってしまい、相談する相手もない。

そんな久里子が飼い犬のアンとトモの散歩の途中に出合ったのが赤坂老人だった。

芥子色の時代遅れのチューリップハットに、白い薄汚れたコート、雨でもないのに傘を持って、ポケットに新聞がねじ込んであるのは昔と同じ。

 

街で偶然あった会社の同僚尾沢は、勝手に辞めた久里子に(久里子を正社員に推薦した)部長が怒っていると告げた。

なぜ、解雇された久里子が怒られるのか?久里子は呆然として立ち尽くしてしまう。

久里子に相談された赤坂久里子に告げた。

あなたは、なにかに巻き込まれたのだよ

 

第二話 パレードがやってくる

弓田譲が年末に一時帰国する。

久しぶりに会った久里子弓田の間には違和感のようなものが流れ、久里子の不安は募る。

イブではなく、クリスマスに家に呼ばれた久里子はいそいそと出かけたが、そこで弓田が紹介したのは隣家の小園明日香

小柄で可愛い明日香の存在に打ちのめされる久里子だったが、そんな久里子弓田明日香の相談に乗ってやって欲しいと頼む。

実は今日、くりちゃんに、彼女に会ってもらいたくて呼んだんだ。なんていうか・・・いろいろ悩んでいるみたいなんだよ、あいつ。親ともうまくいってないし、高校を辞めてから友達もいないらしいし・・・。前は、俺にだったらいろいろ相談してくれてたけど、俺もずっとそばにいてやれないし、よけいに荒れているらしいんだ。だから、くりちゃんが彼女と仲良くなって、相談相手になってくれればいいと思ったなだけど・・・無理かな

 

第三話 ふたつめの月

久里子は蔵王書店で働きはじめる。必ずしもやりたい仕事ではなかったが・・・。

就職が決まった報告のため、久しぶりに赤坂に会いに行った久里子赤坂は祝う。

報告を終えて赤坂と別れた久里子は背後に急ブレーキの音を聞く。

反対車線の歩道に白いミニバンが乗り上げていた。ミニバンはバックして車道に戻ると、また走り出したが、乗り上げた歩道には芥子色のチューリップハット・・・。

赤坂が轢かれたのだ。

救急車で病院に運ばれた赤坂は命には別状なかったが、入院することになる。

病院へ見舞いに訪れた久里子赤坂は一つ奇妙な願いをする。

歩道橋の街灯の一つを壊して欲しいというのだ。

一方、事故の目撃者である久里子に警察は事故の事情聴取をするが、それだけでは済まなかった。

かつて久里子赤坂が係わった誘拐事件を担当した刑事石坂が、久里子のもとを訪れたのだ。

赤坂を詐欺師と疑う石坂は、今回の事故は殺人未遂だという。

近隣で発生する窃盗団内の仲間割れだというのだ。

 

第一話の解雇は全くの不当解雇でしかないので、きっと本当なら復職も可能なんでしょうね。でも、そうしないところが、主人公久里子の良さなんでしょうか。

弓田とのことにしても、あまり突き詰めることなく、緩く生きているような感じがしてなりません。

それに応対する弓田にしても茫洋としていて、久里子と似た感じで、似たものカップルというところでしょうか。

謎めいた存在の赤坂はなかなか存在感がありますね。

赤坂が登場するたび、どんな展開、どんな推理が提示されるのか非常に期待を持たされます。

しかし、この話って、前作があるんでしょうか?

久里子赤坂がかつて係わった誘拐事件って・・・。

あるのなら、ちょっと読んでみたいですね。

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:★★★☆☆

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『cc: カーボンコピー』 幸田真音

Cc 2008年、227冊目。幸田真音『cc: カーボンコピー』

何だか中途半端な作品でした。

たくさんのことを盛り込もうとして結局失敗したようです。登場人物も今ひとつ捉えどころがないというか、魅力に欠けるようです。

 

山里香純は30歳にして勤めていた薬品メーカーを辞め、当時の常務取締役の紹介で、株式会社ナガサワ・アド・エージェンシーで働くこととなった。創業者永澤利憲の妻である副社長みちの薫陶のもと”アカウント・エグゼクティブ”として成長する香純は、上司でもあった、みちの息子一憲と結婚する。

しかし、無口な一憲との結婚は意思の疎通に乏しく、6年半にして破綻するが、香純みちの勧めもあってナガサワ・アド・エージェンシーに顧客担当次長として残った。

それから3年。41歳になった香純は担当する極東生命広報部に懐かしい顔を見る。

広崎研吾、34歳。

かつて広報部に配属になって、右も左もわからない研吾に広告宣伝担当者としての基本を教育したのは香純だった。その後、経営企画部へ異動となった研吾だったが、2007年4月、広報部へ課長代理として戻ってきたのだ。

かつて一憲との離婚に際して、一度関係をもったことのある研吾は馴れ馴れしく香純に迫り、香純もビジネスチャンスとして研吾との関係を温める。

研吾を利用してビジネスを掴もうとする香純研吾に一つの広告案を提示する。

世間で批判を浴びる生命保険会社の不払い問題についてのお詫び広告のコンセプトである。

寝る間も惜しんで練り上げた香純の資料や、香純の振付けによって研吾は広報部長清水晃、営業推進本部長金子弘章を口説き落とすとともに、高い評価を受けたが、この広告案は(香純の期待に反して)コンペに付されることとなった。

憤る香純だったが、気を切り換えてコンペに臨む。必死の形相で臨む香純をアシスタントの川島祐介やデスクの井村博子が応援する。

結果的には、電商、貴報堂、創造広告社、ニッツー・エージェンシーを抑えて、ナガサワがこの5億円の案件を獲得する。

ナガサワの広告案はメインを電話番号とした落ち着いたもの。

極東保険の誠意を示すものとの研吾香純)の主張が通ったのだ。

広告の反響は大きく、当初は驚きの声だったコールセンターだったが、それはすぐに悲鳴に代わった。香純が注意したのにもかかわらず、要員の増強を怠ったのだ。

極東生命のコールセンターはすぐにパンク状態になった。

電話がつながらなくなると、(誠意をもった会社としての評価を狙ったはずが)逆に誠意を疑われ、極東生命はテレビや週刊誌にも取り上げられてしまう。

広告案を企画したことになっている研吾も針の筵。研吾は事態の収拾をはかることもなく、自身の対応の悪さは棚に上げ、早くも広報部から逃げる算段を考え始める。

しかし、この失敗の責任は広報部ではなく、コールセンターに押し付けられた。

そんなとき香純の元夫であり現社長一憲のもとに一通の脅迫状が寄せられた。

極東生命、クビ切り反対

 死ね、山里香純

一憲から脅迫状を示された香純には、偽名で送りつけられた脅迫状の差出人に見当はつかない。

名も知れぬ脅迫者に怯える香純に、永澤家の遠縁で元警察OBの森田は「仕事を続けること」を求めた。

香純を気遣う一憲に対して香純は毅然と仕事を続けることを主張する。

一憲には「極東生命」という名前から心配になることがあったのだ。

現在は認知症に陥った母みちの過去に極東生命が影を落としていたからだ。

 

結局、何が書きたかったんでしょうか。香純一憲の復縁話ですか?

