2008年、120冊目。万城目学の『ホルモー六景』
『鴨川ホルモー』の続編(?)です。『鴨川ホルモー』の後日の部分も若干あるので続編といえるかもしれませんが、むしろ”鴨川ホルモー”時のサイドストーリー集といった方がいいかもしれません。名前のとおり、”ホルモー”に係わる6つのサイドストーリーです。
とにかく面白い。客観的に、今回の作品だけ捉えると内容は大したことはないのかもしれませんが、『鴨川ホルモー』でしっかりとした世界観が出来上がっており、キャラクターの個性も確立しているので、非常に引き込まれます。
『鴨川ホルモー』の主人公安倍が主人公ではなく、その周りを彩る(というよりも名前だけ登場といったような)人々の話ですが、これがとにかく面白い。引き込まれてしまって、読み終わるまでは本を置くことができませんでした。
プロローグ
祇園祭の宵山。
大学の食堂では、第501回目の”四条烏丸交差点の会”を控えて会話する安倍と高村。既に高村の頭に「チョンマゲ」はない。
第一景 鴨川(小)ホルモー
京都産業大学玄武組、二人静(定子と彰子)。
二人揃って北山のレディース・マンションに住む定子と彰子の交わりの深さは、管仲と鮑叔牙、廉頗と藺相如の交わりに勝るとも劣らないと評された。
そんな彼女らのモットーは「毒は溜めると身体に悪い」だ。クリスマス・イヴの夜、好きな男に振り向いてもらえない彰子と、好きな男のできない定子の毒が世の男に向けられたとき、新・天下三大不如意「鴨川の等間隔カップル、足先の冷え、男ごころ」が生み出された。泥酔した彼女らは、同時に、鴨川(小)ホルモーのきっかけともなる通称”北山議定書”を結んだのである。
「鴨川ホルモー」初戦、龍谷大学深草キャンパスに乗り込んだ、いわゆる”深草ホルモー”で二人静は大活躍する。前線で戦う二人静は、率いる二百匹の”黒オニ”を前線から後方の補給部隊との間で旋回させ、龍谷大学フェニックスを撃破していった。ちなみに、彰子はこれを「夢想花アタッキング」と名づけた。
しかし、2週間後の”京都府立植物園ホルモー”。最弱のはずの対京大青竜会戦でなぜか京産大玄武組は敗退してしまう。その大番狂わせの背景には(京大、芦屋の活躍では説明できない)二人静の諍いがあった。
”京都府立植物園ホルモー”の前日、定子は彰子に「ひょっとしたら自分は恋をしたのかもしれない」と打ち明けたのだ。そして、誕生日の6月24日にデートをすることになったのだと。
「北山議定書」 私たち二人静は、いわゆる世の記念日と呼ばれる日をいつも二人で過ごすことを誓います。もしも、どちらかがこの誓いを破るときは、もう一方の要求を必ず受け入れ、然るのちに誓いを破ることを誓います。
「決闘を---しましょう」長い沈黙を破って、彰子はわずかに震える声で告げた。
決戦の24日。バイト先の一条(同志社大学)と映画、祇園の鍵善、OPA、かつくらと経巡った定子は鴨川へ赴き、足元のオニたちに「展開」の鬼語を発した。
6月24日、午後8時43分。長きにわたるホルモーの歴史上、誰もその存在を知らない、「鴨川(小)ホルモー」の火蓋が切って落とされた。
第二景 ローマ風の休日
京都造形芸術大学に程近い、白川通に面した場所にあるイタリア料理店「ann's cafe」。
膨らみのある髪形に、枠の太いメガネをかけた新しいアルバイトが入る。愛想がなく、みるからに接客に向かない彼女は楠木ふみ(凡ちゃん)といった。
店のスタッフとも親しまない彼女だったが、女性関係の不始末から店長(在原)が遁走した店の危機に、ふみは毅然として『仕分け』(厨房とホールの連絡等)をかってでた。ふみのコントロールで危機を脱した店長、スタッフは彼女を認めるようになっていった。
店のクーラーが壊れ、突然休業となったある日。主人公の”少年”(高校生)はふみをデートに誘う。高校の数学で出された宿題を解くのに、理学部数学科であるふみに教えを乞うたのだ。
宿題の題材である鴨川、賀茂川、高野川、疎水に架かる橋の一筆書きを実地で試すように、”少年”はふみを荷台に乗せ、自転車を走らせた。
「ちょっと行きたいところがあるんだけど」ふみが望んだのは六道珍皇寺の井戸である。閻魔大王のいる冥土につながるという井戸に腕が引き込まれそうになる”少年”の姿にあわてるふみ。寺の人間に見つかって逃げ出した先は八坂神社。
アイスが食べたいというふみに”少年”はハーゲンダッツの抹茶味をさしだすと、楼門前の階段に腰掛けた。
”少年”の宿題を解きながら、数学を熱く語るふみの姿に、店での姿とのギャップと苛立ちを感じた”少年”は問うていた。「楠木さんて、好きな人っていないんですか?」
第三景 もっちゃん
ホルモーで使われる懐中時計のまつわる話。
安倍の友人”もっちゃん”が恋をした。
大阪からの通学の途中、通勤・通学客でごった返す車内に、もっちゃんはヴィーナスの姿をみつけた。彼女は”同女”と呼ばれる同志社大学の隣にたつ女子校の学生だった。
もっちゃんの告白は個性的だ。ジョン・キーツの詩集の1ページを引きちぎり、「これを読んでください」と彼女の膝のうえに置いたのだ。返事は「あんなの読めません、知りません」だった。英語だったのだ。
安倍はもっちゃんに恋文を出すことを勧める。上質の便箋とペンを求める二人は、二条、三条、四条、河原町の路地をいく。二条通から寺町通に入る角の八百屋でもっちゃんは急に立ち止まった。買ったのはカリフォルニア産のレモン。書くときにインスピレーションを引き寄せるためだ。
丸善に入った安倍は紙やペンを吟味するもっちゃんをヨソに、本に読みふける。帰ろうとしたもっちゃんは一点を凝視していた。本に読みふけるあまり安倍が本のうえにおいたレモンである。
酒を飲んで帰った二人は恋文を書き始めたが、安倍にまともな恋文など書けるはずもなく、個人的に恋文を出すつもりもなかった。もっちゃんの手前、紙に描いたのは文章のかわりに絵だった。額の極端に広い、ほとんどチョンマゲ姿に近い女子生徒と、その前にひざまずくもっちゃんの姿。吹き出しには「嗚呼、あなたは何と美しい額をもつているのでせう」という大げさな台詞も入っている。勿論、もっちゃんは安倍個人の恋文だと思っているから穿鑿もせず、どんなものを書き、封印したのかは知るよしもない。
翌朝目が覚めたのは8時。電車が今出川につく8時20分に向けて、もっちゃんは駆け出した。安倍はまた寝てしまうが、目を覚ました11時、目にした白い封筒に驚く。「駄目だ、もっちゃんッ」
卒業後、地元に戻って製糸会社に働く安倍のもとに、もっちゃんから封筒が届く。同封されていたのは、学校(三高)卒業後、東大の文学部に進んでいたもっちゃんが有志たちと発行した文学の同人誌『青空』、そしてもっちゃん愛用の蓋に「基」と刻印された懐中時計だった。
第四景 同志社大学黄竜陣
安倍と芦屋を完膚なきまでに回復不能な関係に叩き込んだ早良の安倍下宿襲撃事件を引き起こす遠因となった芦屋満の元彼女山吹巴の話。
山吹巴は同志社大学文学部英文学科に1年浪人したうえで入学した。英文学科の桂大五郎先生に師事するためだ。しかし、入学した矢先、桂先生が今年限りで退官することを知る。
行動的な彼女は一般教養の京田辺キャンパスを抜け出し、今出川キャンパスを目指したのだ。文学部の研究室で偶然桂先生に出会った巴は、急ぐ桂に書庫から荷物をとってくることを頼まれる。桂に資料を渡し終え、荷物を戻しに書庫へ戻った巴だったが、そこで奇妙な木箱を発見する。
好奇心から木箱をあけた巴は、中に黄色い浴衣と英文の奇妙な手紙を発見する。4枚の手紙の1枚目には、中央にたった一つの単語しか記載されていない。「horumo」
「親愛なるジョーへ」で始まる手紙は、札幌のクラーク博士(W.S.Clark)から同志社大学の創設者である新島襄への手紙だった。
クラーク博士の友人である元薩摩藩士は維新前に「horumo」と称するスポーツとおぼしきものの薩摩藩のメンバーだったが、維新のため京都が不安定となるなかで「horumo」を中断し、二度とプレイすることなく今に至るという。薩摩藩のチームカラーは黄色、チーム名「イエロードラゴン」のユニフォーム(黄色い浴衣)を復活のときのために新島襄に保管しておいて欲しいというのだ。復活のための3つの条件を同封して。