最初は広告業界の専門用語の解説が多いので、広告業界を舞台にした話かと思えばそうでもない。では、主な事件を引き起こす生命保険業界のことを書きたいのかといえばそうでもない。むしろ生命保険会社でなくてもどこでもいい感じです。

ストーリー的にどうかといえば、ちょっと安易というか、あまりにも事件が馬鹿馬鹿しい。会社の対応もお粗末で、ここまで馬鹿ばっかりの会社はなかなかなさそうな気がしてしまい、リアリティに乏しく感じてしまいます。

伏線を敷いておきながら、結局使わなかったものもあり、このあたりも中途半端ですね。研吾香純が何度も念を押していた不払い数の再訂正って、結局使いませんでしたね。

また、みちの過去も結局、ストーリーの中では(香純一憲を近づける一つの材料ではありますが)殆ど意味をなしていません。

脅迫状の犯人も全く意外感がなく、犯人も動機もはじめから予想がついてしまいます。その意味ではミステリとしても大失敗です。

では、お粗末な会社員と、それへの勧善懲悪的な話かと思えばそうでもありません。特に極東生命の登場人物たちは非常にお粗末、愚劣な人物(という程でもない小物)ばかり。特にストーリーの中では重きをおかないはずが、それなりに登場回数も多く、戸惑います。研吾もせめてもうちょっと魅力的な存在であれば、逆転負けの美学とでもいうものもあったのでしょうが、これでは単に滑稽な男を笑いものにしているだけです。

周囲から礼賛されているようなみちにしても存在感に乏しく、魅力に欠けます。

登場していないからなのか具体性がなく、どうも「みち」や「利憲」に縛られている一憲香純という存在までもが、うそくさく感じてしまいます。

 

今回はちょっと失敗作でしたね。次回作に期待です。

お奨め度:★★☆☆☆

再読推奨:☆☆☆☆☆

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『ねこのばば』 畠中恵

Nekonobaba 2008年、226冊目。畠中恵『ねこのばば』

『しゃばけ』シリーズ第3弾です。

前作『ぬしさまへ』と同じく短編集です。

 

茶巾たまご

ご飯のおかわりを欲しがる若だんなに二人の手代たちは目を見張る。

手代たちに勧められた砂糖たっぷりの茶巾たまごを嫌々口にする若だんなだったが、「がちり」と口に残ったのは親指の先ほどもある金の粒だった。

小箪笥を買ったら、中から金子が出てきたりと妙に幸運が続く長崎屋だったが・・・。

 

花かんざし

久方ぶりに華やかな江戸広小路に外出をした若だんなのもとへ、妖たちは群れ集う。

野寺坊、獺、鈴彦姫、大禿、河童、ろくろっ首、・・・。飲み食いをする妖たちの中に、鳴家を掴んだ小さな女の子の姿があった。

若だんなの頼みにもかかわらず鳴家を離さない少女は於りんといった。

お家に帰っては駄目なの。於りんは帰らないの

帰ったら、於りんは殺されるんだって

 

ねこのばば

猫又おしろの知り合いの猫小丸は間もなく猫又にならんという歳経た猫。

可愛がってくれた主人を偲んでいただけの小丸だったが、家人は小丸を主人を呪い殺した猫又として上野の広徳寺の寛朝に預ける。

小丸を取り返しに広徳寺へ向かった若だんなに、寛朝は引き換えに広徳寺で起こった副寺広人の殺しの犯人探しと、松にぶら下がった色とりどりの巾着の謎をとくことを求めた。

 

産土

次々と取引先の大店が傾く中、主人は近在の店主とともに信心を始める。

信じる者のもとへは金子が寄せられるという奇妙な信心に眉をひそめる佐助は、若だんなが信心に参加することを戒める。

しかし、誰の仕業か銭箱の中には佐助の知らない金子が「鬼も仏も手づくねにして」との短冊とともに入っており、佐助の不審感は益々募る。

主人をつけた佐助は見世物小屋に辿り着くが、どこにも主人を謀るような似非神官や如何様坊主は見つからない。

 

たまやたまや

三春屋のお春の縁談が進む中、栄吉若だんなに頼む。若だんなに焦がれるお春を思いきらせて欲しいと。

お春若だんなから貰った大事な煙管を探し当てたら、嫁に行ってもいいと言うのだが、栄吉にも若だんなにも、そんな煙管に覚えはなかった。

若だんなは二人の手代には内緒で、お春の縁談の相手献残屋の松島屋に赴くと、周囲の人々に若主人庄蔵の評判について聞いてまわる。

そんなところへ通りかかった庄蔵は数人の武士に追われていた。あわてて追いかけた若だんなだったが、庄蔵のツレを間違えられた若だんなは木刀で頭を殴られ、庄蔵とともに捕まってしまう。

 

テンポ良く進む5作品で構成されています。

特筆するほど良いといった作品はありませんが、全般に面白く読める作品ばかりです。

産土」は途中から奇妙な感じに戸惑います。なかなか巧妙にミスリードさせる作品になっており、楽しめました。二人の手代のうちでは仁吉の方が存在感がありますが、佐助単独の作品も何となく物悲しくて良かったですね。

表題作「ねこのばば」は、やはり寛朝の魅力でしょうか。うーん、魅力というか、独特のアクのある男ですね。なかなか強かで、まだまだ活躍してくれそうです。

では、寛朝と並び評される東叡山寛永寺の寿真はどんな男なんでしょう。こちらも今後登場するんでしょうか。これまた楽しみですね。

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:★★★☆☆

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『ぬしさまへ』 畠中恵

Nushisamae 2008年、225冊目。畠中恵『ぬしさまへ』

『しゃばけ』シリーズ第2弾。

短編での構成、事件の主役(下手人)は人間というところが前作『しゃばけ』とは異なっていますが、引き続き小気味良いテンポで楽しめる作品となっています。

 

ぬしさまへ

臥せった若だんなの退屈しのぎに供せられたのは仁吉への付け文。

みみずの親戚ともおぼしきのたくった字の判読に若だんなはお手上げだ。

どうも差出人は”くめ”と読めそうだが、仁吉に思い当たる節はない。

呉服町の小間物商天野屋の一人娘おくめが殺された。

日限の親分仁吉に話を聞きに来るのだが・・・。

 

栄吉の菓子

大変だ!栄吉さんの作った菓子を食べた隠居が死んだ

下っぴき正吾若だんなに告げたのは驚くべき知らせ。

栄吉は番屋へ連れて行かれたという。

仁吉らはあの味に鑑みれば驚くには値しないというが、若だんな栄吉のために調査を開始した。

 

空のビードロ

桶屋東屋では飼い猫のおたまをはじめ、犬猫殺しが頻発している。

夜半に見つかった猫の惨殺死体には、20歳にして未だ小僧のままの松之助の手ぬぐいが結ばれていた。

おかみのお染松之助を下手人とみて責めあげるが、娘おりん松之助を庇う。

 

四布の布団

新調した若だんなの布団が泣く。

とりおさえようとする妖の面々だが、どうも犯人は妖ではない様子。

注文とは異なる布団の仕様に憤った仁吉は主人藤兵衛も伴い、布団を仕立てた繰綿問屋田原屋に乗り込んだ。癇癪もちの主人松次郎によって、大事になることをおそれた若だんなも同行する。

田原屋の手落ちであることに気付いた主人松次郎は青筋たてて、怒鳴り散らす。音に殴りつけられたように、若だんなは倒れ伏す。

布団を敷こうとした番頭だったが、隣の部屋の真ん中には男が一人、頭を血に染めて死んでいた。

 

仁吉の思い人

暑気あたりで食欲もなく、薬さえ一切受け付けようとしない若だんなに、佐助は「仁吉の失恋話」をエサに薬を飲ませることに成功する。

仁吉が渋々語りはじめたのは、千年前からの話。

仁吉の好きな相手は、やはり妖。平安の御世、人に混じり禁中で女房として暮らしていた、その人は吉野どのと呼ばれていた。

吉野を振り向かせたのは宮廷に仕える公達。男は吉野の正体を知っても気持ちを揺るがすことはなかった。

吉野に鈴を贈った男を吉野は「鈴君」と呼んだが、三十路にも届かぬうちに病で亡くなってしまう。

 

虹を見し事

一体皆、どこへ消えちまったんだい

身の回りの妖が一切いなくなって不審に思う若だんな

仁吉佐助もそっけなく、妖のことにも答えはない。まるで別人、並の人のようだった。

更に不思議な現象は続く。

水桶の中の月を掬えてしまったり、酒杯があるはずだと若だんなが言えば、ギヤマンが筵から転がり出てくる。

一方で、夜半若だんなを狙った剣呑な気配も・・・。

私は誰かの夢の中にいるんだね。

それが若だんなが出した結論だった。

 

全般には、ミステリー仕立ての作品が多いですが、ミステリーとしての出来不出来よりも雰囲気があって、それぞれ楽しめます。

前作では殆ど名前だけの登場だった若だんなの兄松之助も主役として登場する話もあります。(「空のビードロ」)

松之助は何だか健気でいいですね。長崎屋に奉公するようになってからのことも描かれますが、無事に溶け込めているようで安心です。

やはり、出だしが滑稽でいながら最後が物悲しい「栄吉の菓子」が今回の作品の中では一番良かったかもしれません。ちょっと九兵衛の死因は強引でミステリーとしてはお粗末な部類なんでしょうが、栄吉の心情を思いやるとき、切なくなる作品かもしれません。

最後の「虹を見し事」も悲しい話でしたが、これは話を捻りすぎかもしれません。非常にわかりにくかった。二つの事件(怪異)を一つにまとめてしまっているので、何がどうなっているのかわからなくて、ストレスを感じるほどです。

さて、次は『ねこのばば』です。

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:★★★☆☆

 

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『しゃばけ』 畠中恵

Syabake 2008年、224冊目。畠中恵『しゃばけ』

遅まきながら読み始めました。

『しゃばけ』シリーズの第一弾です。

人気があるのも、成程。確かに面白いですね。

 

一太郎は京橋近くにある大店廻船問屋兼薬種問屋長崎屋、主人藤兵衛、妻おたえの一粒種。一太郎は小さい頃から身体が弱く、臥せってばかりだ。

一太郎が十歳の頃、祖父伊三郎は二人の妖、佐助(妖:犬神)と仁吉(妖:白沢)を兄やとして一太郎につけた。伊三郎の祀る稲荷からの遣いだと伊三郎一太郎に告げた。

一太郎が第一。第二はないとでも言わんばかりに、藤兵衛おたえ佐助仁吉も大甘に一太郎を甘やかして育てる。この親馬鹿ぶりは世間でも評判だ。

そんな”若だんな太郎も十七歳になった。

 

ある夜、こっそり店を抜け出した若だんなは帰り道、昌平橋近くの聖堂前で人殺しに出くわす。妖”ふらり火”を呼んでなんとか助かった若だんなだったが、帰りついた店の前では佐助仁吉が渋い顔をして待っていた。

翌日、長崎屋に立ち寄った”日限の親分”こと岡っ引きの清七一太郎に昨晩の殺しについて語った。

殺されたのは大工の徳兵衛。(若だんなが見たときにはくっついていたはずの)徳兵衛の首はなぜか落とされていたのだという。

妖”野寺坊”と””は徳兵衛が仕事道具を失くしていたことを突き止めたが、事件に関係があるのかどうかはわからない。

日限の親分は下っぴきの正吾らを駆使して、現場から盗まれた大工道具がばらばらに古道具屋に売り飛ばされていることを調べた。なぜ、ばらばらに売り飛ばされたのか?