内容が理解できない巴だったが、コピーし忘れた「復活のための3条件」を調べるため再度今出川キャンパスに向かう。今出川キャンパスの西門脇の「薩摩藩邸跡」の石柱を通り過ぎ、再度書庫に入った巴はそこで「<ホルモー>黄龍陣、復活ニ関スル三条件」を発見する。
既に別れて久しいが、なぜか新しい彼女の愚痴などを言ってくる元彼氏芦屋の案内で、巴は上御霊神社を訪ねる。条件の一が”一、黄龍陣ノ証を持チテ、神社を訪レルベシ。”だからだ。巴は黄色の浴衣を持参してきていた。
しかし、巴には条件の二つ目あたりから意味がわからない。”一、彼ノモノヲ使役スル者トトモニ、神社ヲ訪レルベシ。”しかし、芦屋を伴った巴は期せずして、この条件を満たしてしまう。
早良とうまくいかず、巴に未練たっぷりの芦屋は巴を食事に誘う。錦市場を抜けて錦天満宮の前まできたとき、芦屋は、前をいくカップル、一条と京産大の二人静定子が足元にオニをひきつれているのをみて絶句する。(「第一景 鴨川(小)ホルモー」)しかし、その後、巴の視線の先にある早良を発見した芦屋は完全に絶句した。
四条大橋の上から鴨川に目を向ける巴は3条件を思い出す。3つ目の条件”一、同日夜、彼ノモノヲ鴨川ニ柱トシテ捧グベシ。”
そもそも”彼ノモノ”の正体もわからない巴は、「三条件」のコピー用紙を鴨川に流し、帰途につく。四条大橋の東詰から水色の傘、西詰から赤い傘の女の子がかけより、抱き合い泣く姿を見かけ、京阪四条駅の階段を降りようとした巴の耳に雄叫びが届く。「ホルモオオオォォォーッ」これで3条件が整ったのだ。
第五景 丸の内サミット
ホルモーOB・OGの東京での邂逅と新たなホルモーとの出会いの話。
青山の大手アパレル会社に勤める井伊直子は同僚の酒井から合コンの誘いを受ける。同じく、赤坂の商社勤めの榊原康は同僚の本多忠から合コンの誘いを受けていた。
2対2となった合コン。目にした女性の姿に康は思わず息を止めた。相手の女性も、口を開けたまま、思う存分、目を見開いている。
「い、井伊さん?」
「やっぱり榊原くん、何で---?」
京都産業大学玄武組第四百九十八代会長榊原康と、龍谷大学朱雀団第四百九十八代会長井伊直子。四百九十八代目間ホルモー、通称「京極ホルモー」を2年にわたり戦い抜いた2人。繰り返された激戦の数々をして、越後の上杉謙信と、甲斐の武田信玄との戦いに比された2人。ホルモー史上に残る好敵手として、都大路にその名を轟かせた2人。「京極ホルモー」の終結より3年と半年の歳月を経て、両雄は東京丸の内に屹立する新丸ビル5階、合コンの席上にて再会したのである。
7階のテラスに出た2人は空を漂う黒いオニたちの姿を発見する。本多や酒井と別れた2人は黒オニの流れてきた先を求めて歩き出す。読売新聞社前の交差点をすぎ辿り着いたのは平将門の首塚。
様子を伺う2人の耳に、聞きなれた男女の声が聞こえてきた。
第六景 長持の恋
立命館大学白虎隊第五百代目会長細川珠実が高村と付き合い始めるきっかけとなったお話。
貧乏、極貧の生活をおくる珠実。学生食堂の前で勧誘された自動車教習所のお姉さんに同情され、「これでおうどんでも、食べなさい」350円を手渡される。貧乏なはずなのになぜか教習所にも通うことになってしまった珠実は新たなアルバイトを探す。
”まかないつき”という文字に誘われ決めたアルバイト先は料理旅館の仲居アルバイト。伏見稲荷の「弧のは」である。アルバイト初日、まかないで出た刺身の切れ端を食べたとき、珠実は感激のあまり、つい泣き出してしまった。さほどの理由もなく、すぐに涙ぐんでしまう珠実には「泣き虫おたま」のあだながついた。
2月中旬、珠実は女将から蔵で燈台をとってくることを命じられる。探しに入った蔵の隅に、大きな長持があるのを見付けた珠実は、好奇心から蓋をあけて中を覗き込んだものの中身は空っぽだった。しかし、箱の底に「なべ丸」と書かれた小さな木板を発見した珠実は、なぜか無意識のうちに作務衣のポケットからマジックペンを取り出し、裏面に「おたま」と書き込んでいた。「何で?」珠実自身、どうしてそんな行為に及んだのかわからない。珠実は慌てて作務衣の袖で木の表面を擦ったが、油性マジックの筆跡は薄まらない。