その頃、長崎屋にこっそりと、とある代物が運び込まれた。不老長寿の薬として珍重される「木乃伊」である。効果の程は眉唾物だが、非常に高価で取引されるものだった。

長崎屋を訪れた客は”特別な薬”、”命をあがなう薬”を求めた。あまりにも真剣、それでいて剣呑な客を見かねて、若だんな仁吉とともに、木乃伊の隠された蔵の地下室へ客を案内する。

しかし、客は取り出した木乃伊を手にすると、「違う!これじゃない!騙したな!」と仁吉の頭に殴りつけ、昏倒させる。この暗闇のなか、若だんなは客の正体に気付く。あのときの人殺しである。

出刃包丁をもって襲い掛かる人殺しだったが、若だんなは(妖”鳴家”の通報で)間一髪かけつけた佐助日限の親分に助けられた。

下手人は”ぼてふり”の長五郎。大工の徳兵衛の家の隣の長屋に住む男だった。

息子を大工にしたい長五郎徳兵衛に奉公を申し込んだが、断られた。この恨みから徳兵衛を殺したが、殺してしまったことに怯え、徳兵衛を蘇らせるための秘薬を求めて長崎屋に押しかけたのだという。

なぜか判然としないままに事件は終結したが、新たな人殺しが起こる。

またもや若だんなが黙って店を抜け出したところに、昌平橋近くで薬種屋が殺されたとの報が入る。若だんなの無事を確認するために長崎屋を訪ねた日限の親分だったが、店の者が総出で若だんなを探しているのを見て息を呑む。

事情を知っていると思しき、若だんなの幼なじみ三春屋の栄吉日限の親分仁吉とともに問い詰める。若だんなとの約束を守って黙っていた栄吉だったが、若だんなが殺された可能性があることを知り、告白する。

若だんなは兄松之助に会いにいったのだ。松之助は、かつて長崎屋の主人藤兵衛が外で生ませた子どもだが、おたえに嫌われて他所にやられていたのだ。子どもの頃に親類の無遠慮な言葉の中からそれを聞き知った若だんな栄吉に依頼して、松之助の行方を捜してもらっていた。先日来、店をこっそり抜け出していたのも、そのためだった。

殺されたのは若だんなではなく、薬種問屋西村屋の主人だった。

しかし、この殺しは先日の長崎屋の事件と似通っていたという。下手人は伊勢町に住む左官治助

治助は薬種屋に薬を求めたものの、印籠も紙入れも出した全て差し出した西村屋を刺していた。番屋の中でも治助は薬を求めているのだという。

仁吉に見つかり、店へ連れ戻された若だんなは珍しく藤兵衛に叱られる。特に、松之助との関りを持つことを厳に禁じられるのだった。

そんなところへ下っぴきの正吾が飛び込んでくる。

若だんなが殺されたかもしれない

また別の薬種屋が殺されたのだ。殺されたのは薬種屋天城屋。

この事件もまた薬を求める男の仕業だった。

続いて、柳屋の若主人も殺される。

全く異なる四人の下手人が同じような手口で薬種屋を狙うことに疑問を感じた若だんなは、閉じ込められた離れで謎を推理する。

裏には妖が関係しているのではないかと見た若だんな仁吉ら妖とともに解決する必要があるのではないかと考え出す。

長五郎に売りさばかれた大工道具の行方を探った妖は、墨壷がないこと、即ち、徳兵衛が失くしたとされていた大工道具が墨壷だという事実に辿り着いた。

年を経た凝った細工の墨壷は付喪神になる直前、徳兵衛から盗んだ長五郎の手で壊されていた。

これが原因ではないかとみた若だんなは妖に墨壷の行方を追わせたが、案の定、古道具屋で墨壷を買った男たちと下手人は重なっていた。

下手人を操ったのは墨壷の付喪神の「なりそこない」ではないかと推理した若だんなだったが、「なりそこない」が何を探しているのかまではわからなかった。佐助仁吉には思い当たる節があったが、それは若だんなには話せない秘密だ。

一方、松之助が奉公先で困窮していることを知った若だんな栄吉に書き付けと金を渡し、松之助へ届けさせた。しかし、松之助のところへ急ぐ途中、栄吉は何者かに襲われる。

このことで若だんなは自身が狙われているのではないかと気付いた。

若だんな佐助仁吉を問い詰めるところへ、佐助仁吉が隠す秘密を語る妖が現れた。見越入道である。

見越入道が語ったのは若だんなが予想もしなかった事実だった。

死んだとされた祖母おぎんは齢三千年の大妖”皮衣”だったのだ。

最初の子を失くした娘おたえの必死の望みを叶えるため、おぎんは”神”である荼枳尼天に仕えることと引き換えに、死者の魂を蘇らせる秘薬「返魂香」を手に入れた。こうして生まれたのが”若だんな一太郎である。

なりそこない」は若だんなに残る返魂香の残り香を追っていたのである。

佐助仁吉は間もなく消えてなくなるであろう「なりそこない」と対決するのを避けて店に閉じこもることを若だんなに勧めるが、自身のために多くの犠牲者を出し、またこれからも出すことを考えた若だんなは「なりそこない」と対決する道を選ぶ。

ここで初めて見越入道は真意を告げる。

見越入道は祖母皮衣の依頼を受け、人の世に災いを運ぶ若だんなを人の世から連れ出しに来たのだ。佐助仁吉の勧め通り、若だんなが今後も世に災いが降りかかるのを放置するのであれば、人の世から切り離して、皮衣のもとへ連れて行くつもりだった。

命拾いをした若だんなだったが、これで「なりそこない」との対決は避けられなくなった。佐助仁吉も危うく若だんなをこの世から放逐する可能性があったことを知り、覚悟を決めた。

若だんなは作戦をたてた。広徳寺の寛朝から”妖封じの護符”を、東叡山の寿真から”守り刀”をあわせて70両で買った若だんなは「なりそこない」を誘き出す計画だ。

しかし、「なりそこない」は先手を打った。

逆に、兄松之助の奉公先に火をつけた「なりそこない」は若だんなを誘き出したのだ。

 

妖が妖らしくないんですね。

犬神白沢も本当に人間らしいというか、商人らしく、あまり超然としたところは見えません。

その他の妖たちが酒や菓子に群れ集う様子も、他愛ない人間然としてコミカルです。

鳴家は何となく万城目学『鴨川ホルモー』のオニを彷彿とさせるものがあります。

三春屋の栄吉もなかなか捨てがたい。

彼が、というよりも、彼の作る菓子が、といった方がいいでしょうか。

ここまで酷評される菓子(餡)とは一体いかなるものか、彼の腕はあがっていくのか、今後も期待大です。

全般にストーリーのテンポも良く、だれることがありません。

それでいてしっかりボリュームもあって堪能させていただきました。

次は短編集『ぬしさまへ』です。

お奨め度:★★★★

再読推奨:★★★☆☆

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『永遠の0』 百田尚樹

Eien 2008年、223冊目。百田尚樹『永遠の0』

特攻隊の話です。

当然のように、特攻を前にして涙を誘う話ではありますが、むしろ、それまでの姿勢が胸をうちます。

苦しく、抑圧的な戦争の中で同境遇の兵士達とのあいだに友情を築いて・・・、といった話が多い中で、「生き残る」と願い、公言することで孤高を保つ男の話は珍しく、その生き方に目を惹かれます。