燈台を蔵へ戻す傍ら、女将のいうところの”織田信長の長持”を覗き込んだ珠実は驚愕する。前日の「なべ丸」の文字にかわって、珠実への返事がしたためられていたからだ。誰かのイタズラかと疑う珠実だったが、またしても勝手に珠実の右手はペンを走らせていた。
教習所で一緒になった京大青竜会の高村にチョンマゲの所以を尋ねる珠実。鴨川十七条ホルモー初戦で立命館大学白虎隊式部舞の一員として「ホルモオオオォォォーッ」と雄叫びをあげた珠実は他人事ではない。今回の自動筆記もおそらくそれが原因だ。
正体不明のなべ丸との交換日記が始まった。慣れていくにつれて、珠実は同年のなべ丸に少しずつ好感を抱くようになっていった。しかし、本能寺の変のことに珠実が気づいたときには、なべ丸は織田信長に付き従って京都に到着していた。本能寺の変を避けるよう木板に綴った珠実だったが、願いもむなしく翌日の木板に変化はなかった。
本能寺を訪ねた珠実は「本能寺ノ変戦死陣没之諸霊」の立て札に「柏原大鍋」の名を見たとき本能寺の変で何が起こったかを了解していた。
どれも良い作品です。二人静は存在感が大きいのですが、こう文章だけ読んでいると容貌の描写はあまりないのですね。何となく大柄で、猪のようなごついイメージを受けてしまいますが、どうなんでしょう。挿絵はそんな感じではないんですが。
「ローマ風の休日」のはパロディのオンパレードですね。ただ、全作品のなかでは相対的に印象に乏しい作品かもしれません。ところで、六道珍皇寺の井戸といえば、『有頂天家族』(森見登美彦)の次兄矢二郎が蛙として逼塞している井戸ですよね。
梶井基次郎の話は「ホルモー」にまつわるトリビアといった感じでしょうか。ところで、河原町の丸善って閉店になっていたんですね。この話で初めて知りました。大学時代にときどき行った場所なので少し寂しいです。
やっぱり一番惹きつけられたのは「第四景 同志社大学黄竜陣」でしょうか。『鴨川ホルモー』でも、「なぜ、同志社が入らないの?」という感じでしたから、満を持しての登場という印象です。加えて、この復活の立役者が期せずして鴨川十七条ホルモーの引き金を引いた芦屋の元彼女とくれば面白くないはずはありません。第一景の二人静の話ともつながってきますし、このサイドストーリー集の集大成の趣すらあります。これで五大学で行われることとなるホルモー。是非、続きが読みたいものです。
でも、山吹巴の学年っていうのは、丁度端境期にあたるので、せっかくの立役者でありながらメンバーにはなれないんでしょうか。芦屋を叩きのめすところを見てみたかったような気もしますが。
「第五景 丸の内サミット」はホルモーの世界が京都限定の話から、関東にまで拡大する話であり、今後の展開を楽しみにさせる話でもありますが、榊原康と井伊直子というキャラクターも是非続投いただきたい魅力的な登場人物ではなかったでしょうか。
最後を締める「第六景 長持の恋」は他作品とは違ったちょっとウェットな話です。ただし、内容の巧拙というよりも、細川珠実というキャラクターの造形に驚きました。立命館大学白虎隊の会長ですから、もっとしっかりした人物かと思っていましたが、この自堕落さ。はっきりいって非常に驚きました。なるほど選出方法が”くじ”とは、背景のもってきかたが巧いですね。『鹿男あをによし』の「弧のは」も出てきますので、ちょっとニヤリとしてしまいます。
本当に続編が望まれる作品です。
プロローグが宵山の四条烏丸交差点の会を控えたところで始まりましたので、最後に交差点の会で締めるのかと思いましたが、そうではありませんでした。次回は”四条烏丸交差点の会”から始まるのでしょうか。そのときには交差点の中央に同志社大学黄竜陣がいるということになるのかもしれませんね。
お奨め度:★★★★★
再読推奨:★★★★★
最近のコメント