 

司法試験浪人を続ける佐伯健太郎(26)はジャーナリスト志望の姉慶子(30)からアルバイトを持ちかけられる。

実は祖父のことを調べたいのよ

彼らの祖母松乃は最初の夫を戦争で失っていた。夫は特攻隊で死んだのだ。結婚生活は短かったが、その間に生まれた子どもが彼らの母清子だった。祖母は戦後再婚し、叔父たちが生まれた。

来年迎える終戦60周年をテーマとした新聞社のプロジェクトのスタッフに入った慶子は、その予行演習として、6年前に死んだ祖母が語らなかった祖父のことを調べようと考えたのだ。

しかし、慶子の申し出を請けた健太郎に、新聞社の人間の受け売りと言いながらも慶子は「特攻隊はテロリストと同じ」と水を差す。

健太郎は厚生労働省に問い合わせ、実の祖父宮部久蔵の軍歴を調べた。

大正8年、東京生まれ。

昭和9年、海軍に入隊。

最初は海兵団に入り兵器員となり、次に飛行操縦練習生としてパイロットとなる。

昭和12年、支那事変に参加。

昭和16年、空母「赤城」に乗り真珠湾攻撃に参加。

南方の島々を転戦し、昭和20年に内地に戻る。

終戦の数日前、神風特別攻撃隊員として南西諸島沖で戦死。

この軍歴を埋めるため、厚生労働省から紹介された旧海軍関係者の集まり「水交会」を通じて確認した戦友会に、健太郎は手当たり次第に手紙を出した。

 

最初に連絡のとれたのは、ラバウルで同じくパイロットであった元海軍少尉長谷川梅男である。

奴は海軍航空隊一の臆病者だった。宮部久蔵は何よりも命を惜しむ男だった

戦争で左腕をなくした長谷川は開口一番、健太郎らに吐き捨てた。

戦場にあって「生きて帰りたい」と公言する宮部長谷川(当時は石岡)にとって唾棄すべき存在だったのだ。

健太郎慶子が初めて知る祖父の姿は「臆病者」という謗りに重なり、気を重くさせられる。

 

次に会ったのは松山に住む元海軍中尉伊藤寛次である。彼は真珠湾からミッドウェーまで半年以上、同じく空母「赤城」の搭乗員として宮部とともに戦っていた。

たしかに宮部は勇敢なパイロットではなかったと思います。しかし優秀なパイロットでした

長谷川と同じように伊藤もまた、宮部の技量は優れていたが、命を惜しんだというのだ。

私には妻がいます。妻のために死にたくないのです。自分にとって、命は何よりも大事です

そう語る宮部をそのときは気持ち悪く感じた伊藤だったが、戦後復員してその言葉を理解できるようになったのだという。

愛する者のために生き残ろうとする宮部の気持ちに共感する健太郎慶子は祖父宮部を見直すようになった。

 

次に健太郎慶子を伴い、癌で余命いくばくもない元海軍飛行兵曹長井崎源次郎を大学病院の病床に訪ねた。

井崎はインタヴューにあたって娘江村鈴子と孫誠一を同席させた。これまで語ったことのない戦中の話を二人にも聴かせたかったのだ。

井崎宮部とはラバウルで一緒だった。ミッドウェーから転戦してきた宮部は背面飛行を繰り返すなど周囲への警戒を怠らない。そんな彼を誰もが臆病者と謗った。

宮部に命を助けられた井崎は、夜間も生き延びるべく体力作りに余念のない宮部の言葉に耳を傾ける。

死ぬのはいつでも出来る。生きるために努力をするべきだ。どんなに苦しくても生き延びる努力をしろ

その言葉は井崎の心に染み、ガダルカナルの激戦を越え、その後の彼を救ったという。

 

元海軍整備兵曹長永井清孝は、整備を重視し、下を労う姿勢を忘れない宮部の姿を語った。永井にしてもなぜ宮部が特攻に志願したのかはわからないという。

 

元海軍中尉谷川正夫宮部と上海の第12航空隊で一緒だったという。再会したのは昭和19年、空母「瑞鶴」でだった。

ガダルカナルで熟練搭乗員を数多く失った日本軍は未熟な若い搭乗員が増え、航空隊の戦力も著しく落ちていた。そんな中、米機動部隊撃滅作戦「あ」号作戦が発令された。

命からがら逃げ延びた宮部谷川は修理のため「瑞鶴」が内地に戻ったことにより、休暇を得る。家族に会えることを喜ぶ宮部谷川の背中を押した。これをきっかけにしてか、谷川はその後の休暇で結婚することになる。

レイテ沖海戦から始められた特攻だったが、宮部はこれを拒否した。誰もが志願する中で一人はっきりとこれを拒んだのだ。

健太郎慶子宮部の戦友たちの語る戦争を通じて、海軍上層部の無謀さ、臆病さを痛感し、憤りを隠せない。

 

特攻隊員でもあった元海軍少尉岡部昌男は教官としての宮部を語った。

筑波の練習航空隊の教官を務める宮部は言葉遣いは丁寧なものの、予備学生の訓練に非常に厳しい教官だった。

宮部は十分な訓練を受けないまま初陣で死んでいく若い搭乗員を見るにつけ、死んで欲しくないからこそ厳しく訓練を行っていたのだ。

 

元海軍中尉武田貴則へのインタヴューには、慶子にプロポーズしている新聞社の高山隆司も同席した。高山武田に「特攻はテロだと思う」と言い放ち、武田を激昂させる。

高山を帰した後、あらためて健太郎らに語りはじめた武田は「特攻は志願ではなく、命令だった」と述壊した。

事故死した予備学生(伊藤少尉)を悼むでもなく蔑視する上官に、歯向かう宮部の姿を見て誰もが感動したという。実際、練習中に突然飛来した敵機(シコルスキー)の前に機体を差し出して宮部を守った学生もあったのだ。

 

元海軍上等飛行兵曹景山介山は元やくざである。

優れた操縦の腕を持ちながら「死にたくない」と公言してはばからない宮部のことが大嫌いだった景山

自身も腕に覚えのある彼は宮部に無理矢理模擬戦をしかけるが敗れてしまう。悔しさのあまり、前に出て照準に入った宮部機に向けて機銃の発射釦を押してしまう景山だったが、それも宮部にかわされてしまう。

完膚なきまでに打ちのめされた景山宮部よりも長く生きることを目標に、その後は無駄死にを恐れるようになった。

特攻機の直掩隊となった景山宮部の特攻にも就いた。”宮部を絶対に援護する”、決死の覚悟で望んだ景山だったが、発動機の不調で引き返さざるを得なくなってしまう。

 

最後に健太郎が会ったのは、鹿屋基地で通信員をしていた元海軍一等兵曹大西保彦である。

大西宮部の特攻の日を語った。

特攻機で零戦五二型が割り当てられた宮部が予備士官に割り当てられた旧型の二一型と換えたのが印象的だったという。

しかし、この機の交換が明暗を分けた。宮部が取り替えた五二型は発動機の不調で喜界島に不時着、搭乗員はそのまま終戦を迎えたのだ。

取り替えて助かった予備士官の名を見て、健太郎慶子は呆然とする。

大石賢一郎少尉。

それは彼らのよく知る名前だった。

 

特攻隊という一つの局面でなく、航空部隊、零戦、海軍という視点で太平洋戦争を見た場合に、浮かび上がってくるものというものがテーマのようでもあります。

当時の戦争は無謀だったという論調がある一方で当事者も多数あるため、戦争の実相が見えにくくなりがちです。しかし、この作品では視野を逆に狭くすることで、戦争の悲惨さというよりも、戦争の指揮系統等、人間の愚劣さが浮き彫りになります。

ストーリーも非常に巧く出来ています。最初の証言こそラバウル(、ガダルカナル)というミッドウェー後の激戦から入りますが、その後は概ね時間軸に沿って戦争が語られるため、戦争の流れも理解しやすいものとなっています。

最初の証言にしても、調査の最初にして宮部に「臆病者」「卑怯者」というネガティブなイメージが提供され、まずは驚かされ、ぐっと興味を惹かれてしまいます。それが少しずつ、”愛する家族のために”という現在でも通用する主張のもとに連呼されることで読者の共感を呼び、その後はストーリーの中でも宮部を評価する者が増えてくることで読者も満足感・安心感を得られていきます。

また、語られる話それぞれが真に迫るようで、当時の思い、悔しさが滲み出ているようです。読者も同じように悔しさ、怒りを覚えるような描写になっています。

登場人物も各種揃っており、明らかに敵役と言える高山を除けば、それぞれ癖がありながらも、生きいきと描かれています。

中でも景山介山の話は秀逸。宮部を見送ってしまった景山の描写は涙なくしては読めません。(特に一回だけでなく、二回、三回と読み返すと更に趣きは深くなっていきます。)その景山が戦後に松乃のために尽くしたことを想像させる件は更に余韻を深くします。

若干、ストーリーを巧く進めるために、ご都合主義なところがないではありませんが、十分堪能できる作品ではなかったでしょうか。

変にお涙頂戴の作品ではなく、冷静に戦争を見つめなおすという意味でも、太平洋戦争の一つの実相をつかむという意味でも、多くの人にお奨めしたい作品でした。

お奨め度:★★★★

再読推奨:★★★★

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『グ、ア、ム』 本谷有希子

Guam 2008年、222冊目。本谷有希子『グ、ア、ム』

またもや、おかしなキャラクターです。

『偏路』と姉妹編と言われていますが、必ずしも登場人物が同じというわけではありません。

ただし、父親は同一人物と感じてしまうほど、妙に突き抜けた感のある人物です。登場は決して多くありませんが、その言動には妙に惹かれます。

 

北陸(金沢)生まれの長女次女

同じ父親母親を持ちながら、全く正反対に生きている二人。

長女は曇天の続く北陸を嫌って上京。大学に入学しても何も得るところなく、就職にも失敗し、更にアナウンサースクールへ通う。

今は東京の片隅で、テレビ局のバイトで知り合った恋人と細々同棲を続けている。アナウンサースクールを出ても就職はできず、大型スパ施設で垢擦りマッサージのバイトに明け暮れる長女だった。

一方、自堕落な長女を見て育った次女長女を反面教師として堅実に育った。高卒で信用金庫に入社し、現在は関西支店勤め。

 

昔から物の考え方が奇天烈な父親は「女三人旅プラン」を企画し、母親長女次女をグアム2泊3日の旅へ送り出す。

”ロストジェネレーション”を気に病み被害妄想たっぷりの長女

親知らずを抜いた口が痛く憂鬱な次女

昔から仲の悪い姉妹の間で気を揉む母親

こんな三人の旅は成田で待ち合わせたところから、前途多難だった。

到着したグアムも時ならぬ台風に見舞われ、生憎の雨。二泊三日のうちには晴れそうもない。

もう何もいいところのないまま、雨の中の観光は、ただダラダラ、ギスギスと時間は過ぎていく。

2日目、チャモロヴィレッジに向かう頃には次女の生理もあって険悪な雰囲気が漂う。もはや長女次女母親を介してでしか会話をしない有様。

何かしら一つくらい楽しい思い出がないと、と母親は強迫観念に捉われたかのように、屋台の間を遊弋する。

そんな母親を見た次女は、母親がトイレに外したところで長女に提案する。

・・・・・・おかんに、いい思い出、作ってあげんけ

自分だけは正しいと主張するような次女の物言いに耐えられず、長女はつい本音で言い返す。互いに本音をぶつけ合う言い争いの末、長女次女を泣かせてしまう。

楽しいふり、しよう

泣きながらも主張する次女に、長女は謝罪する。

 

トイレから戻った母親は二人の間に漂う微妙な空気を感じ取り、「またケンカしたのかこの子たちは・・・」と頭痛を覚えそうになったが、さきほどまでとは少し様子が違っていることにも気がついた。

それまでの退屈そうな醒めた感じとはうって変わって、姉妹は目に入るもの手当たり次第、とでも言わんばかりに母親をあっちこっちに引き連れ、欲望をぶつけ出したのだ。

 

うーん。特に何か大事件があるわけでも、ありません。深い人生訓が得られるわけでもありません。

勿論、グアムの観光案内でもありません。雨の中の観光の記述であり、決して魅力的ではない(むしろ、こんなところ行きたくないなぁ、と思わせるような)場所として描かれています。

長女次女の心情面も、不満、不安などのマイナス面での描写が多く、雨のグアムという設定とも相俟って、気鬱になる材料ばかり。

でも、何となく楽しめるのは、行動や言動が滑稽だからでしょう。

特に、全くの脇役であるところの父親。”全身にチューブを巻きつける健康法”、「ケツの毛まで毟られる」との口癖、お気に入りの”ワーキングプア”という文言と、彼のマイブームは極めて奇妙奇天烈。それが作為でなく地であるところが、言動に如実に表れています。

家族は一定醒めた目で見ていますが、読者からすれば、それぞれが理解不能です。全体に重苦しい雰囲気の漂うこの作品において、突然その淀んだ空気を掻き混ぜ、攪拌するかのように、家族に関ってくる父親の存在感は極めて大きい。殆ど家族に無視され、話の流れに影響を与えませんが、彼の登場部分だけでも空気が軽くなるという清涼剤のような役割を果たしているようです。

また、長女にしても次女にしても、それぞれ本人は大真面目なんでしょうが、客観的にみれば、それぞれが滑稽です。

しかし、一方で作品全般をみれば、非常に醒めた視線で描かれてもいます。

話が盛り上がらんとするところで、梯子をはずすような、肩透かしもあり、決して熱くはなっていません。何となく、最後は虚脱したまま終わってしまうような、そんな作品でした。

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:☆☆☆☆

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『夕陽の梨 【五代英雄伝】』 仁木英之

Sekiyo 2008年、221冊目。仁木英之『夕陽の梨 【五代英雄伝】』

うーん、なかなか面白いところを狙ってきましたね。

五代十国期の話ですか。

ところで、これってシリーズものにするつもりなんでしょうね。少なくともこの巻では完結していないので、まさかこれで終わりじゃぁないとは思いますが・・・。

「五代英雄伝」というからには、このシリーズ(になるのなら)、唐の崩壊から、(後)梁の朱全忠、(後)唐の李嗣源、(後)晋の石敬瑭、(後)漢、(後)周の柴栄、宋の趙匡胤あたりまで行くんでしょうか。なかなか長い道のりですが、殆ど日本では陽のあたらない時代の話なので、非常に興味深いですね。

今回の主人公は朱温、後の朱全忠です。しかし、黄巣にくっついて長安まで至ったところで終わっていますので、あと1巻は朱全忠朱温)の話が続きそうです。

 

唐の懿宗の時代。咸通元年(860年)、宿州は碭山の麓で物語は始まる。

官職につけない貧乏な半知識人である父朱誠(通称”朱五経”)の言葉もきかず、朱温は山中に流れ着いた李我と称する不審な男に武芸と兵法を学ぶ。

朱誠が突然死に、家族は母と長兄全昱、次兄、姉とともに、地元の富農劉崇のもとに身を寄せる。劉崇は兄弟らを奴婢同然に扱うとともに、母と姉を慰みものにする。

怒りに震え、復讐を誓う朱温は益々李我のもと修行に励むのだった。李我朱温に反骨精神旺盛で情報に明るい私塩商たちを紹介し、朱温の志を温める。

宿州城内の私塩商曹三のもとに寄宿することになった朱温は強力たちとともに働くとともに人望を集め、私兵を率いるまでになっていく。

咸通9年、朱温16歳。武寧藩鎮の桂州分駐隊は故郷徐州へ戻るべく暴発する。都将の王仲甫を斬った龐勛許佶姚周らに担がれ、反乱軍を率いて徐州へ向かう。朱温も反乱軍へ身を投じていった。

奮戦する反乱軍だったが、朝廷の軍に限りはなく、少しずつ疲弊していく。姚周に率いられる軍にあった朱温だったが、軍の解散を機に宿州へ帰る。その後、姚周を亡くした反乱軍は弱体化し、各地から無理矢理徴兵を行うなどして人気を落とし、龐勛も乱戦のなか命を落とした。

宿州に戻った朱温だったが、”弥勒菩薩の生まれ変わり”と崇められる布袋李我から紹介される。朱温はそのまま布袋に付き従い、旅に出た。

長安にたどりついた布袋が向かった先は平康里の遊郭、桜桃坊。朱温はそこで初めて女性を知る。朱温についた女は佳梨といった。

亡くなった姉の面影のある佳梨と3カ月を過ごした朱温は妻に迎えることを約束して、宿州へ戻った。

乾符2年(875年)、朱温23歳。濮州の王仙芝、曹州の黄巣が兵を起こす。

朱温のもとには龐勛の乱を乗り越えてきた部下、朱珍龐師古に加え、事務方として張存敬が加わり、部隊は軍隊の体をなしはじめる。

天下の民のための義兵を標榜する王仙芝黄巣の軍は民衆から歓呼で迎えられ、兵の集まりも早い。その中にあって朱温の部隊は実戦経験のある部隊として重視される。

優勢なまま力をつける反乱軍だったが、汝州刺史の王鐐や蘄州刺史の裴握王仙芝に叙位を匂わせて懐柔する。

考え方の違いから王仙芝と袂を分かった黄巣について朱温は転戦する。この朱温の軍には次兄朱存も参加するようになっていた。

王仙芝の死を機に、黄巣は「衝天大将軍」と名乗り、独自の年号「王覇」を使うようになる。

東都洛陽を目の前にする黄巣軍だったが、更に兵を集めて勢力を増すことを目的に南へ転進する。しかし、福州に至った黄巣軍にあたった鎮海節度使高駢は部下張燦とともに黄巣軍を更に南へ追いやる。

この逃避行の中、殿軍を任された朱温張燦の一撃により次兄朱存を失う。

南へ追いやられた黄巣は、物産の豊かな広州や嶺南諸州を地盤として自立することを目論むが、疫病が蔓延するとともに兵の間からは北への帰還を求める声が高まる。

ここにいたって黄巣は長安へ攻めあがり雌雄を決することを決意する。しかし、その前に立ちふさがったのは劉巨容と湽州刺史江西招討使曹全晸である。

伏勢にあった黄巣軍は全滅の危機に晒されるが、勝ちすぎを懸念した劉巨容らの緩い追撃により命拾いすることになる。

再度兵を集めた黄巣は北上を続け、廣明元年(880年)東都洛陽を陥落させる。

更に増え続ける兵を従え、黄巣は皇帝僖宗の脱出した長安へ向かう。治安維持のための先乗りを命じられた朱温の部隊は長安の各門から突入した。

そんな中、朱温の迎えを桜桃坊で待つ佳梨だったが、長安から逃げ出す兵らに陵辱のうえ殺されてしまう。

 

人間物語としての小説という意味では、佳梨との関係などは陳腐で、それほど評価できるものではありませんが、やはり歴史が動くところのダイナミズムはそれだけで十分楽しめるものです。

朱温をとりまく乱の首謀者たちの浮沈も大掛かりで、登場人物の性格付けというよりも、その動向だけでも、目を離すことができません。今後は黄巣がダメになっていく番ですし、朱温と競うこととなる李克用などもどのように描かれるか楽しみです。

李我などの怪しげな登場人物などの背景等伏線もあり、今後の朱温の唐への帰属など、どのように描かれていくのでしょうか。

ただ、あまりにもニッチなところを狙った作品だけに、本当に「続編」があるのか、ちょっと心配ではありますが・・・。

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:★★★★

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『ふしぎの国の安兵衛』 荒木源

Yasube 2008年、220冊目。荒木源『ふしぎの国の安兵衛』

どこかで読んだことのあるようなタイムスリップ話で、オチも奇を衒わないオーソドックスな作品。

そのため読んでいても安心感があります。気軽に読めて、そのかわりに簡単に忘れてしまいそう、そんな作品です。

 

西巣鴨に住む遊佐ひろ子は夫と離婚し、息子友也と二人暮らし。

淡路町にあるシステム開発会社「イートン」でSEを務めるひろ子だったが、友也の保育園への送り迎えもあり、定時帰社で持ち帰り仕事という忙しい毎日。なかなか家庭では友也にも構ってあげることもできない。

保育園へ迎えに出てマンションへ帰る道すがら友也と影ふみをするひろ子は、車のかげに男がうずくまっているのを発見する。

侍の恰好をする怪しげな男に警察に行くことを勧めるひろ子だったが、男は刀の切っ先をひろ子ののど下につきつけ、家に案内するよう強要する。

男は木島安兵衛と名乗った。本当か嘘かはわからないが、江戸時代文政年間(文政9年)の直参旗本であると主張する。麻布の自宅から板橋に向かう途中で見かけた泉に落ちて、気がついたら駅前にいたというのだ。

話は真に迫っていたが、必ずしも信用できるわけではない。空腹に耐えかねる安兵衛に食事を与えると、警察への行き方を教え、ひろ子安兵衛を送り出した。

それから3日後、ずぶ濡れの安兵衛がマンションを訪ねてきた。警察に行くふんぎりがつかず、この3日間、東京を彷徨っていたのだ。食べ物を手に入れる手段もなく、飢えと疲れでもうすぐ倒れてしまうと悟ったとき、安兵衛ひろ子のマンションを目指していた。

タイムスリップだと割り切ったひろ子はしばらく安兵衛を家に置くこととした。

江戸時代に帰る術を探す3人だったが、なかなか帰ることのできる場所、方法は見つからなかった。

家に置いてもらう代わりに安兵衛は家事全般を引き受けた。最初こそ、戸惑いもあったものの、手抜きなく家事を行う安兵衛に、負担の減ったひろ子は仕事も順調に進めることができるようになった。

安兵衛友也とも正面から向き合い、躾の面でも厳しく接したが、友也もこれに応え、その成長は著しかった。余裕のできたひろ子もまた、友也に向き合うことができるようになり、3人の生活は順調に過ぎていった。

安兵衛が家事で一番力を入れたのは料理。殊にお菓子作りである。

その情熱は衰えることなく、友也の友人平石悠樹佳恵親子も招いて数多くのケーキを振舞う。

これに感激した平石佳恵は勝手に東日テレビの「お父さんの手作りケーキコンテスト」に応募してしまう。書類選考通過の案内にひろ子は戸惑うが、安兵衛の力を確かめてみたいという気持ちもあり、安兵衛に出場することを勧める。まんざらでもない安兵衛は出場することになった。

100人近い予選を勝ち抜いて本選に出場する安兵衛。本選の課題は「お菓子のまち」。

安兵衛友也を助手に江戸城を作り、見事優勝。

放送後、安兵衛のケーキを食べたいという要望が殺到する。

テレビ局としても、ケーキ自体だけでなく、安兵衛の奇矯なキャラクターが魅力的でないはずはない。安兵衛へ番組出演を要請する。

安兵衛の事情(タイムスリップ)を聞いて、テレビ局のプロデューサーはマスコミの力を使って調査すると請け合う。安兵衛はこれを条件に番組への出演に応じた。

あっという間に安兵衛はテレビの中にその地位を確立した。次から次へとやってくる出演依頼、本の出版、食品メーカーの出資による店”YASUBE’S”の出店など、安兵衛はアイドルにまつりあげられてしまう。安兵衛は六本木ヒルズに部屋を借り、週の半分は泊り込むようになってしまう。

これで寂しくなったのは友也である。安兵衛に替わって、やってきたシッターや家政婦にも懐かず、わがまま放題だ。

自身が寂しくもあったひろ子安兵衛に活動を自粛するように話にいくが、安兵衛の心情を配慮しないひろ子の一言が安兵衛の心を頑なにした。感情的になってしまった二人は喧嘩別れをする。

安兵衛さん、もう帰ってこないと思う

安兵衛に会いたいとせがむ友也に対して、そう答えるしかないひろ子だった。

そんなひろ子に業を煮やした友也はインフルエンザの治りきらない身体でマンションを飛び出し、六本木へ向かった。

マンションの近隣を探しても見つけられないひろ子は安兵衛に連絡を入れる。喧嘩の余韻もなく、早速ひろ子と合流した安兵衛六本木のまちを友也を探して駆け回る。安兵衛をみた人々も安兵衛とともに友也を探し始めた。

 

困ったな。特に感想もないですね。

あまりにも「真っ当」というか、予定調和の物語というところから一歩も出ていません。

最後のサプライズがあるというのも、その内容も予想の範疇から出ませんので、成程、やっぱりねぇといった感想に尽きます。

いってみれば、昔読んだことのある作品を再読しているような、そんな気分になる作品とでも言えるでしょうか。

こういうと良くない作品のようにも聞こえますが、オーソドックスな作品で、少年少女向けのエンターテインメント小説としては良い作品だろうと思います。

登場人物としては、主たるキャラクターである安兵衛にしても、ひろ子友也にしても毒のない、いい人なので、深みは出ようもありませんが、安心して物語に付き合えます。

強いていえば、ひろ子の同僚(?)田中のポジションがよくわかりませんでした。安兵衛なきあとのポジションを占めるような雰囲気はありますが、なぜ、そんな風に納まってしまうの?というような唐突感は拭えませんでした。

全般に読みやすい作品です。また、荒木源の作品は読んでみたいですね。

お奨め度:★★★☆☆

再読推奨:★★☆☆☆

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